15話 夢の正体
「ねえ、菫」
「はい」
「僕の伴侶になってくださいますか?」
ポロポロ涙をこぼし続ける菫は、その頼政の言葉にくしゃっと泣き笑いを浮かべる。
「ねえ、菫……返事を聞かせてくれない?」
「は、はい、喜んで」
すると今度は頼政が泣き笑いを浮かべ、泣き続ける菫の目元に口づけをしぎゅっと抱きしめた。
「ようやく、菫を手に入れられた。ずっと、ずっとだ。ずっと待っていたんだ。君だけを思って」
耳元で話す彼の声は涙のせいか切なく震えて、菫はもっと泣きたくなった。
そのまま頼政は何かを取り戻すかの様に、菫を抱きしめ続けた。
ーーまるで、あの日みたい。
菫は忘れないでっと泣いていた昔の頼政との思い出の夢を思い出していた。
落ち着き始めた二人は顔を見合わせ、額を合わせてクスッと笑った。
「そう言えば、頼様」
「なーに、菫」
先ほどから頼政の返す言葉の端々から甘さがあふれ出ている。
「頼様のせいって言ってた事を教えていただけませんか?」
菫の言葉に甘い空気が一瞬ピリッとした。
「そうだね、菫には話さないといけないね」
苦々しげな顔を浮かべた彼は、菫をと向かい合うようにきちんと座り直した。
「菫は私のことをすっかり忘れていたと行ったね?」
「はい、1ヶ月くらいになるまで頼様との思い出は何も覚えていませんでした」
その菫の言葉に切りつけられたかのように、頼政が痛そうな顔を浮かべた。そんな彼の手を思わず菫は、握りしめる。
その彼女の手を握り返し少し弱々しく笑みを浮かべながらも、痛みを少しずつ押し出すように頼政は話し始めた。
「私が鬼だとは行ったけど、鬼にはそれぞれ鬼力という不思議な力が備わっているんだ」
「鬼力?」
「うん、それぞれの鬼によってその力の種類や強さは違う」
「頼様もその力があるという事ですか?」
「そう、そして僕の力は特に強い」
彼は改めて彼女の手を強く握り返し、祈るようにその手を額に当てる。
「私の記憶操作。菫の私との記憶は私が、その力で消したんだ」
「えっ」
頼政は菫の手に額を当てたまま動こうとしない。
思わぬ頼政の言葉に、驚き固まってしまった菫だったのだが彼が何かを恐るように顔を見せない姿を不思議に思った。
彼女にとっては大きな問題とは思わなかった。
「頼様、顔をあげてもらえませんか?」
出来るだけ優しく響くように声を出すと、頼政は恐々と顔をあげる。
そんな彼の姿に菫は微笑んだ。
「菫、なんで怒ってないんだ?」
「何で私が怒らないのいけないのですか?」
「だって、私は君の記憶を勝手に操作したんだよ?」
「頼様はそうしたくて、したんですか?」
「そんな訳じゃないじゃないか!」
ーーああ、やっぱり……
私の記憶を消したことで、一番傷ついたのはこの人なんだわ。
「私は怒ってません。傷ついてもいません。何たって全て忘れてましたから」
「…………」
「でも、頼様」
ビクッと肩を揺らした頼政は、揺れる瞳を菫に向けた。
「一番辛かったのは、頼様でしょう。人に忘れられるなんて、そんな辛いことはありません」
目を見開いた彼の目から、大粒の涙がこぼれる。
「菫が私のことを忘れた瞬間は今でも覚えている。一生思い出さないんじゃないかとこわ……」
彼の言葉を断ち切るように、彼の頭を菫は抱き込んだ。
この時ばかりは、菫は頼政が小さい頃の頼様に思えて仕方なかった。
どのくらいこの人は傷付いたのだろう。
自分のことを忘れられるなんて、想像するだけでも胸が引きつる。
その決断をなぜ彼がしないといけなかったのか。
思い出す保証がないとは、どれほど怖いものなのか。
「頼様」
もぞっと顔を上げた頼政の目は、真っ赤の充血しており菫はたまらず口付けた。
そんな彼女の行動に驚いたかのように頼政は目を見開き、今度はその頬をほのかに染める。
