十六話 目的
「――っは、あ、あぁ!」
うめき声とともに目覚めると、網膜を明るい光が満たした。
……なんだったんだ、今の、夢は。
僕はおもむろに心臓のある位置に手を当てて、深く息を吸う。心臓が早鐘を打ち、呼吸もまだ整わない。服は汗でびしょびしょで、朝の風が寒く感じるほどだ。
辺りを見ると、まだどうやらかなりの早朝のようで、みんなはまだ起きていなかった。
一人、僕はハンモックの上で体を丸める。そして、遅れてやって来た感情が口に出た。
「怖い……怖い、よ」
もう、一歩も動けなかった。
しばらくして、僕のハンモックを誰かが揺らした。
その揺れに体をびくつかせながら、僕は揺らしている人を見る。
「……起きた」
「あ、ある、アルソネ」
しどろもどろになりながら、起こしに来たらしいアルソネの名前を呼ぶ。すると、つぶらな瞳が僕の顔を心配そうに覗き込んだ。
「何か。あった?」
「……うん」
何か、そう、何かあった。
あの地獄の苦しみよりも辛く、苦しい地獄の悪夢が。
「そう。ご飯。食べるよ」
「……はい」
半ば強制的に僕は千鳥足になりつつも食事の場に到着する。
「おう、ケル。おはよう」
「おはようございます」
「……なんかあったか?」
ロビーさんが、アルソネと同じ問いをしてくる。
それほどまでに、僕の今の表情や顔色は悪いのだろうか。悪くなっても当然だろうか。
「はい。……少し、悪い夢を」
「悪い夢、ねぇ。急に?」
ワンドさんが僕の分のパンと昨日の鹿の肉を差し出しながら尋ねる。
僕は、それを受け取って答えた。
「そうなんです。……殺した子が、出てきたんですよ」
「今更、なんて言い方悪いかもしんないっすけど、妙に遅いっすね。すぐに来てもよさそうっすのに」
「ま、亡霊なんてそんなもんさ」
ロビーさんがそんな不思議な返しをする。
亡霊というニュアンスが少しだけ気にかかるが、だがその表現もあながち間違ってはいないのかもしれない。もしかしたら、本当に恨みが遅れてやってきただけのことかもしれない。
「ああ、そうだ。話を変えるが、今日は街に泊まるぞ。ケルには言ってなかったよな?」
街に泊まる?
「はい。初耳です」
「ま、お前と会う前に決めてたことだしな」
「嘘をおつき。みんなすっかり忘れてたくせに、あんたも昨日まで忘れてたんでしょ?」
「……ま、まあ、一応街の名前はだな」
「逃げたっすね」
「逃げた」
みんなからの問い詰めに苦笑いを収められないロビーさん。
そういえば、仮にもここはパーティーなのであった。目的地があっても当然か。
「ごほん。ま、今日は資金稼ぎも含めて大きめの街にだな。で、ダンジョンにも行こうかと」
「マジっすか?!」
と、それに食いついたのは剣士のケロック。今までに見たことのないぐらいに目を輝かせて身を乗り出す。
「マジだ」
「よっしゃあ! 久しぶりに暴れられるっすね!」
――なんだか怖い理由だが、まあ聞かなかったことにして。
「ダンジョンって?」
「あら、ケルくんはそうね、村から出たんだものね。じゃ、軽く説明するね」
ワンドさんがパンを置いて説明をはじめる。
「ダンジョンっていうのは、未知の素材とこの大陸には存在しないはずの魔物たちの巣窟よ。ダンジョン自体が貴重だから、自然と人が集まってできたのが街なの。だから、おっきな街には一個ダンジョンがあるのよ」
「なるほど……」
わかりやすい説明にうなずきながら、自分の中でかみ砕いていく。
ダンジョン、魔物。つまり、騎士や勇者たちが戦っているような未知の生物がそこにいると。
「それ、危なそうですね」
「当たり前っすよ。ま、俺たちなら大丈夫っすよ!」
「なんだお前我が物顔で。うざいな」
「急に辛辣っすね?!」
「冗談だよ」
穏やかな笑いが生まれ、僕はいつの間にか消え去った恐怖心を忘れ去るように、パンと肉を飲み込む。
街なんて、初めての体験だ。ジーマ村は交通手段が乏しいので、話すらほとんど聞いたことがなかったが……。男としての血だろうか。わくわくが止まらない。
「ま、到着は夕方になる予定だ。出発はこれ食べ終わったらすぐな」
「急。だね」
「俺もさっきまで忘れてたからな」
「あんたリーダーじゃないほうがいいかね」
「やめて。俺の存在理由を奪わないで」
僕はそれを眺めながら、また笑う。
リルンのことは忘れた訳では無い。だが、こんなやり取りをしたり、聞いたりしているうちに思うのだ。
ーーああ。なんて、幸せな空間なのだろう、と。
だから、今はリルンに感謝しよう。する権利がなくとも、僕の恋人に、感謝を。
「じゃあ、僕は自分の荷物まとめてきます」
「行ってらっしゃい。あたしはこいつからいろいろ聞き出しとくわ」
「何を?! お、俺はちゃんと言ったぞ?!」
「どうせ言い忘れてることがあるだろう。詠唱。《真実を聞く耳》」
「魔法まで?!」
騒がしい場を離れ、僕は静かな木陰へと入っていく。そして、愛用の弓矢を担ぎ、掛けてあるハンモックを外してリュックに入れようとした時だった。
ーー赤い文字が、視界の端に映った。
刹那。時間が止まったかのような錯覚に襲われる。
……嘘だ。
そう思った瞬間。時間が動き出した。
ドクンドクンと聞こえてくるほどに跳ねる心臓。理解を拒む脳。必死に目線を逸らす。だが、視界からそれは消えることがない。
「ーーケル」
呼びかけに驚いて、僕は顔を上げる。そこには、ロビーさんの姿。
「ちょっと伝え忘れたことがあってだな……」
その気まずそうな動作も、僕の意識には入ってこない。ただ、見えた文字が僕の心情の全てを表している。
《ロビー を ころせ あと よっか》
そこで初めて理解する。
あの、朝の夢はーー
きっと、このためだったんだ。
視界が、黒く染まるーー