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トラブルバスター すぺしゃる 後編

早朝の学校で、飼育されているウサギの殺傷事件が発生した。証拠はないものの、いつもながら新聞部の活躍により容疑者が浮上する。トラブルバスターが目を付けたのは、理由として一番シンプルだった田之上美姫だった。

 トラブルバスター すぺしゃる 後編


 翌日、学校に揃った五人は、昨日のウサギの様態を心配して早退した杏子に会うことができた。

 昨日同様、飼育委員の仕事をこなしていた杏子だったが、昨日の惨事があっただけに落ち込みはかなりあった。

「おはよう、孝介君……」

「おっ、おう……」

「……元気ねぇなぁ〜」

 心を入れ替えた理佳は、この頃嫌だった学校にも遅刻することなく登校していた。しかし、事件を追っている最中は関係ないようである。

「矢神の方が元気ありすぎなんだよ」

 すかさずツッ込み入れる祐樹。

「あのウサギ、どうなんだ?」

「うん……様態は安定したみたいだけど、まだ意識が戻らないんだって……」

「そっ、そんなに気を落とさないで下さい。きっと、きっと良くなりますよ」

 不安でたまらない様子が滲み出る杏子に、未彩は優しい気遣いの言葉をかける。

「桐場君の言うとおり。心配ばかりしていては、気を病んでしまいます」

「……うん、そうだね」

 皆で励まし、その後飼育委員のお手伝いをした。仕事をした後、犯人探しの状況を話した。

「そうなの……矢神さんが目星をつけたの、田之上さんなの」

「えっ、何か心当たりがあるのか?」

 孝介の問いに、杏子は首を振った。

「そうでもないけど、ただ前に同じクラスだったことがあるから」

「面識があるのなら、何か不審に思うことはないですか? 授業をサボったり、教師と折り合いが悪かったりとか」

 メモを片手に未彩は尋ねた。

「多分それはないと思う。けど、よく授業が終わるたびに男子生徒がよく来ているのは覚えがあった」

 未彩は一人「なるほど」と唸りつつ、メモっている。

「やっぱ、言ってることはホントなのかもな」

「おっ、何か今回はやけに自信がなさげじゃん?」

 いつもはビシッと言い当てる理佳だが、今回ばかりはどこかしおらしくて孝介は疑問を感じていた。

「たまにはあたしだって当たらないこともあるさ。宝くじよりは正確だけどよ、勘が冴えない時だってあるさ」

「いつもの矢神らしくない発言だな。これは、大雨になって洪水まで発生するんじゃないか?」

 多少の雲で覆われているが、快晴に近い天候の空を見上げ祐樹はからかい加減で口にする。

「そんな言い方ないだろ! あたしだって見当はずれの時だってあるさ。いつも勘が冴えてたら気味悪いだろ?」

「その勘がこれまで冴えてたから、事件を解決してきたんだろ?」

 理佳に衝撃を走らせる祐樹の言葉。

 これまで、あって当然の直感があったからこそいろんなことに首を突っ込み、いろんな人から話を聞いては結果を出してきた。自分にとって空気のようにあって当然の長所が衰えてきてしまうと、人は弱くなる。心の持ちようで解決するだろうが、失っていく反動は想像以上に大きく、ダメージを和らげるにはきっかけが必要になる。

