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ゆびきり。  作者: ami.
10/16

10話 はんぶんこ

 少女が小さな紫の花をつんで遊んでいる。

 それ見掛けたのだろうか、小さな男の子が屋敷から裏庭に降りてその子に近づいて来た。


 ねぇ、きみはだれ?

 ―― えっ、あなたこそ誰?


 驚いたように見返す女の子の瞳をじっと見つめると、にこっと天使のような微笑みを浮かべた男の子。


 ぼくはよりまさ

 ―― 私は菫。

 すみれか、かわいいね。そのはなといっしょだね。

 ―― ふふふ、ありがとう。私もこの名前気に入ってるんだ。


 手元の菫の花をちらっと見てから花が綻ぶように笑いながら話す女の子。

 男の子は少し驚くように目を見張った後に蕩けるような笑みを見せた。


 ねぇ、すみれ。とくべつに、ぼくのことよりってよんでいいよ。

 ―― より?

うん、なにすみれ?

 ―― ただ呼んだだけだよ。

余りに嬉しそうに男の子が返事をするものだから、女の子は照れたようにそれだけ返した。





目を覚ました時、夢の余韻か菫のような花の香りが微かにした気がした。




 いよいよ注文の納期も大詰めで、いつもは少女たちのお喋りで賑やかな針子小屋の中も殺伐とした雰囲気が漂っていた。

 菫といえば自分の担当の女性物の晴れ着も完成し、今は他の担当組の手伝いに駆り出されていた。

 そして必然的にあの後も遅くまで針子が残る事が続き、その度に家に送りやすい者や家から迎えが来れる者などのみが残るようにと若旦那から通達が来た。



 立場上も残った方がいいと考えた菫も父親にできる範囲で迎えに来てもらえないかと打診した。

 そして蓋を開けて見たら、菫の父親が迎えに来たことが1度あったくらいで他は仕事で来られないという父親の代わりにあの青年が迎えに来てくれていた。




 今日もお店を出て向かった南大通で待っていたのはあの青年だった。


 いつもより比較的に早めに終わったのに、すでに彼が待っていた事に何時から待っているのかっと少し申し訳なさそうに菫は顔をしかめてしまった。それに気づいた青年は、冷たい表情を和らげ何時もの笑顔を浮かべる。


