2話 追憶
―― 待って、そんなに急がなくても大丈夫だよ。
でも、すみれにみせたくて とっておいたんだ
―― では、外に行く前にしっかり上着を着なくちゃ。
はやくしないと とけちゃうよ。
―― 雪はそんなに早く溶けないよ。
女の子が小さい男の子に手を引かれながら雪で真っ白の庭を進で行く。
その先で真っ白な小さな雪だるまが二人を待っていた。
―― すごい、これ一人で作ったの?
えっへん!
胸を張る真っ赤な頬の男の子が余りに可愛いのか、女の子の口元がにやけている。
それとね、すみれと"かまくら"というのをつくってみたい!
―― かまくら?
うん、にいさまがいってたゆきでつくるおうちなんだって。
―― へ〜、よっし作ろう!
うん!
二人の子どもが雪だらけになりながらせっせとかまくら作っている。
ほっぺも手も真っ赤だ。
しかし、二人はそんな事なんか気にならないと言わんばかりに楽しそう笑っている。
できた!
出来上がったのは子どもがやっと一人入れるくらいの小さいかまくらだった。
その中に二人はほっぺも体もぎゅっと抱き合うようにくっ付けながら潜り込む。
ーーぎゅうぎゅうだね、頼様。ははは。
すみれ。
ーーなーに?
かまくらのなかって、あったかいね。
その朝、菫はぱちっと音がするように目が覚めた。
何か薄っすらと残る夢の残像を掴もうと必死に今見ていたであろう夢の端っこを手繰り寄せようとする。
―― あれは、確か……
今のような冬の終わりでなく、冬真っ只中の日だった。
そして比較的に雪は積もったらすぐ溶けてしまう菫の住んでいる地域にしては珍しく雪が積もった日。
―― 何故忘れていたんだろう。
菫は先ほど手繰り寄せた夢の端から、鮮明に雪のあの日のことを思い出して行った。
この街一番のお屋敷に住む公家で母が長年侍女として働いている。
まだ幼かった菫は何故だかよく、母の職場である屋敷に一緒に行っていた。そして何故だか、奥様の2番目の息子である頼正と母が仕事の合間に遊んでいたのだ。
ーー大人になった今になって思うと、何と恐ろしいことを……
というよりは世間知らず故の行いだったのだろうっと菫は思う。
しかし当時まだ5歳ごろの子どもにとっては、綺麗な洋服を来ている人という認識でしかなかったのだった。
今思い出した事が確かであれば、その不可思議な交流は菫が8歳になる前までの約3年間ほど続いた。
出会った頃の頼政はまだ3歳でそれはそれは可愛らしかった。
当時の菫は末っ子で近所でも1番小さく、2歳年下の頼政が初めて出来た自分より小さい友達であった。なのでお姉さん振りたかった当時の彼女は、まるで自分の弟のように世話を焼き可愛がっていたのだ。
―― ああの時はただただ無邪気でただただ楽しかったな。
―― でも、何でお家に行かなくなったんだっけ?
ふわっと湧いて来るように思い出した子供時代の出来事に思いを馳せながらも、菫の心にはそんな疑問が一つ残っていた。
公家は帝の覚えもめでたい家柄で、元は戦で手柄をあげた武家だ。
戦から知能線に変わりつつある現代においても、長男が公家の"武"を継いでいると言う。
また武の力は保ちつも政でも渡っていけるよう、小さい頃から頭の良さで才能の一角を見せいた次男の頼政は学びに力を注いだ。
そして十二になる頃には政を学ぶのため、都でなの知れた政の中枢にいる名家に学びに出たという。
なので今もこの街に住んでいる兄は祝い事や行事の時に見かけるが、弟の頼政は一切顔を出しておらず街の話題にもあまり上がらなかった。
ーーだからかしら、今まですっかり忘れていたなんて……
あれから11年以上経っており、今では17歳と立派に成人したであろう頼政の姿を菫は想像してみようとする。
がしかし菫の頭の中では"6歳の頼政さま"のままで全く大人になった姿を想像出来なかった。
―― お母さんなら、何か知っているのかしら?もしかしてお客様と一緒に戻って来ていたりして……
ただ不思議な事に今も変わらず屋敷で働く母からは、奥様や旦那さま等の話は聞くが頼政の話は一切聞いたことがなかった。
だからであろうか、今日の夢に見るまで彼のことをすっかり忘れていたのだ。
―― あんなに可愛がっていたのに、本当に何で今の今まで忘れていたのだろう。
不思議には思いながらも、母親には夜にでも聞いてみようと疑問1度頭の隅に追いやった。
そして菫は仕事に行くために着物を着替え始めた。