「そうだったな。それがあったからこれまでやってきたし、そんなことでしみったれてても何も始まらないな」

 何かを悟ったかのように、理佳は表情を崩し穏やかな笑顔を浮かべる。

「あたしの勘は最強だってことを、確信するためにいっちょ鎌かけてみっか」

「やっぱ、立ち直りが早いぜ、矢神」

 からかっていると感じたが、これ以上何を言っても始まらないと思って逆襲することは抑えた。


 理佳が勘で決めた容疑者にいよいよ対面する時が来た。どこで何をしているのかという行動範囲を祐樹が前もって調べ上げ、理佳に伝えていた。

 いつも休み時間にいつのは教室で、杏子がいては話しづらいと考え立ち合わせないようにした。

「田之上美姫さん、だよね?」

「ええそうだけど、あなたは?」

「校内で有名人の、矢神理佳さんさ」

 休み時間、半数の生徒が遊びに出た教室はけっこう静かで、空席も目立っている。

 彼女の座っている前が空席で、理佳はそこに座ることにした。

「そう、あなたがトラブルバスター矢神理佳なの。想像してたのと違うわね」

「どんな風に?」

 第一印象が聞きたくなって、理佳は椅子を逆に座って聞く。

「もっと、賢そうな人だと思ってた。でも、トラブルバスターって呼ばれてるのが分かる気がする」

「あんた、真顔でよく平気に言えるねぇ」

 自分でも賢いとは思ってないものの、こうも他人から直接見下すような事を言われるのはいいものではない。

「だって、わたし人を見る目が良いんですもの」

「すごい自信あるね、その発言」

 表情は至極明るさを保っているが、内奥では血管がブチ切れそうなほどムカついていた。

「で、矢神さんが来た目的は何かしら?」

「あんたも知ってるだろ田之上さん。昨日飼育しているウサギが鋭利な刃物で切りつけられて、病院に送られたこと」

 真摯的な眼差しで、理佳は彼女の微妙な変化を逃すまいと探していた。

「ええ、知ってるわ。早朝襲われたんでしょ? 可哀想よね、何の罪もないのに」

「そうだよな。悪いことなんて何もしてないのに襲われるなんて、心の狭い人間がすることだよな」

「そうね」

 短く答えると、美姫は理佳を置いて席を立つ。

「おい、どこにいくんだよ?」

「どこへ行くにもあなたの許可が必要なの? どこへ行こうが、わたしの勝手でしょ?」

「それはそうだけど、いきなり立つからさ」

「トイレよ。まさか付いて来るとか言わないわよね?」

 まるで嫌うかのように理由を言って外す彼女に、返す言葉が浮かばずこの場は見送ることにした。


 その日の放課後、休み時間の一件を部室に集まったみんなに話した。

「あれ? 誰かいないような……」

 掃除が行き届いた部室に揃った面子を見渡し、理佳は違和感を覚えた。

「ああ、桐場君が委員会の集まりがあるとかで、今はいない」

「ふ〜ん、入学したばっかなのに大変だなぁ」

 一人欠けてはいるがだいたい揃ったところで、理佳は話すことにした。

「で、田之上に今日会ってきたけどよ、何か隠してるなありゃあ」

