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四話 自問自答

「トカさん! 貰ってきたよ!」

「おう、お帰り。ありがとな」


 僕は瓶をトカさんの座るイスの近くのテーブルに置く。

 そして、そのついでにトカさんの腕の中で丸くなる白い子猫を覗き込む。


「・・・・・・綺麗になったね。寝てるの?」

「ああ。腹減ってるだろうに、体を洗って毛布でくるんで温めてやったらこの様だ。なかなかいい根性してやがるよ」


 そう言ってトカさんが笑う。

 でも、それには僕も同感だ。たった一匹だったのに、僕が拾ってトカさんが面倒を見ていた時も元気だった。なにか、ただならない大物の気配を感じる。


「ま、可愛いから許せるよね」

「ああ、確かにな」


 そんな話をしていると、子猫がゆっくりと身をよじり、そして顔を上げた。

 まだ開いていない目が、必死に何かを探している。


「にゃ~ん」

「飯だとよ。ケル。そこの瓶にミルク詰めてくれ」

「はい」


 僕は言われたとおりにして一回り小さな瓶にミルクを詰める。瓶の飲み口にはゴムがついていて、吸わないと飲めない仕組みだ。

 そこに僕はとっとっととミルクを注ぐ。


「できたよ」

「おう。ありがとよ」

「あ、待って」


 トカさんが子猫にミルクをあげようとするのを止める。


「どうした?」

「僕があげてみたいな、って思って・・・・・・」


 言い終わってなぜか恥ずかしくなり、僕は目をそらす。

 僕は昔から猫が好きなのだ。だが、なかなか飼えなかったので、ちょっと興味がある。

 トカさんは少し微笑みを浮かべ、瓶を僕の方へ向ける。


「ほら。ゆっくりな? 傾けすぎるなよ?」

「うん。わかった」


 トカさんから瓶と子猫を受け取って、イスに体を落ち着かせて瓶を子猫の口に近づかせる。

 それを、前足をばたつかせていた子猫が咥えた瞬間おとなしくなって、ごくりごくりと喉を鳴らす。


「・・・・・・美味しい?」


 ふと、そう子猫に語りかけてしまった。

 すると、子猫が前足をゆっくりと動かした。


 ーー ーー ーー ーー ーー

「そういえばさ、トカさん」


 子猫を布団に寝かせ、僕はトカさんに尋ねる。


「騎士様が明日ここにくるんだって?」

「おう。よく知ってるな・・・・・・と、思ったがギジルか」

「そうだよ」


 やはり、本当らしい。

 僕の中で確信に変わって、より一層明日が楽しみになる。


「ま、一日寝るだけっつってたけどな。ったく。それぐらいなら、王都もわざわざ手紙なんか寄越すなってんだ」


 そう悪態を吐くトカさん。

 騎士というのは、とても神聖で皆から頼られているが、そのせいかいささか傲慢である。

 神聖で傲慢というのも皮肉だが、その騎士を満足させるのが宿泊地の仕事である。・・・・・・と、昔親から聞かされたことがある。

 だが、それを知っても騎士に憧れる者が多いのはひとえに彼らの功績が理由なのだろう。


「ねえ、トカさん。その騎士様はいい人かな?」

「さあな。そりゃ会ってからのお楽しみだ」


 トカさんは苦笑いを隠さなかった。


「ケル。もうすぐ夜が来るが、帰らなくていいのか?」

「うん。だって、まだ子猫を見ていたいし、もう母さんは朝に出てっちゃったから。明日から出張って言ってたけど帰ってるかもわからないし」


 だが、大抵の確率で母は家にいない。

 それに、僕は親がどう働いているかを詳しくは知らないが、知ろうとは思っていない。

 なぜなら、騎士になりたいから。


「そうか・・・・・・。夜飯はどうするんだ?」

「そうだね・・・・・・家に残ってるもので何か作るよ」

「そうか。どうだ? たまには俺んちで食わないか?」


 トカさんの料理、か・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・。


「ちょ、ちょっと遠慮しておくよ。やっぱり帰るね。じゃあ」

「ん? そうか、わかったよ。じゃあな」


 ・・・・・・これは、本人の前では絶対に言えないが。

 トカさんの料理は、控えめに言って食べられたもんじゃない・・・・・・。


 ーー ーー ーー ーー ーー

 僕は薄暗い道を歩いて家に着く。

 扉を開けると、やはり母さんはいなかった。とりあえず自分の部屋に行く。

 ああ。そういえば、子猫はトカさんのところに預けてきた。僕では。万が一のときに対応できないし、トカさんのところなら安心だ。


 僕は服を脱いでふろ場へと向かう。

 と、鏡に映る自分の姿が見えた。

 ところどころ盛り上がった筋肉に、がっしりとした体つき。身長は・・・・・・まあ、これ以上は伸びないだろう。

 子供ではなく見えると、村の大人によく言われるが、自分の姿を見るのは好きだ。努力が目に見えるから。


 しばらく自分に見とれていたことに気づき、思わず自分でも気持ち悪がって顔をたたく。そして、水を張った風呂に火の魔石を投げ込む。

 すると、一瞬にして心地のよい風呂の完成だ。


「・・・・・・ふぅ〜」


 お湯で体を流して、僕はゆっくりと体をお湯に沈める。

 温かさが、体のこりをほぐしていく。


「・・・・・・これ、ほんとになんだろ」


 ふと目に入ったあの赤文字を、僕はなんとなく触れようとしてみる。が、やはり実態はないようだ。


 《おさななじみ を ころせ あと ふつか》


 ・・・・・・リルンを殺すことを意味する赤い文字列。


 これが達成できないとどうなるのか? ーーどうせ何も起きやしないさ。


 これは誰がやったのか? ーーきっとどこかの誰かさ。


 これをどうするべきか? ーーどうするもなにも、達成しないよ。


 これをーー信じるか?


「信じない」


 心の中の自問自答を、キッパリと声で否定する。

 僕が人を殺すなんてしない。人を殺せば騎士になんてなれない。これがなんなのかもわかっていないのに信じるはずがない。何よりーー


「リルンは、殺さない。――殺すわけがない」


 そう心に誓った。

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