十五話 紅い花の悪夢
「ん……あれ?」
ふと目が覚めると、僕はいつの間にか紅い花畑けの上で寝転がっていた。辺りを見渡すも、ただただ広大な花畑が広がっているだけで、木の一本すらも見当たらない。
そこは、あのハンモックもロビーさんたちもいない、ありえない場所。
「とりあえず、少し歩いてみよう」
僕はおもむろに立ち上がって、紅い花の上を歩いた。
歩いても歩いても同じ景色が広がる世界。
一体どうなっているんだ? なぜこんな場所に……。
疑問は尽きないが、今はただ、歩くことしかできない。
しばらくあるいていると、前に人影が現れた。
それは背の低い影。光が当たっても尚、黒くあり続ける影。
「あの……」
僕は恐る恐る声を掛ける。そして、目を見開いた。
「ケル……」
影が、僕の名前を呼んだ。だが、そこじゃない。
その影は、長い髪をなびかせて、胸に手を当てて、儚げな表情をしていた。そして何より――
「な、んで、リルンが?」
その顔は、姿は黒く覆われているものの、聞き慣れた、聞き慣れすぎた声音とそぶり。
それがリルンであると、どうして見間違えようか。
「なぜ? どうしたの? ケル」
「ち、違う。僕は、君を確かにあの時、この手で……」
そう、僕はあの時確かに手に掛けたはずだ。その時の感触も、光景も、よく、覚えている。
――今ここで、リルンに殺されてもいいと思えるほどに、よく。
「本当にどうしたの? 顔色が悪いわよ」
顔色が悪くなって当然だ。だって、まるで夢でもみているかのような光景なのだから。
――いや、これは夢だ。
そう僕は確信する。だって、自分が殺めたんじゃないか。なら、その事実は変わらない。そう、変わらないのだ。
「――ごめん」
僕は、目に涙を浮かべながらリルンにひざまずく。
「ど、どうしたのよケル!」
「ごめん、ごめん。本当に、本当に……」
「そ、そんな急に謝られても……」
しかし、謝らなければ気が済まない。だって、僕が殺したのに。それを懺悔しないなど、人間としてどうかしている。
「もういいわ。何があったのか知らないけれど、顔を上げて」
そう言われて、僕は地面に付けていた額をゆっくりと持ち上げる。
僕は許されるべきでは無いのはわかっている。だけど、リルンがいいと言うのなら――。
ポタリ。
僕の頭に、何かが滴った。
僕は不思議に思って、そこを触る。すると、べちゃりとした感覚。それは――
「――え?」
紅い、血。
「ほら、顔を上げてよ」
ボタボタと、目の前で滝のように血の粒が降ってくる。
「ねえ、上げてってば」
「……無理、だよ」
だって、これがなんなのかぐらい予想がついてしま――
「ねえ」
「うっ?!」
僕は前髪を掴まれ、無理矢理顔を上げられる。そして、そこにあったのは――
「顔、上げテよ」
「う、うああぁぁぁぁぁぁ!」
血まみれで、眼球のえぐり取られた恋人の姿。
僕はまともに目も合わせられず、まぶたをぎゅっとつぶる。が。
「ネェ、どうしタの?」
おぞましい声が、聞き慣れた声が僕の鼓膜を低く響かせる。
それは、まるで悪魔との会話。
「違うんだ。違うんだ。あれは、やれって、やらないと、行けなくて……」
「どうしたの? どウしたの? ドウしたの? ドウシたの? ドウシタの? ドウシタノ?」
血が僕の頭に、体にしたたり落ちる。耐えられそうにないささやきが、僕の脳を攻撃する。受け入れられない悪夢がそこにあった。
「ねえ、ねえ、ねえ、ねえねえねえねえねえねえ」
「違うんだ……」
これも、もしもこれもあの影の、j64の仕業なのならば、
――彼は、なんという神で、なんという悪魔なのだろう。
「私はあなたが好キなの。ほラ。顔ヲあげテよ。目を合ワせてよ。――きす、シようヨ」
ああ、お願いだから、お願いだから……。
悪夢よ、早く覚めてくれないか。じゃないと……。
「ごめん。ごめん。ごめん。リルン。ごめん。ごめん。ごめん」
僕が、壊れてしまいそうだ。