八話 二日目、三日目そして――
「敬礼っ!」
二度目の騎士様たちの姿を見て、重い気分の僕はだるそうに頭を下げる。
レナン様はまた野宿でいいと言ってみんなを驚かせていたが、僕はあまり反応しなかった。
「ケル。お前本当に最近大丈夫か? 今日も、騎士様と会えるって言うからウキウキしてんのかと思ったんだが……」
「うん。最近調子が悪くってさ」
これは事実だ。実際、今日の朝食もあまり喉を通らなかった。
仕方がないだろう。どう無視しようとしてもあの赤文字が離れないんだから。
「にしてもなぁ……」
本当に心配そうにトカさんが僕の顔を覗き込む。
僕は気まずそうに視線を泳がしていると……。
「こんにちは」
前からあのレナン様がやってきた。
ああ、前回はここでドキドキしながら挨拶を返したんだっけ。で、緊張してる僕にトカさんが助け船を出してくれて……。
「こんにちは」
僕はそう返してレナン様の隣を通り過ぎた。
「……私は嫌われているのか?」
「いやぁ。そんなことはないと思うぞ騎士様。あいつ、調子が悪いらしくって」
「そうか……。残念だな」
「少し、見込みのありそうな雰囲気ではあるが、本人があの調子ならば致し方ない」
その呟きは、僕には聞こえなかった。
「おいおい、見込みがありそうって言われてたぞ? お前」
「へぇ。そっか。嬉しいね」
僕はそうから返事をして、ぼうっと空を眺める。
ここでレナン様と戦っても意味がない。なざなら、どうせ負けるのだし、それに僕がこの先に――リルンを殺して騎士になるために成長することはないからだ。
騎士は原則として人を殺してはならない。当たり前の規則だ。
「……本当に大丈夫か? ほら、話したいことがあるなら」
「ないよ」
思わず口をついて出てしまったその言葉に、僕はばつが悪くなってその場を離れる。
……だめだ、まだ動揺がおさまらない。このまま、明日になんてなったら――
――僕は、リルンになんて言えばいいのだろう?
―― ―― ―― ―― ――
朝、ポストの中の手紙を見つけた。
内容は、前とまったく同じだった。
着替える体が、重い。
―― ―― ―― ―― ――
二度目に訪れた黄色い花畑。僕は眩しい花の光の反射に目を細める。
そして、花畑の中央に立つ華麗なドレスを着た少女――リルンが、振り返った。
「まずは、来てくれてありがとうって言うのかしら?」
……やはり、この言葉には苦笑いを隠せない。
きっと、何度ループしても同じ台詞で僕を迎えてくれるのだろう。
「本当に、変わらないね、リルンは」
「へ? ど、どういうことよ」
その意味は、きっと僕にしかわからない。
僕は、無言でリルンに歩み寄る。
「――伝えたい、ことがあるの」
――だめだ、聞きたくない。
それを聞いてしまったら、また身をもって実感してしまう。
これが、最終日だって。
「私、ケルのことが好きなの」
「僕もだよ、リルン」
そう即答すると、リルンがぎゅっとドレスを握って、目に涙を浮かべる。
「でも……引っ越さないといけないの。遠くの街に。だから、け、ケルとは、もう、会えなくて……」
「忘れないよ」
僕はリルンを胸に引き寄せる。
「僕は、絶対に君のことを忘れない。……どんなことがあっても」
それは、リルンに向けた言葉か、自分に向けた言葉か。
「だから、泣かないで」
「……うん」
それから、少しの間だけ二人っきりで話した。
その時だけ、あの文字のことを忘れられた。だから、とりとめもないことを、ただただ楽しみながら話し合った。
「じゃあね」
「うん。また」
僕たちが別れたのは、まだ夕方ごろのことだった。
……前回は、日が暮れても遊んでたっけな。
リルンが去って行くのを見送って、僕は花畑に座り込んで膝に顔をうずめる。
――終わってしまった。今日が。僕の二回目が。何も、変わらず――
《おさななじみ を ころせ あと ろくじかん》
この文字が、リルンがいなくなってより強烈に僕の心にのしかかる。
あと、一度寝るだけ。それだけでどうにかなる。そう、あとはそれから――
「あれ? ケルじゃないか」
ふとそう声が背後から掛けられた。
後ろを向くと、そこには――ギジルが。
「どうしたんだい? こんなところで」
「……いや、いろいろあったんだ」
――こんなこと、前はなかった。
僕はそう思いながらギジルに向かい合う。おそらく、前回はすぐに花畑をリルンと去ったから、それが原因か。
「いろいろ? そういえば、ケルは騎士様と戦わなかったの?」
「うん。調子悪くって」
「もったいないなぁ。僕はやったよ。めっちゃ強かったよ?!」
「僕に勝てないのに、ギジルが勝てるわけないだろ?」
僕は半分苛立ち混じりにそう言い放つ。
こいつはもっと自分の実力を認めるべきだ。なのに、そんな当たり前のことを言わないでくれよ。
ああ、だめだ。気が荒くなってる。帰って一人で考えよう。
「――じゃあな」
「え、あ、うん」
僕は早足で家へ向かった。
あとは、ご飯を食べて、お風呂に入って、寝るだけ。
だが、飯はのどを通らず、風呂は体がだるくて入る気にもなれず、結局、日付が変わるまで寝付けなかった。このあと起こることを考えたら――
《にんむ しっぱい》




