■話 ■■■との邂逅
「やっぱダメだったかぁ」
深い深い闇の中、うっすらと見える紫色の影。実態も何も無い存在だけのそれが、楽しそうにそう呟いて笑う。
「ま、一回目は期待してなかったしね。君の行動を見れば、どうせ無理だっていうのはわかりきったことだった。好きな人と遊んだり、子猫を助けて上げたり、騎士様に敬意を払ったり、ね」
それは、ケルがこの三日間で行ったことの数々。
この影は、それを根拠に無理だとわかったと、楽しそうに語りながらゆらゆらと歩く。
「だが――ここから先は、こうはいかない」
すっと、先ほどまでの明るい雰囲気を打ち砕く冷酷な言葉。
それが、一体何を意味することなのか。
「ま、体験してもらった方が早いよね? ――ケル」
そう影が意識を向ける先にいたのは――僕だった。
僕は、今更覚醒した脳で、今の状況を理解しようと努める。が、そんなものは無理な話。ただ、一つだけ覚えているのは――覚醒する前に、《にんむ しっぱい》という二言が脳に鳴り響いたこと。
僕はそれらが影影に尋ねようとするが、なぜか声が出ない。
「ああ、君は今声を出すことはできない。そういう設定だ」
……設定? こいつは、何を言っているんだ?
体を動かそうにも動かない。だから、僕はただ影の話すことを聞いている。
「そうだ、君に伝えなければならないことがある」
影がこちらに近づいてくる。
「君はあの赤文字に従ってもらおう」
……あの、赤文字。
《おさななじみ を ころせ》
あれに、従う? はっ。するわけない。僕がそんなことをするわけないだろう? それに、もうあれに書いてあった期限は過ぎた。
「達成するまで、永遠に、ね」
永遠?
その言葉の意味がやはりわからなくて、僕は動かない首をひねる。永遠なんてあるはずがない。全ては移り変わっていくのだ。だから、耐えればいずれあの赤文字もなくなるのだろう?
「なくなるわけないじゃないか。君は、達成するよ」
僕の心を読み取っているのか、的確に答えてくる影。
僕は、それにまた影を言おうとして――
「達成しないと、こうなるんだから」
パチンッ。
影がはじける音。それが――僕の、右腕からした。
僕はそれを確かめるために首を動かそうとするが、やはり動かない。その代わりに神経と脳が動いてしまった。
「――うっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
でないはずの声を出し、脳で処理しきれない痛みが神経を猛烈な勢いで駆け上る。
まるで、腕の細胞ひとつひとつを押しつぶし、筋繊維を一本一本引きちぎり、骨をやすりで直に削られ、神経を氷水に浸すかのごとく激痛。
痛み、痛み、痛み、痛み、痛み、痛み、痛み、痛み、痛み、痛み、痛み、いたみ、いたみ、いたみ、いたみ、いたみ、いたみ、いたみ、いたみ、いたみ、痛み痛み痛み痛み痛み痛みいたみいたみいたみいたみいたみいたみいたみ――
「さあ、二回目のあの日に行ってきな。ああ、そうだ」
薄れゆく意識の中。未だに痛みの渦の真ん中にいる僕の言葉に、その言葉だけが聞こえた。
「次は、右腕分だけじゃなく――全身分の痛みが君を襲うことになる。よく考えて行動することだ。そして、これは、君をj64にするための――」
そこで僕の意識は途切れた。
「……あれ? もう行っちゃったのかな?」
影は、いつの間にかループしてしまったケルを残念に思いながら、だがしかし笑っていた。
それがなんの笑いなのかは理解できない。だが、腹を抱えるそぶりをして。
「あー……楽しい」
そうして、影も闇の奥へ消えていった。