「どうして分かんだよ。たかが二言三言しか交わしてないんだろ?」

 どかっと椅子に座り込む孝介。

「そうだけどさ、ぜってぇ何か隠してるぜ」

「とにかく、矢神がここまで言うからには何かある。桐場君が戻ってきたら、田之上美姫の知り合いに当たってみましょう」

 祐樹はというと、またしても情報ネットワークを駆使して田之上美姫の友人リストを作っていた。

「まったく、抜け目ねぇヤツ。コイツに彼女ができて浮気の一つでもすりゃあ、すぐ暴いちまうな」

 祐樹が作ったリストの写しを見ながら、孝介はしみじみ思った。

「全て君の彼女のためを思ってしていることです。人を、ストーカー扱いしないでもらいたいですね」

 いつものメガネを上げる癖をしつつ、自分の作ったリストを見る。

「結構少ないなぁ。女子よりも、男子の方が多いぜ」

「おっ、俺の顔馴染みが多いなぁ。こりゃぁ、簡単に聞けっかも」

 身近な仲間が関係者だと知り、孝介はある意味すごいと思っていた。

「まだ学校に残ってるか分かんねぇけどよ、何人か聞いてみっから桐場が来たら言っといてくれ」

「おう、頑張ってきな」

 孝介を見送り、理佳と祐樹は未彩が戻ってくるのを待った。


 次の日、犯人探しのメドが立った理佳達は、一日掛けて田之上美姫の友人という友人に聞いて回り、決定的な証言を探っていた。

「ねぇ、美姫。アンタのこと聞いて回ってるヤツがいるみたいよ」

「それが? フッ、大したことないわ。気にしなきゃいいのよ、どうせ何も分かんないんだから」

「でもさぁ、あなたと関わった男子にも聞いてるみたいだけど、大丈夫なの?」

「そんなの気にもならないわ。だって、事件の動機なんて、他の男子には知り得ないことだから」


 各自、聞き込みに回った四人が集まり、人がほとんどいなくなった校舎の部室にて結果を報告し合う。

「なるほど、田之上美姫さんの交友関係で男子が多いのは、付き合っていた男子ばかりだったんですね?」

 みんなの聞き出した情報を書き出し、未彩はまとめの言葉を述べる。

「最長でも一ヶ月、最短で三週間で乗り換えるんだ。かなりの面食いだなぁ、こりゃあ」

「杏子とはもう長い付き合いになっけど、ぜってぇ別れねぇぞ、ぜってぇ!」

「熱い男だねぇ〜。こんな場所で堂々と言うなって」

 凄みを効かせ、断固別れないと宣言する孝介を、理佳は軽くあしらう。

「その、別れる原因ってなんでしょう?」

「聞いて回ったけどよ、田之上が結構威張り腐ったヤツでさ、付き合ってるのは、あたしのおかげっぽいこと言うから、愛想つかして別れるんだとさ」

「問題はそこみたいですね」

 四人を代表して未彩が口火を切った。

「田之上さんにしてみたら、男子は自分に従うのが当たり前、私が好きと言えばどんなことでもしてくれる。と思ったけど、誰も従ってくれない。自分には自信があるのに、すぐ逃げてしまう。悪く言うと自分の奴隷みたいにしたかったけど、なかなかできない。そうしたストレスが堪って、自分よりも劣るもの、そう、例えば、ウサギみたいな小動物に当たったと考えられます」

