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ゆびきり。  作者: ami.
1/16

1話 始まりの夢

新しく連載を始めます。

最後まで書き終わってはいるので、修正しながら定期的にアップしていく予定です。

15話程度の予定。


 ないしょだよ。



 ―― 何で?

 なんでも!

 ―― うん、分かったよ

 ははうえにもいっちゃだめだからね。

 ―― うん

 ほんとうにないしょ。

 ―― うん、2人だけの秘密ね。

 じゃあ、こゆびだして。


 ゆびきりげんま うそついたら はりせんぼん の〜ます!


 指切った!



 くすくすっという笑い声が暖かな光がさす庭に響いていた。





 ―― 何かいい夢見た気がする。


 2月になったばかりで冬のまだ少し刺すような朝の日差しは襖越しとはいえ部屋に降り注ぐ。


 そんな日差しを瞼に感じた(すみれ)は、未だに眠りの世界から離れたがらない目をこじ開けようとしていた。


 何か笑い声のようなものが不思議と耳の残っており、その余韻からか眠気と格闘しながらも彼女の口元は自然と綻ぶ。

 もっと眠りたいと訴えるかのように重たい体をゆっくり起こしながらも、そんな体とは逆に菫の心は不思議と幸せ感に溢れていた。


 ーーどんな夢見てたんだっけ?

 顔を洗い最後まで争っていた眠気を押しやるために、顔を洗おうと菫は手ぬぐいを持って部屋を出た。



 「おはよう、すみれ。もうお父さんたちはとっくに出かけたわよ〜」

そんな彼女の耳にと台所から母親の朗らかな声が届き、素早く身支度を済ませると朝食を食べるために台所に向かったのだ。




 「お母さん、昨日も言ったと思うのだけれど今日は午後からなんだけど……」

 「そうだったかしら」

 「……お母さん」

 「あらっ、そろそろお屋敷に行く時間だわ。菫ちゃん、洗い物頼める?」

 「うん、()()()()だから時間はたっぷりあるの」

 「ふふふ、ありがとう。それでは、いってきます」

 そんな風に母親は少し惚けて笑いながら仕事に出掛けて行った。



  ーーふぅ、こんなに朝食をゆっくり食べられるのも久しぶりだわ。 


 この街一番の貴族様が新しい着物を一気に大量注文したことで、昨日まで菫たち針子は一週間以上の激務に襲われていたのだ。

 それでも何とか無事に着物を昨日中に全て納品する事が出来て、ほとんどの針子たちは呉服屋の旦那から労りの言葉と共に本日は一日休暇をいただいている。



 この春二十歳を迎える菫は、針子の女の中でも年長組と言われ始めている。その経験と実績を買われたのか、最近では呉服屋の旦那に着物を売る呉服屋側の商いの仕事まで教えてもらっていた。


 ーーそのおかげで皆んなが「休みだー!」と騒いでる中、悲しいかな私は呉服屋の手伝いにいかないといけないのだけど……


 十五歳から遅くとも十九歳までにお嫁に行くのが世間一般で普通と言われている。そんな中で十九歳が終わりかけている菫は、周りに行き遅れという言葉が漂っていることを肌で感じ始めていた。



