五話 騎士レナン
翌日の朝は、特にやることは無く。いつも通りトレーニングをしたり、トカさんの農作業を手伝ったり、子猫を愛でたりしていた。
そして、僕の中での今日の一番のイベントがやってきた。
「騎士様のお通りだぁ!」
村の誰かがそう叫ぶ。
すると、どの家からも焦った様子の人々が走って行き、村の宿屋に続く道の左右に並ぶ。僕もそれに習ってトカさんの隣に並ぶ。
そこに現れたのは、僕の想像通りの方々だった。
銀と魔鉱石の淡い紫色に光る重厚な鎧を身に纏い、背中には銀と金の盾を、こしには赤色の剣を身につけた、六人の部隊。騎士団。
「敬礼っ!」
そのかけ声とともに、僕たちは頭を下げる。
敬礼とはただの言葉。実際は頭を垂れ、上の者である騎士を称えよというだけなのであるが。
「ようこそいらっしゃいました。騎士様」
そう騎士と話すのは、この村の村長であるビギー夫妻のビーンさん。威厳のある彫りの深い顔つきが特徴的な男性だ。
「……村長」
「はい。どうかいたしましたでしょうか?」
「不快だ。頭を上げさせろ。――私たちにこのような礼儀は不要である」
「――はっ。かしこまりました。敬礼、直れっ!」
ばっとみんなが一斉に顔を上げる。そして、視線を「不快」と言った騎士へと向ける。
その騎士は――男ながらに、美しかった。
神がその手で作り上げたかのような、整いすぎた顔立ち。銀色と金色の髪の混じり合った長髪を後ろへ流し、傲慢と噂されるその印象を、打ち消してしまうかのような、本当に神聖な雰囲気がある。
そのリーダーとおぼしき騎士の言葉が、村の人々を驚かせる。
「私はこの騎士をまとめるリーダーのレナンだ。私たちは野宿でかまわん。気にするな」
「の、野宿でございますか?」
あまりの発言に、ビーンさんも目を白黒させながら聞き返す。
それは、僕たちも同じだった。
騎士は神聖なる存在であり、この国の英雄。そんな人が、野宿を望むなど……ありえない話だからだ。
「私が野宿と言ったらそうなのだ。――本当に、気にしなくていい。あなたたちに迷惑はかけない。食事も最低限でいい」
「さ、左様でございますか。わかりました。では――寝袋は必要でございますか?」
「ああ。さすがにそれは持ってないからな」
「わかりました。しばしお待ちを」
そう話して、ビーンさんが宿屋の中へと消えていく。
立ちこめる沈黙。その中で、村人は思い思いに考える。この騎士様たちは、何を考えているのか、と。
「――ああ。すまないな。私たちのために集まって貰って。申し訳ない。もう解散していいぞ。それと、村を適当に歩き回ってるかもだが、気にしないでくれ」
――解散できるわけがない。
村のみんなはこう思った。
だが、少なくとも騎士の命令だ。一人、また一人とゆっくり帰って行き、僕もそれにあやかってトカさんとともにその場を離れた。
ただ、一つわかったのは――
今回の騎士様は、いい人かもしれない。
―― ―― ―― ―― ――
「なんか、不思議な人だったね」
帰り際、トカさんとそんな話をする。
「ああ。おかげで、調子狂うな。気にするなっつっても難しいもんだよ」
「確かに」
騎士である以上。目上の人間なのだから絶対に気にしてしまう。気にしないことができるのは、相当脳天気な子供かただの阿呆だけだ。
だが、これは僕にとってチャンス。
「たまたま騎士様が通りかかって、剣のことを聞けたりできないかな」
「お前は、本当に騎士になりたいんだな」
「そりゃあもちろん。かっこいいしね」
騎士以外になるなんてありえない。それほどまでに僕は憧れている。諦めるわけはない。
と、言っているところに。
「こんにちは」
歩いてきた騎士様――レナン様が声を掛けてくれた。
一気に張り詰める空気。それは、僕たちが生んだものか、なんなのか。
「こ、こんにちは」
そう挨拶を僕は返す。
でも、違う。僕はレナン様に聞きたいことがあるのだ、だからそれを聞かないと――
「なあ、騎士様。こいつが将来騎士になりたいんだと。ちょっと見てやってくれないか?」
「あ……」
「そうか……」
トカさんが僕の代わりにそう言ってくれる。
それに、レナン様は少し考え込み……。
「少年。名前は?」
「け、ケルです」
「そうか。ケル。お前の腕前を見てやろう。――と、思うのだが、木刀がなくてな。あるか?」
「――っ! あります! 家に! すぐに持ってきますね!」
「ああ。私はここにいるぞ」
――騎士様が、僕の腕前を見てくれると言ってくれた。
これ以上嬉しいことはない。トカさんにも感謝しないといけないな。
僕は全速力で走る。そして木刀を持って、あの場所へと戻ってくる。
「持ってきました!」
「ありがとう。では、少し村から離れたところでやろうか」
―― ―― ―― ―― ――
村の郊外。
僕とレナン様は、木刀を構えて向き合っていた。
「では、私はケルの木刀を奪ったら勝ち。ケルは私に一撃を与えたら勝ち、だ。いいか?」
「はい!」
これは、真剣勝負だ。
木刀を握る手が汗で湿ってくる。
滅多にないチャンス。――全力で、油断せず、そして敬意を持って。
「ケルのタイミングでいい」
「わかりました。――行きます」
ぐっと足を踏み込む。
一歩、二歩、三歩――木刀をレナン様の胴めがけて振る。
「甘いな」
「――ですよねっ」
わかっていたことだが、その木刀はレナン様に届く前に防がれる。
わかっていた。わかりきっていたことだ。だから――
「まだまだ!」
そこからが本番。
僕は縦に横に木刀を振る。なるべく相手の意表を突けるように、フェイントを加えたり、緩急を付けたり――だが。
「――やるではないか」
「っ!」
木刀が、円を描きながら宙を舞う。そして、僕の背後にカランと音を立てて落ちる。
……これが、騎士か。
「なかなかいい太刀筋であった。ただ、まだまだ未熟だな。きっと実践を重ねれば、騎士になることも夢では無いぞ」
「本当ですか?!」
「ああ。私が保証しよう」
僕はぐっとガッツポーズをする。
騎士様に褒められた。騎士様が保証してくださった。それだけが、それがどれほど嬉しいことか。もう、満足してしまいそうだ。
「これからも頑張ってくれ」
レナン様が右手を差し出す。
その手は、豆や擦り傷がたくさんついていた。
「――はい!」
僕はレナン様と比べるには小さすぎる手で、力強く握り返した。
僕は、この日のことを忘れることはないだろう。