七話 初めてのループ
「……ひゅっ、ごほっ! ごほっ、がっーーは、ぁ」
僕は、思い出したように吸った息を詰まらせて起きる。
そこは、いつも通り何も変わらない僕の部屋。
びっしょりと汗で濡れた布団にもう一度寝転がり、先程の見た悪夢を意識から消そうと努力する。
だが、意識から排除しようとすればするほど、その時の体験が脳に刻まれていく。
名乗らない紫色の影。右腕の痛み。
『君はあの赤文字に従ってもらおう』
『達成するまで、永遠に、ね』
……いや、そんなことも夢だ。現実じゃないんだ。絶対に、違う。
僕はそう言い聞かせながら、白い掛け布団に顔を埋める。その時、視界の端にあるひとつの文字がチラついた。
《おさななじみ を ころせ あと ふつか》
……ああ。僕は縋っていただけだ。夢であったという、可能性に。
そして僕は切実に感じる。
あの影との邂逅は、現実でーーあれの言ったことは、全て事実なのだと。
……そう、なんだ。現実、かぁ。
…………。
「信じ、られないよ。……信じられない、信じてたまるかあああぁぁぁ!」
僕はどんっと、壁を叩く。
信じられない、信じてられない、ーー信じたくない。
だって、信じたら、事実だと認めたらーーあの、誓いが、心に決めたことが、何より。
「リルンを殺さないといけない……」
その事実が重く肩にのしかかる。
だが、考える必要は無い。だって、あの痛みに耐えらるか、耐えられないかはまだわからないのだ。……あの右腕のことは忘れよう。
「僕は……抗ってみせる……!」
僕は朝食を食べに部屋を出た。
ーー ーー ーー ーー ーー
「本当に、時間が戻っているのか」
僕は前に一度助けたあの子猫をまた助けて、トカさんの元へと駆ける。
この子猫は前と同じところにいたし、トカさんに騎士の話をしたらやはり来ると言っていた。
実際には時間が巻きもどるなんてありえない。が、信じる他なさそうだ。
「トカさん、子猫を拾ったんだけど……」
「ん? そうか……」
トカさんが前と同じように子猫を見る。
「ま、元気そうだし、体でも洗ってやるか。家に行こう」
ーー ーー ーー ーー ーー
やっぱり、変わらない。
一度経験したこともあって、スムーズにことは運んだ。今はナイフを熱しているところだ。
今度は焼き過ぎないようにしないとな。
僕は色が変わってくる前にトカさんの元へと向かった。
ーー ーー ーー ーー ーー
そしたら今度はミルクだ。僕はギジルの元へと向かう。そして、コンコンと扉を叩くと……。
「ケルー!」
「戦うんだろ。わかったわかった」
「物分りがいいね!」
前と同じ窓から顔を出して、ギジルが木刀を投げてくる。
「いつもの場所ね!」
「わかってるよ」
そして、あの畑の真ん中に。ギジルは……やはり、前と同じ構え。
「行くよ! そおりゃあぶっ?!」
僕は問答無用で頭をひと叩き。
「見え見えだって、何回言ったらわかるのさ」
「き、今日はまだ一回目だろう……」
「あ、そっか」
自分でも忘れてしまっていた。これが二度目だということに。
……いや、忘れた方がいいのかもしれない。
「じゃ、ミルクをくれよ」
「わかったよ。負けたんだ。持って行って」
ーー ーー ーー ーー ーー
「……やっぱり寝てる?」
僕はトカさんの家に入って、そう尋ねる。
「ああ、寝てるよ。ぐっすりだ」
「そっか。瓶にミルク入れとくね」
「頼む」
僕は初めて行ったときのようにミルクを瓶に注ぐ。
この作業も二回目だ。……果たして、あと何回注ぐことになるのか――
「――ーい、ケル。ぼーっとしてるとミルクあふれるぞ」
「へっ? あ、うわぁ!」
僕はトカさんの言葉で我に返る。そして、急いで注いでたミルクを止める。
危なかった……あともう少しでこぼれるところだった。
僕はなみなみの瓶に蓋をしてトカさんに渡す。
「ご、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてて……」
そう頭をかきながら言うと、トカさんが何か僕の顔をじっと見つめてくる。
それが何かわからず、僕も黙っていると……。
「――お前、なんかあったか?」
トカさんが真顔でそう尋ねてきた。
……何かあった、そう、だね……。
「うん。あったよ」
「そうか。まあ、相談したかったらしてくれな」
そしていつも通りの笑顔で子猫にミルクをあげるトカさん。
なぜ、トカさんは僕に何かがあったことを見抜けたのだろうか。それが、とても不思議に思えたが――今はまだ、頼らなくてもいい。
「じゃあ、僕は帰るね。子猫のこと、ありがとう」
「どういたしまして、だ。よかったらうちで食ってくか?」
「あー……え、遠慮しておこうかな」
僕はそう言ってトカさんの家を出た。
静寂というものは、どうしてこう人にものを考えさせるのか。
僕は薄暗い静かな道を歩きながら思う。
悔しいが、認めざるを得ない。自分の置かれた状況、何も解決しそうにないこの現状、未知のペナルティにあの正体不明の影。
……なぜ僕は、こんなことに巻き込まれてしまったのだろうか。
僕じゃなくったっていいじゃないか。
そんな現実逃避の考えだけが思考を埋め尽くす。
……そうだ。明日は、何があるんだっけ。
「――あぁ。レナン様か」
明日は騎士様が来る日。それと同時に――
タイムリミットが一日縮まる日、だ。