 そして初日以降何かと家まで送るといい続けてくれている若旦那に、菫は彼の存在を伝えられずにいる事に少し後ろめたさを覚えた。



 「お待たせしてすみません。」

 「今日は早めに終わったみたいで良かったですね。」

 菫に気づいた青年に小走りで近づきながら声を掛けると、青年は何も気にしてないように隣を歩き出した。



 何時もたわいもない話をしながら歩くが、基本的に青年が菫に色々質問したり出来事を面白おかしく聞かせる事が多かった。


 「そうだ。せっかく早めに終わった事ですし、今日は少し寄り道でもして行きませんか?」

 「寄り道ですか?そんなに遅くならなければ大丈夫ですけど。」

 そう提案して来た彼に、嬉しさと戸惑いが混ざる表情で菫は答えた。


 「良かった。ちょうど次の通りを一本曲がった所にいい饅頭屋さんあるんですよ。菫さん、つぶ餡好きって言ってましたよね?」

 「はい、好きです」

 些細でも自分の好きなものを覚えたくれていた嬉しさが、菫の心にじわりと広がった。




 1本道に入るだけで大通りの喧騒が離れた所に、隠れ家のようなお饅頭屋さんが佇んでいた。


 店先で食べれるように腰掛ける長椅子や小さな丸い机も3つほど並んでいる。

 菫たち以外にも老夫婦と見られる年配の男女がお茶と饅頭を楽しんでいる様子が見て取れた。


 早速と青年が饅頭とお茶を注文すると後5分ほどで蒸しあがるが、どうすると尋ねられたのでせっかくなの2人は出来上がりを待つ事にした。



 長椅子に腰掛け道ゆく人を眺めながら2人はポツポツと話しながらも、夕暮れ前の穏やかな時間を噛みしめるように堪能する。


 隣に座る老夫婦を始め、年配や家族連れが多い地域だからか聞こえてくる声もどこか楽しげで温かだった。

 お饅頭を買って帰る親子が数組待ち始めるのを見て、隠れた名店なのかなっとお饅頭への期待も高まったのか菫の頬も緩む。


 「ねえ、お母さん、今日は1個じゃなくて2個にして!」

 一番最後尾に並び始めた小さな男の子が母親に強請る声が聞こえるた。


 「ダメよ。それでこの間夕飯食べられなかったでしょ」

 「今度こそ大丈夫だから!」

 母親が優しく嗜めようとするが、目に涙を溜めて譲ろうとしない男の子に、今度は一緒にいる姉と思われる女の子が話しかける。

 「もう、じゃあお姉ちゃんと1個半分こにする?」

 「わーお姉ちゃん大好き!」

 さっきまでの涙は何処へやら満面の笑みで姉に抱きつく男の子に、姉と母親も「もう」と肩を落としながらも、その様子に笑ってしまっている。


 その微笑ましい姿を見ていた菫は思わず隣にいた青年と顔を見合わせてクスクスと笑ってしまった。

 その時に菫の中に既視感が生まれる。


 ―― あれ、こんな事前にどこかであったような。


 そんな思いから菫がまじまじと青年を見つめると、彼も何も言わずにただただ彼女を微笑みながら見つめていた。


 「あっ、何かいい匂いするよ!」

 「お母さん、こいつ早速蒸しあがる饅頭の匂いを察知したみたい」

 いきなり叫んだ少年を姉がからかう。

 「違うよ、何か花みたいないい匂い。」

 少年が続けると鼻をくんくんとした。


「何も匂いしないけど……」

 姉がと不思議そうに呟く。

 僕は嘘ついてないと言い張る弟にそんな匂いしないと言い切る姉が言い合いになると、母親はそんな2人をたしなめながら「こらこら2人ともやめなさい。何処かで早咲きの花が咲いているのかしらね。」と弟の言い分をやんわりと丸め込むように言った。


 「本当いい匂いですよね……」

 「えっ?何か仰りましたか?」

 彼がつぶやくよう何か言ったが菫には聞き取れず聞き返す。


 「いえ、早く蒸しあがるといいですねって言ったんですよ」

 にこりと笑った青年はそう答えた。




 一言で言えば出来上がりを待って食べた饅頭は絶品だった。


 この美味しさでこの価格とは今度は家族にもしっかり買っていかなくては、と菫は心に書き留めておく。


 「美味しいですね。」

 「本当美味しいですね。」

 一口一口味わう菫の様子にと彼女の気持ちに共感したように青年が声をかけて来たので、彼女も満面の笑みで返す。

 すると彼の笑みが褒美をもらった子どものように嬉しそうに深まった。

 「もう一つ食べたいくらいです」

 「良ければ、もう一つ買ってきますよ?」

 「え、大丈夫ですよ。それに食べ過ぎになってしまいますし」

 「では、菫さん。はんぶんこしませんか?」

 その提案に少し前の子供たちのやりとりを思い出したのか、菫は既視感をまた覚えた。


 ーーおやつ?

 そう、もらってきたんだ。いっしょに たべよ!

 ーーふふ、ひとつだけなのに?

 あっ、そうだった……

 ーーふふふ、頼様のだけら頼様が食べて。

 ぼくは すみれと たべたい

 ーーじゃあ、はんぶんこする?

 うん、はんぶんこしよ!


 「菫さん?」 

 名前を呼ばれ、何処かに行っていた意識が呼び戻される。

 視線を戻した先にいた目をキラキラさせながら提案してきた青年は、どこか幼く見えて誰かを想い出すようだった。


 そんな彼の様子にふっと菫は笑いがこぼれれる。


 「でも、お言葉に甘えて。はんぶんこしましょう」

 そんな菫の言葉に青年はとびっきりの笑みを浮かべて、饅頭を買うためい立ちあがったのだった。





 結局家に帰ったのはいつものように日が暮れてしおり家の前で何時ものように送ってもらった礼を告げて別れる。

 そして気持ちだけでなくお腹もほかほかな気分の菫は、夕飯はいらないと告げて部屋にそのまま引きこっんだのだった。



 ―― 何だろう最近心に漂うこの気持ちは……


 自分の掴めない気持ちに散れぢれの思い出。


 ここ最近の自分の不安定さに小首を傾げながら外着から寝間着に着替えようとする。


 「いたっ」

 左肩に何か掠った痛みを感じた。

 「いたた、もしかして針が着物に挟まってたのかしら? 」

 菫が床を慎重に見ると案の定、待ち針が一本落ちていた。


 ―― どうしてだろう、気をつけないと。


 針を拾い上げて自室にある針山にさしておく。

 少しひりっとする肩にもしかして待ち針で引っ掻いてしまったのかと、化粧台の鏡で肩の裏を確認するように覗き込んだ。


 案の定、針で引っ掻いてしまったのだろう。例の赤い痣の上に薄く赤い線が見てとれる。

 このくらいなら軟膏を塗らずとも大丈夫だろうと一安心した菫だったが何か違和感をおぼえた。



 改めて自分の肩を鏡ごしのまじまじと見る。



 ―― 何かが可笑しい。


 この間湯屋で初めて存在を知った赤い痣に今作ってしまった薄い線があるだけだが、


 「あっ」


 菫は違和感の正体に気づき目を見開いた。



 ―― 蕾が開いている……


 この間は蕾が固く閉じた形をしていた赤い痣が、まるで蕾が咲こうとしているかのように蕾の花びらが綻び開こうとしていたのだった。

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