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ゆびきり。  作者: ami.
4/16

4話 痣

 だからね、すみれはぼくのはんりょね。

 ―― はんりょ?

 ずーっと いっしょにいるひとのこと。

 ―― 結婚てこと?お父さんやお母さんみたいに?

 そう!ははうえは ちちうえの はんりょだよ。

 ―― ふふふ、いいよ。

 やくそくだよ。すみれはぼくのはんりょね。

 ―― うん、私は頼様の()()()()





 ーー結婚の話をしたからかしら?


 まさか偉いお家の頼政様とそんな約束をしていたなんてっと、夢から覚めた菫は頭を抱えそうになる。


 あまりに厚顔無恥な自分の振る舞いに、菫は子供だったとはいえ顔から火を吹きそうだった。



 ―― そういえば、頼政様のこと頼様って呼んでいたんだっけ昔は。


 昨夜は突然の縁談話に頭がついてこず、整理もつかず両親に話すことも出来なかった。

 なので妹を心配する兄の言葉も右から左に流して、随分早くに床に着いたのだった。


 たっぷりと睡眠をとったおかげか、だいぶ頭がすっきりしたのを感じ菫は床から元気良く起きだす。


 両親には今夜中に話すとして仕事場に向かいながら、これから若旦那と顔を会わせることに少しの緊張と気まずさを覚える菫だった。





 職場の昼休憩中。


 裏の川沿いでなく縁側で菫が針子仲間と握り飯を食べていると、渡り廊下から若旦那が歩いてくるのが見え少女たちが沸き立った。


 若旦那は両手にいっぱいの饅頭を抱えながらやって来た。


 「実はお客様用の饅頭が余ってしまってね。よかったら皆んなで食べてください」

 何時ものように笑いかけると、我先にと少女たちが饅頭にはたまたま若旦那に群がりに行ったのかあっという間に人垣が出来た。


 その様子を一歩引いたまま見つめた菫は中庭に目を戻す。


 ―― さすが若旦那様。私なんかが、こんな人と結婚していいのだろうか。というより、これが好きな人だったなら……きっと本当は嫉妬してしまうんだろうな。



 そんな自分の気持ちが何か可笑しかったのか、少し自嘲気味に笑った菫が食後のお茶を取りに行こうと立ち上がろうとした所で上から影がさす。


 「す、菫もどうぞ」

 気づけば若旦那が、取りに来なかった菫に饅頭を持って来てくれたようだ。その笑みは昨日のことが尾を引いているのだろう、緊張気味にはにかんでいる。


 そんな若旦那の笑顔に釣られたかのように、菫も同じような笑顔を受けべながら「ありがとうございます」と一言返すだけで精一杯だった。


 そんな二人のどこかギクシャクしたやり取りに、

 「いやー」

 「きゃー一体何があったの?」

 「とうとう若旦那様が行ったのかしら」

 周りの張り子仲間達が叫び声やら何やら騒ぎ出すのだが、当の本人達には届かなかった。




 終業後、湯屋行きたいという針子仲間に「話を聞かせないと返さない」と何時もなら断る菫の両腕に少女たちがしがみつき、そのまま湯屋に強制連行される彼女の姿が見られた。


 お金持ちの家ではお風呂があるが、一般家庭の平民の家にはまだ少なく湯屋と呼ばれる大浴場に体を洗いに行くものが多かった。

 有難いことに菫の両親は稼ぎはほどほどだが、母の強いこだわりにより家に小さいながらも風呂があ流ので菫が大浴場を利用するのは風呂が出来る小さい頃ぶりだった。


 何も用意がない菫だったが同僚たちに手ぬぐいなどを貸してもらい、久しぶりの大浴場を満喫することにしたのだ。



 やはり大きく手足いっぱい伸ばせる浴場は格別だった。


 ただ子供が入っていたのか湯の温度が少し下げられていたのが残念だったのだが、暑い湯を足しながら張り子仲間達と湯船に菫は浸かる。


 この湯加減はお喋りな少女たちには、まさに適温だったのだろう湯あたりをせず話に花が咲いて咲いて仕方ない様だ。


 「で、菫さん!若旦那と何かあったんですか?」

 少女たちの好奇心に溢れた瞳が、彼女を囲む。


 菫は何んだか若旦那に言われたことは自分の返答を決めるまでは、迷惑になる可能性もあるしっと曖昧にはぐらかす事に留めていた。しかし感のいい数名は「なるほどね〜」と訳知り顔でニヤついていたのだった。