 中肉中背で、派手ではないがどことなく可愛らしさのある顔立ちが柔らかな雰囲気作り出す。年齢を重ねたことで清純さの中にしっとりと色気も出始めてきた。


 そんな菫は周りの男性から好意を示されたことも何度かある。なので決して機会がなかった訳ではないのだが、何故か菫の心が動くこともなく。

 恋人どころか初恋までもしないまま、気づけば二十歳を迎えようとしていた。



 菫自身は商いを学んでいる今日この頃は、結婚をせずに男性のように仕事で生きていけたらとも思う。


 ーーまぁ「女風情が……」と世の中で認められるはずも無いのだけれどね……


 祖母には “女の幸せは良い旦那に嫁入りし子を成し家を守ること”っという耳が痛くなるくらい聞かされ、“結婚問題”について真剣に考えなくてはならないとは感じていた。



 ただ顔を会わせるたびに結婚!結婚!と耳がタコになるくらい話す祖母に比べて、我が家内では全くそんな話題にも登らない議題ではある。


 「ご縁が来たらでいいのよ」

 「そんな急がなくてもいいじゃ無いか」

 心配していないのか又は少しのんびり屋の母親だからか、そんな二人の態度に菫は安堵を覚え"結婚"を何時も後回しにするのだった。



 そうとは言え家では結婚の"け"の字も出ないが、祖母を始め世間一般的には蔓延しているこの話題。

 菫自身も頭を抱えることも増えて来てはいた。



 ―― よし、お休みなので仕事前に街を散歩しようっと。


 不意に思い出してしまった祖母の刺さるよう声に気が沈みそうになり、せっかくの朝のいい気分が台無しになってはいけないと言わんばかりに菫は気持ちを切り替える。


 お気に入りの薄紫の下地に小花が散った着物に着替えて菫は街へ向かった。




 朝からも活気に溢れる町並みはお気に入りの着物効果が、いつもより騒がしく一層活気に満ち輝いているように見える。


 実際に菫の働く呉服屋に大量注文があったように、最近は噂の貴族様が何かと物入りで大口の注文が多く。街全体の店も懐を潤わしていた。


 冷やかしがてらに町の一番の大通りを歩いて回る。


 「へいらっしゃい、町1番の饅頭はいかかですか!」

 「新しい劇の『神隠し』本日より前売り券が発売!」

 「都から入った新しい髪留めありますよ!あ、そこの綺麗なお姉さん是非寄って行って!」


 活気のいい店からの呼び込みがいたる所からかかる。



 ―― うーん、昨日旦那様からいただいた臨時のお手当は甘味か髪留めかどちらにしよう。


 菫が娘らしい悩みに店を回っていると、不意に通りの向こうから何か強い視線を感じた。



 ーーえ、誰か知り合いかしら?


 しばし止まり通りの先に目をこらす。ただ人が流れるように動いてるだけで、菫は誰とも目は合わず不思議そうに首を掲げる。


 「……気のせいかな?」 


 そして菫は止めていた足を甘味処へ進めたのだった。





 「やあ、菫。他のみんなが休んでいるのに悪いね」

 「いえいえ、昨日頂いたお手当で福屋のお団子を食べさせていただきましたから」


 人好きする笑顔を浮かべた呉服屋の旦那の迎えを受けながら、菫は職場である呉服屋の中に入って行った。


 「本当に菫は働き者だ。ぜひ私の息子の嫁に来て貰いたいものだよ」

 そんな旦那のいつもの冗談に菫は笑みを返しながらも、今日の作業の確認から始めようとする。


 「旦那様、この帳簿の整理の続きから始めますか?」

 「いや、菫には今日は反物の在庫を確認してもらいたくてね」

 「えっでも旦那様。この間新しいのを注文していらっしゃいましたよね?」

 「う〜ん、実は来週みんなには言おうと思ってはいるが、また同じ貴族宅から注文が入りそうでね」

 その発言に菫は目を見開いた。


 「昨日納品したばかりなのにですか!?」

 「そうなんだよ、だから在庫を含め反物をしっかり揃えて置きたいんだ」

  旦那からの思わぬ報告に、昨日までの日々が頭に浮かんだのか菫は少し青ざめた顔を見せた。


 そんな菫の様子に場を明るくしようと、旦那は世間話に切り替えようとする。

 「ああ、噂によると都から誰か来ているらしいね。この間の注文だけでなく、町中の注文の数々はその方の歓迎のためだとか噂されておるよ」

 「そうなのですね。でも一体どんなお客が……」

 菫が話の続きを聞こうとした所、がらっという音が入り口から聞こえ「ようこそいらっしゃいました」っと声をかけながら旦那は接客のため表のお店に戻って行った。


 ーー都からなんて偉い方でもいらっしゃてるのかしら?

 そんな旦那の背中を見送りながらも、菫は反物の在庫の記入を進めて行ったのだった。



 菫は作業を進めながらも、お店からはお客と旦那の世間話が漏れ聞こえて来ていた。


 「あの公家の噂は本当なのかね?」

 「あの例のお方のことですかね……」


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