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九話 地獄。そして決断

「僕は警告したよ」


 ぞっとする声音で、僕の脳内に言葉が響く。

 僕は今、あの空間にいる。それが意味することはただ一つ。


「罰を執行する時だ。覚悟はいいかい?」


 ……いいわけがない。

 そんなもの受ける理由がない。だから、やめてくれよ。僕は普通に生きただけなんだから……。


「普通に生きていても」


 影が僕の目の前で言う。


「理不尽ってものはつきものさ」


 パキンッ。


 一瞬何が起こったのかが理解できなくなる。なぜなら、聴覚も視覚も嗅覚も、全てが闇に閉ざされてしまったから。


 だが――それをすぐに理解する。理解してしまう。

 僕の体が、消えたのだ。


「――――――――――――っ!」


 声は出ない。目も見えない。耳も聞こえない。だが、なぜか思考だけはできる。

 なんなら、思考も奪ってくれないか? でないと、僕は――

 この先に起こることが、わかってしまうじゃないか。


「いっつしょうたーいむ♪」


 無いはずの神経を伝って、あるはずのない脳に《激痛》の二文字が送られてくる。

 右腕からは切り刻まれるような痛みが、左腕からは押しつぶされるような鈍痛が、足は溶かされているような不快感が、頭には鉄塊で殴られているような衝撃が。


 切られて切られて切られて切られて切られて切られて溶かされて溶かされて溶かされて溶かされて溶かされて潰されて潰されて潰されて潰されて潰されて殴られて殴られて殴られて殴られて殴られて。


 苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて痛くて痛くて痛くて痛くて。


 激痛、激痛、激痛の嵐。

 否応にも、僕の意識は遠のいていく。


 ――ああ、これで終わりか。これならば、耐えられる。リルンを殺さなくてもすむ……。


 僕の意識が、闇の外へ飛んだ。


 ―― ―― ―― ―― ――


「うっ……がぁ、ああっ! ――ひ、はぁ……」


 意識が覚醒すると、そこは見慣れた僕の部屋の中だった。

 そのことに安堵し、僕は先ほどの出来事を思い返す。


「……あれなら、耐えられる」


 実質、想像していた以上の痛みだったが、これならば、なんとかなりそうだ。

 よかった、これでリルンを殺さなくても済む。たとえ人生が先に進めなくても、あいつがいるだけで僕は……。

 そして、僕は巻き戻ったことを確認するために、あの文字を見る。













《まだ おわって いない》










「飛ばすわけないじゃん。まだまだこれからなのに」


 影が、闇の中で笑う。


「はい、続き」

「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 先ほどとは比べものにならない痛み――苦しみが体を襲う。

 皮膚を一枚一枚剥がされるような感覚が、全身を駆け巡り、駆け巡った後の皮膚が、また剥がされて筋肉があらわになる。

 終わらない地獄。笑う(悪魔)。叫ぶ自分。


 だが、痛みに支配される中、ただ一つだけを考えていた。


 なぜ? なぜなぜなぜなぜなぜなぜ僕はあの場所から、こんなところに戻された? あれは、失敗したときだけで――


 そんな思考も、影の悪戯で飛んでしまう。

 もう、何も考えられない。


「うん。ま、今回はこれぐらいで許して上げよう」


 そう影が言う。


「じゃ、頑張ってね♪」


 また、意識が闇を離れた。


 ―― ―― ―― ―― ――

 気づいたら、僕はまたあの部屋にいた。

 まるで自分のものではないかと思える量の汗が、シーツを透かしていた。


「……はっ」


 乾いた笑いが叫びすぎて死んだ喉からかすれ出る。

 無理じゃ無いか。あんな激痛。あんな地獄。あんな不条理。僕は、僕は、僕は――


「僕は――耐えられない、よ」


 透けたシーツの上に、吸収されない水が目からこぼれ落ちる。

 水たまりのようになった布団の上で、僕はふとあの文字を見た。見てしまった。


《おさななじみ を ころせ あと ふつか》


 変わらない。何も、僕がどれだけ苦痛を味わっても、変わることの無い指令。

 僕は静かに部屋を出た。


「おはよう」


 リビングに出ると、洗濯をたたむ母さんがそう声をかけてきた。

 だが、今の僕にそれに応える気力はない。


「ねえ、ちゃんと返しなさいよ。ほら、おはよう」


 そうはいいつつも、僕の顔を見ようとしない母さん。

 今、きっと僕の顔を見てくれていたのなら、気づいてくれたのかもしれない。慰めてくれたのかもしれない。だけど、この親は――


「母さん」

「何よ」


 僕は台所に向かう。

 すると、母さんもさすがに何か思ったことがあるのか、台所についてきた。


「どうしたのよ」


 言い放つような口調。まるで、自分を邪魔するなと言っているかのような。

 でも、僕だってもう限界なんだ。


 誰かに――哀れんで、ほしい。


 話しても理解されないような苦痛を味わって。

 抜け道の無い地獄への道だけを残されて。

 誰の力でもどうにもならないような力を見せつけられて。


 ……トカさんに、相談してもよかったかもなぁ。


「もう、限界だよ」

「――っ! ケル?! やめなさ――」


 肋骨の隙間をぬって、僕の握りしめたもの。ナイフが――心臓へ突き刺さる。

 どさっと生きる意味を無くした体が冷たい床に崩れ落ちる。


「何をやってるの?! は、早く、回復を……」

「か……あさ……ごぼっ」

「喋らないで!」


 そういうことじゃない。

 なんで、母さんはそんなに慌てているんだ?

 いつも、僕が何を話しても、何をしても、何があっても淡々を応えるだけだったのに。なのに、今更――


「なんでっ……!」

「これ……で……よかっ……」

「待って、ケル……!」


 これでよかったんだ。地獄に終止符を打つ。それだけが目的なんだ。

 だから――泣かないで?


《しぼう かうんと 1》 

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