 本物の探偵みたいに、推理を述べるなど未彩もなかなかの逸材だと祐樹は思った。

「う〜っ、悔しいけど、あたしの考えもそうなんだよなぁ……」

「すっげぇ、天下の矢神理佳に追いついたぜ」

 心底驚く孝介。

「いっ、いえ、メチャクチャですよ。私なんかに探偵みたいなマネできません」

 あえて謙虚に、未彩は物腰低い姿勢をする。

「半分くらいは、その意見に賛成なんだけど……」

「どういうことだ、矢神?」

「そんなに、悪女には思えないんだよなぁ……」


 いよいよ、決着の時がやってきた。

 場所は、校舎屋上。

 容疑者、田之上美姫。

 被害を受けた、ウサギの飼育をしている飼育委員長の仲西杏子。

 そして、理佳を含めこの事件を解決しようと立ち上がった四人がこの場に集結した。

「どうしてこんな場所に呼び出したのかしら?」

「それはな、あんたと杏子で話し合って欲しいんだ。この事件の解決策を」

 結果の見えていた理佳は、もう本人から言ってほしくて直接話し合いを設けたのだった。

「あなたたち、ウサギがナイフで切り付けられたことを言いたいらしいけど、わたしは無関係よ」

 まだしらを切り通そうとするが、理佳はこの瞬間を逃さなかった。

「とうとうボロを出したな。あたしは鋭利な刃物で切られたとしか言ってないんだぜ。どうして、無関係な人間が切った道具を知ってるんだ?」

 追求を逃さずすると、美姫はなぜか微笑を浮かべる。

「フフッ、まだまだ甘いわ。誰がやったって言ったの? ウサギを切り付けたのはわたしじゃないわ」

「まだしらばっくれる気か! お前、どんなことをしたか分かってるのか!」

 凄みを効かせ、孝介は強気に責め立てる。

「だから、わたしはしてないわ。やったのは、あの人」

 美姫が指し示した場所を追ってみると、出口付近に無言で佇む男子生徒がいた。

「あの人は、確か……」

「そう、今のわたしのマイ・ダーリン」

 男子生徒こそ、あの事件当日、待っていたという人物だった。

「どうして、やったんだ!」

「話してあげましょうか? 事件の詳細を」

 美姫は話を始める。それは、人を使うという姑息で卑劣な出来事だった。

 借金を抱えていた男子生徒は、当日呼び出され金をあげる代わりに、ウサギを傷つけるように命令し、早朝の中庭でウサギを捕まえ切り付けたのだった。

「なんてことしたの……」

 あまりの卑劣な内容に、絶句し泣き崩れてしまう杏子を抱きとめる孝介。

「おめぇ! 分かってるのか、しちまったことを! 人を使って動物を痛ぶることが!」

「楽しいことじゃない、お金で人をこき使うなんて。わたしは、彼を救ってあげたのよ。その見返りがあったっていいじゃない」

 あまりの酷さに、聞いているだけの祐樹と未彩は唖然とする他なかった。

「おい! お前は、心が痛まないのか! お前のしたことはな、立派な犯罪なんだぜ!」

 理佳の鬼のような追及に、実行犯の男子は恐怖に慄き身を崩して土下座をする。

「ごっ、ごめんなさいっっ! おっ、お金がどうしても欲しかったんだ。ああすれば、お金をやるからって言われたから……」

 やるほうもやるほうだが、金を出して人にやらせるというのは、人として最低最悪なことだ。

「そんな弱い男だと思わなかったわ。あなたも腰抜けね。もっとましな彼氏見つけないとな」

 人を蔑む態度に、一人の少女が動いた。

「最低よ! あなた……」

 泣き崩れていたはずの杏子が歩み寄り、あろうことか、暴力など決して考えられない彼女が、美姫の頬を叩いたのである。

「杏子……」

 誰も彼女の行動を咎めることはなかった。いや、できなかった。


 今回の一件で、田之上美姫と彼氏であった男子は即退学処分となり、事件の詳細は警察にも知らされ、二人に刑罰が科せられるのも時間の問題となった。


 あの事件から一ヶ月が経過した。

 ほとんどの生徒はその記憶に蓋をし、蘇らないことを願うようにテスト勉強に集中していた。

「こんな所にいたんですか、矢神さん」

 あの衝撃的な出来事があった場所にて、ずっと変わらず空を見上げてごろ寝をしている少女の元へ、しっかり者の一年生がやってきた。

「今度は一年をよこすなんて、威張り腐ってきたなぁアイツ」

「それって、磯部先輩ですか?」

 寝転んでいる理佳に、影を作るようにしてしゃがみ込む未彩。

「えっ、違うのか?」

「はい、自分の意思で来ました」

 ふと、思いがけず起き上がる理佳。

「どうしてまた?」

「皆さん忘れかけてますが、この場所であったんですよね?」

「あっ、あぁ、田之上のことか……。あそこまで、ヒドイとはあたしでも思わなかったよ」

 被害を受けたウサギは何とか一命を取りとめ、今も変わらずウサギ小屋で走り回っている。

 杏子もあまりのショックに立ち直れなかったが、ウサギが元気になったことで持ち直し孝介と仲良くしている。

 誰もが忘れようとしているが、決して過去だけは変えることはできない。

「世の中って、事件が起きても平穏な時を刻みますよね。どんなことがあっても」

 初夏を告げる微風が屋上を渡り、若葉の香を鼻に残していく。

「それって、思い出したくないように思ってるからなんでしょうか?」

 寂しげに視線を落とす未彩。

「それは違うと思うぜ」

 悲しさをまとった少女の背後に回り、理佳は背中を軽く叩く。

「みんな、その人達の分まで生きようとしてるのさ。全部ひっくるめて、その人がいると思ってさ」


                                     終わり


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