エピローグ
殺したという感覚が、手から離れない。笑って胸から血を流すリルンの姿が目に焼き付く。その上に、流す資格なんてないのに、涙がこぼれる。
「ごめん。ごめん……リルン……」
謝る権利だってない。だって、僕が殺したのだから。
だけど、だけど……。
「ああ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
結果は、変わらない。
僕が僕のエゴで殺したといいう事実が、肩に重くのしかかる。
「よくやった」
と、突然頭の中で声がする。目を開くと、そこはあの空間。地獄とも言える暗闇と、紫色の影が満足そうに笑いながら僕に近づいてくる。
「君は任務をこなしたんだ。喜べよ! 僕も嬉しい!」
「――喜べるか、クソがぁッ!」
僕は影に向けて怒鳴る。
「誰のせいで! なんの理由で! どんな運命で! 僕は、僕はリルンを手に掛けないといけないんだ! 殺さないといけない理由を創ったんだ!」
「でも殺したのは君だろう?」
冷ややかな声が、僕の涙ごと心を凍り付かせる。
笑みの一切を消し去った影が、僕の耳元でささやく。
「誰が殺したんだ? 自分を好いてくれた幼なじみを。好きな人間を。考えてみろよ。お前、あの地獄に耐えられないわけじゃないんだろ?」
「……違う。耐えられ、ない」
「へえ。それが言い訳かい?」
……言い訳?
「違う、言い訳、なんかじゃ……」
「じゃあそれは言い訳じゃないなら一体なんなんだい? 気づいているだろう? それは自信の罪を正当化するだけの見苦し」
「やめろ! 僕は――」
「ほら、そうやって言い訳をする」
こいつは、一体なんなんだ。
思考の中を怒りが埋めていく。
こいつのせいで僕はリルンを殺さなければいけない羽目になったのに、なぜこいつにこんなにくどくどと言われる理由がある?
殺した悲しみに懺悔することさえ許されず、ここに飛ばされたのに?
「――お前は、一体なんなんだ」
そう口をついてでた。
それに、影はわざとらしく考え込み――
「“j64”」
……今、なんて?
「ああ、そういえば、君には聞き取れないようになっているんだ。文字化けってやつかな?」
文字化け? 一体なんの話を……。
「僕はj64で、君がこんなことをする羽目になったのは次のj64になるためさ。だから、こんなことをする」
――だめだ、まったく理解ができない。
大事なところだけが聞き取れない不快感。だが、ひとつわかるのは――これが、理不尽な理由だということ。
「ま、これからも頑張ってね」
そうして――影は消え、闇は晴れた。
花畑に戻って――絶望する。
『これからも頑張ってね』
――聞き間違え、か?
……神よ。
「僕は……何をしましたか?」
紅い花の上に膝から崩れ落ちて、夕暮れに向けて呟く。
この気持ちを、絶望と言わんとしてなんと言おうか。もう、諦めたい。
まだ殺せと? リルン以外に、誰を殺せと……?
「……ケル?」
背後からかけられた声に、僕はゆっくりと後ろを向く。
――次は、こいつなのか?
「ギジ、ル……」
「そ、それ……」
ギジルが、俺の手に持つものと、倒れているものとを交互に見ながらわなわなと震えている。
なぜ、こんなところにギジルが……。
『あれ? ケルじゃないか』
……ああ。そういえばいたな。二回目の時だったか。ちゃんと、来るんだな。
……でも、あの文字はない。きっと、こいつは大丈夫で――
「――お、大人、呼ばな、きゃ」
そして僕から逃げるように去って行くギジルを見て、僕は――
とてつもない恐怖を、感じた。
―― ―― ―― ―― ――
「はっ、はっ、はっ……」
僕は、木々の生い茂る森林を走る。
――なぜ僕は逃げた?
頭の中はそれでいっぱいだ。
逃げる必要なんてなかった。ただ正当な罪を被るだけでよかった。むしろ、罪を受け入れることこそが普通なのに――
怖くて、仕方が無かった。
僕がリルンを殺したと知ったら、みんなはどう反応する? ビギー夫妻は? 母さんは? ギジルは? ――トカさんは?
それを知るのが怖くって逃げたのかもしれない。
――きっと、僕はそこらの罪人と変わらないんだろう。
少し開けたところに出た。ふと足を止める。なぜなら――
「バウッ! バウバウッ!」
ちょうどいいところに、オオカミがいたからだ。
それに、リルンを殺した僕に価値はないし――リルンのいない世界にも意味はない。
だったらもう、死のう。
黒いオオカミが、眼前に迫り――
「クイック・アロー!」
横から音速で飛んできた矢に射貫かれて、僕の視界から外れていく。
僕は矢が飛んできた方向を見る。そこには――
「大丈夫か?」
四人の男女パーティーがいた。
もう夕暮れなのに、なぜこんなところを歩いているんだろうか。
「お前、親は? 帰り道でも忘れたか?」
「――帰る場所を、無くした」
僕はずっと握りっぱなしだった赤く濡れたナイフを、青いローブに身を包んだ男に見せつける。
いっそのこと、ここで処してくれ。僕に生きる気力は――
「しゃあねえな。おい、飯にするぞ」
「んー」
「了解っす!」
「結界、いる?」
……え?
なぜ、この人たちはこんなところでご飯を? 血まみれの僕を前にしているのに、なぜ?
困惑している僕に、男は言った。
「俺はロビーだ。ま、話を聞いてやろうじゃねえか」
ハンサムな青年、弓矢を背負い直すロビーが、僕にそう笑いかけた。