 菫の話が終わると、次は誰々の恋の話から新しく出来た甘味処の話まで内容がころころ変わる。

 少女たちのお喋りは、聞き役になることが多い菫の耳も楽しませた。



 「そういえば、この間隣町に嫁いだ従兄弟の姉さんが行っていたのだけど、昔ここら一体で神隠しが出てたんだった」

 「何それ怖い」

 「あっ私もおばあちゃんに言われたことがある、妖だとか鬼だとかが人間に紛れてさらってくってやつでしょ?」

 「私が聞いたのは、悪い子にしてると鬼にさらわれて食べられるぞー!ってやつだった」

 「きゃー怖い!ははは、でもそれって子供をたしなめる大人が作った話でしょ?」

 「何か、そんな童歌無かったけ?」

 「うーん、知らないな……でも確か満月の日に行くお嫁さんは隠れてないと鬼にさらわれるって迷信は聞いたことある」

 「えっそれって新月の夜じゃなかったけ?」


 迷信にきゃっきゃと騒ぐ少女たちを見ながら菫も何かが頭に引っかかった様な気がした。



 だから、あやかしとおにはちがうんだよ。

 おにはいっとうにつよいんだ

 それに、おににはね……

 ばくは……


 

 誰かが菫に教えてくれた気がするのに何故か頭にもやがかかった様に思い出せない。



 ―― うーん、少し湯あたりしたのかな


 まだ何かを思い出した様な気がしたが、その何かが湯気の様に消えてしまったのを菫は感じていた。



 通り話し終わると、大方自分たちが話した迷信・怪談話に少し怖くなったのもあるのだろうか「遅くなる前に帰ろう」と急いで少女たちが上がり始めた。



 外はまだ寒いのでしっかり水気をとって帰らなくては湯冷めをしてしまう、とせっせと体や髪を乾かしている。


 すると菫の隣になっていた張り子の仲間がうっとりした様に言いだした。


 「菫さん、今日初めて一緒に湯屋にきましたけど・・・本当お・と・なって感じですね」

 「本当!肌も綺麗だし、何清純なのにほのかな色気っていうかね。」


 つられる様に菫を挟んで反対にいた少女も同じように言い始めた。



 そんな言葉に釣られて改めてまじまじと菫の裸体を見始めた仲間の少女たちに、羞恥を覚えて手早く身支度をすませようとする。

 菫が中襦袢をはおろうとすると、左側にいた少女が急に声をあげた。


 「あっ、これ昔の傷?いや痣ですか?」


 その少女は菫の左肩の裏を指差していた。


 ―― 自分では目に入らないそんな所に傷?痣なんていつの間に作ったのだろう?


 いまいち分かっていない菫を鏡の前まで連れてきた少女は、「ほらここですよ」と鏡に映して菫に見せる。



 「何か痣にしては不思議な形だし色も赤いし、ただの跡ですかね?」

 「さあ、私も気づかないうちにぶつけたかもしれないわ」


 不思議そうな少女に菫も曖昧に笑って返した。


 菫は鏡に映った自分の肩にもう一度目を向ける。

 左肩の裏には薄く赤い拳くらいの大きさの跡があった。

 ただの後にしては奇妙なその形は、


 ーーまるで花の()みたい……


 周りにいた少女たちは不思議な形としか言わなかったが、菫にはそれは蕾に見えて仕方なかった。


 そして頭のどこかで何か警報がなっている様な既視感を覚えた。



 何故か見られてはいけない気がして、菫は急いで中襦袢を羽織りその赤い跡を覆い隠す。


 ―― これ前にも見たことがある。でもどこで・・・


 未だに霧がかかったかの様にすっきりしないが、不思議な確信だけが菫の胸に残っていたのだ。

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