5話 思わぬ反応
これは すみれだから みせるんだからね。
―― わー可愛い!お花見たい!
おはなみたいじゃなくて、これは はな なの!
―― いいね、頼様は花があって。
すみれにも さくかもって、かあさまはいってた。
――さく? そうなんだ、それなら私にも花が出来るのかな?
きっと さくよ!
―― ふふふ、そうだったら嬉しいけど。
だからね、すみれ。いつかきみにも
ぼくと おなじ はなもんが さくといいな
そしたらさ・・・
―― はなもん?って何だっけ?あの花の痣のこと?
起きて一番に頭を使うなんてっと菫は思いながらも、最近はお馴染みになりつつある。
夢の中で確か頼様が誰にも秘密だよっと見せてくれた二の腕には、子供のこぶし大くらいの赤い鮮やかな小さな花があった。
何かとっても大切な気がするのが、菫はそれが何故だか思い出せずにすっきりしない様子だった。
―― 頼様のは花だけど、私の痣は花じゃないし。
夢の引き金になったのかもしれない、昨日の湯屋で初めて見た自分の肩の赤い痣にを菫は思い浮かべる。
それは つぼみ だよ
―― まただ。頭の中で誰かの声が囁く、この痣は蕾だと教えてくるように。
どこかすっきりしない頭を少しでもシャッキとさせようと菫は顔を洗いに行くことにした。
いつもの様に早く出た父親と弟の気配はもうすでになく、母親が台所で作業する物音が家の中に響く。
「おはよう」
身支度を済ませて顔を出すと、まさにこれから朝食を食べる様だったので菫も自分の分を手早く用意する。
そして「「いただきます」」と母親と一緒に朝食を食べ始めた。
母親は屋敷の手伝いがないらしく何時もよりゆっくり過ごしている。
「あっそういえばね……」
いつもの様にゆったりと話始めたが、その言葉を遮る様に菫は言いそびれていたあの話を切り出そうとした。
「お母さん」
少し真剣に名前を呼ぶだけで、さすが母親と言ったところか何かを感じたのか菫の事をじっと見つめ目返す。
そんな母親の視線に改めて姿勢を正した菫は早速話を切り出した。
「実は話したいことがあるの」
その言葉に何を思ったのか母親は少女の様に目を輝かせ何かを期待する目でにこにこしながら菫の話の続きを待っていた。
その過剰な期待の眼差しの「うっ」と少し気圧されながらも懸命に言葉をつづけようとする。
「・・・いい縁談の話をいただいたの」
「まぁ、菫!」
嬉しさのあまりでついでってしまったっと言わんばかりの感嘆の声が、朝の台所に妙に響いた。
ーー何も言わなかっただけで、やはり他の家の様に心配を掛けていたのね……
少し予想していたより過剰な母親の反応に、今までの自分の結婚への意識の無さに申し訳なさを覚え目線がつい下がってしまう。
「今働いている呉服屋の若旦那様なのだけど、私の働きぶりと人柄を気に入ってくださって是非にって……」
そう言いながら菫が母親を見ると、嬉々としていた今度は母親の顔が真っ青に染まっていた。
「お、お母さん!?」
余りの変わり身に呉服屋が何か鬼門だったのかっと菫は不安に思いながら呼びかける。
すると、はっとした様子の母親は、顔色が悪いながらも目線を何とか菫に合わせる。
「それで、もうお返事したのかしら?」
力のない声で母親は菫に問うた。
「返事はまだ保留にしてもらっているの、一生のことだしまだ少し考えたいから」
「……ふう、よかった。結婚は一生もの、しっかりじっくり考えるといいわ」
「菫ちゃん、本当に好きな人と結婚しなさいね」
菫の悩んでいることが透けて見えたのか、母親は何処か確信に触れる様なことを最後に言った。
菫は未だに好きな人がいない自分の気持ちを見透かされている様な気がした。
その日は仕事をしてもどこか身が入らなかった。
相変わらず作業も早く丁寧だと褒められ他のは、長年の経験が故に体がしっかり心を補ってくれ他のだろうが「好きな人」という母の言葉が菫の頭の中のどっかに引っかかる様な気がしたのだった。
何か浮かんで来そうなのに、それがつかめず何処かもどかしい。
来週はまた大口の仕事が入るから、それまでに出来るだけ進められる仕事は終わらせて置きたかった。
しかし今日は残業もせず帰ることにする。
ちょうど母親に話したことを、父親にも伝えないといけない。
家に帰ると珍しく父親も先に帰宅しており弟を含め夕食前に少し話すことになった。
何故か茶菓子付きで、夕食の前だというのに兄は妹の縁談話なんて何のその菓子ばかり食べている。
そんないつも通りの兄の姿に、呆れながらも母親に朝話した事を改めて父親に伝える事に始めた。
あらかじめ母から少し聞いていたのか、驚くことも無かったが有難いはずの娘の縁談話を聞いた父親だった。
「そうか。じっくり考えなさい。」
しかしそれだけ言ったまま、まるで机の木目を数えるかのごとく一点を見つめ何も言わなくなってしまった。
1・2分沈黙を保ちそれ以上の言葉がないのかと菫も待つ。
しかし何も出てこない様子なので、兄と一緒にお饅頭に手を伸ばし始めた母親に便乗し一緒にいただくことにした。
―― 何故この反応なのかしら?
今朝と同じ疑問が受けぶ、そんな無言のまま饅頭を食む妹の横で兄は1人呑気だ。
「この饅頭美味しい!どこで買った来たの、母さん!」
「お屋敷で余り物をいただいたのよ」
「あれ今日休みじゃなっかたっけ?」
「ちょっと、用事があったの」
兄だけでなく今は母親も呑気に答ながら、和やかに会話を続けている。
正直この縁談の話をもらった時、これで両親も安心するかなとも思ったのだ。
なので賛成されることしか想像していなかった。
まだ迷っている菫としては相談して強く賛成されては、そのまま縁談話がどんどん自分の手から離れて進んでしまうのが怖くて話すのを躊躇していたものあったのだ。
今のこの反応はある意味で肩透かしを食った様なものだ。
まだ好きが分からない菫がまだじっくり考えて良いと、好きだと思えてから結婚に踏み出していけばいいと言われてすごく安心したのだった。
―― はーっ、好きってどんなだろう?
菫は改めて自分の気持ちを考えることにした。
―― 今まで深く踏み込んでも踏み込ませてもこなかったから、こんなに感情が強く揺れ動くことがなかったのかもしれなしね。
「これがこし餡ならさらにいいのに」
「そうね、お母さんもこし餡派だわ」
未だに餡子について和やかに会話を繰り広げる母親と兄、そして木目を見つめる父親の横で菫は新たな決意を決めたのだった。