そして自分自身の行動に驚いた菫は、自分も真っ赤になって俯むいた。
「はあ、菫」
頼政の声に甘さが戻る。菫が顔を上げると嬉しそうに微笑む彼の顔が出迎える。
「頼様、どうして私の記憶を消さないといけなかったか聞いてもいいですか?」
その質問に頼政の少し顔が曇りそうになったので、菫は彼に触っている手に力を込めた。
「様々なことが重なったんだけど、菫が華人で私がそれを知ってしまったことが1つ」
「私が母に秘密と言われていたのに話してしまったからですか?」
「菫の母上は、この館に務めているからね。華紋のことも知っていたんだ」
「普通は秘密にするものなのですか?」
「鬼に知られたら神隠しの話みたいに、攫われてしまうかもしれないからね。普通の親なら我が子を攫われないために、隠しておきたいものだろう」
という事は秘密をばらしてしまった自分の責任で記憶が消えることになったのだっと菫は納得していた。
「ただ、それだけの理由では無いけれどね」
「えっ」
「私の力が強く、記憶操作ということもあった。そして当時は幼く力を暴走させてしまう恐れがあったんだ」
「じゃあ、安全のために私の記憶を消す必要があったのですか?」
「うーん、一番は幼い私が菫を手に入れるために記憶を改ざんしてしまう恐れがあったからだろうね。私が菫を好きなのは皆が知っていたし」
「そのために大人たちが私たちを引き離した方がいいという判断だったのですね」
苦笑を浮かべながら話す彼に、彼がそんなことをするだろうかと思いながらも菫は続けた。
「特に華人を見つけた鬼の執着は異常だからね。君を私から引き離すには、記憶を消すくらいのことをしないと安全では無いと判断されたんだ」
「頼様の記憶はそのままだったということですよね?」
「うん、記憶操作は元々私の力だからね。自分にはかけられないんだ」
「記憶を消したり、改ざんできても、操作した記憶を取り戻す事は出来ないのですか?」
「うん」
「では、私の記憶はなぜ戻ったのでしょう?」
「それは……私がずるかったからだよ」
茶目っ気のある顔で笑った頼政は、小さい頃悪戯をする時の彼の顔を思い出させた。
「当時の私は力が強いとはいえ、たったの6歳。君の記憶を消すに当たって同じ力の持ち主だった父上に手伝って貰ったんだ」
「お館様も同じ鬼力の持ち主だったのですね」
「うん、本当は父上が記憶を消す予定だったのだけど菫に他の人が力を施すなんてっと子どもらしく私は癇癪を起こしてね」
「それでお館様に手伝っていただいたのですか?」
「無理言った甲斐があったよ。力の使い方を教えて貰いながらも、自分で術を施したんだ。本来なら真っ白に消すところを、菫の場合は宝箱に閉じ込めて見たんだよ」
頼政の発言に意味がわからなかった菫はコテっと首を掲げる。
「私は『僕を忘れないで!!』っと強く願いながら術を施したからね。つまり抹消せず、ただ閉じ込めただけの私との記憶は今回きっかけを得て箱の隙間から漏れ出てきたんだよ」
「それで少しずつ思い出したと?」
「そうだね、その証拠に術が完全に溶けたわけじゃない。全て思い出したわけではないだろう?」
「そうですね。虫食いように穴だらけです」
少し寂しそうな顔を浮かべた頼政だが、菫を引き寄せる。
「これからも少しずつ思い出して言ってくればいいよ」
「でも、きっかけはなんだったのでしょう?」
「思い出し始めたのは1ヶ月前と言ったね?」
「はい、そのくらいです」
「私がこの街に帰ってきたのも、ちょうど一月前なんだ」
「えっという事は……」
「私の存在、多分鬼力を感じたから菫にかけた術が何かしらの反応をしたのかもしれない」
「そうなのですね」
ここ1ヶ月ほぼ毎日見続けた夢の正体がそういう事だったとはっと、一つ謎が解けてスッキリした菫であった。