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トラブルバスター すぺしゃる 前編

季節は巡り、何回目となる春を迎える。

三年生となった理佳。そして、新たな時間が彼女を周囲を巻き込んでいく。

新たに挑むシリアスなトラブルバスター。どうぞ楽しんでください。

 トラブル・バスター すぺしゃる 前編


 あの生徒会副会長の一件から数ヶ月が過ぎ去り、理佳はついに最高学年の三年生となった。

 歩き慣れた道のりを闊歩(かっぽ)し、いつものポニーテールを春風になびかせ少女はあくびを一つする。

「ふわぁぁぁぁ、ぽかぽか陽気だこと」

 今年は平年にも増して天候に恵まれ、気温も二十度を超えるという温かさに、新学期早々に拝むことのできなかった春の風物詩が咲いていた。

「おっ、咲いてんじゃん、桜」

 こんなナリをして、花などに興味がないように思われがちだが、理佳の唯一の趣味といえるのが花だったりする。

「咲くの、早すぎじゃねぇの?!」

 あらかた眠気を誘うあくびの消えた彼女は、通学路に隣接している公園に植樹されている桜の木を見上げる。

「よぉ、矢神」

 駆けてくる足音と一緒に、彼女の知っている男子生徒の声に呼ばれる。

「んっ、あぁ、山野辺か」

「山野辺かぁ、はないだろ無愛想なヤツだなぁ」

 口を尖らせるのもそれぐらいにして、孝介と二人で同じ道を歩き始める。

「そういえばさ、杏子ちゃんはどうしたんだよ、見当たらねぇけど」

「あぁ、アイツか? 何でも、飼育委員長になったらしくて、他の飼育委員が決まるまで動物の世話をするんだと」

「一所懸命だねぇ〜」

 委員会など所属したことのない理佳にとって、委員というものに興味などない。

 しかし、何かそのような職につくことは決して無駄にはならない。将来、進学にせよ就職にせよ、それぞれの進路を決定する上で役にはたつはずである。

「そうとも、そういうトコが良いんだよ」

 誇らしげに胸を張って断言する孝介を、理佳は冷ややかな視線で睨む。

「そんなにカワイイんだったら、一緒に手伝えば良かったのに」

「いっ、いやぁ、それは、おっ、俺、ウサギアレルギーでさぁ、触っただけで蕁麻疹(じんましん)が出るんだよ」

「フ〜ン、じんましんねぇ……」

 感慨深げに、睨む視線を戻そうとしない。

「お前、前に言ってたろ。俺は健康体で、病気なんて寄って来ねぇって」

「それは病気に関してだろ? アレルギーは、いつ発生するか分かんねぇんだよ。触らぬ神に祟りなしって言うだろ?」

「アレルギーだって、病気の一種だろうが。そんなことより、お前がことわざを知ってる自体病気だ」

 反対に笑いのネタにされ理佳は高笑いをするが、孝介の方は機嫌が悪い。

「チッ、とにかく、杏子は学校に一足早く行ってる」

 胸くそ悪い思いをしてしまった孝介は、理佳の顔も見たくないとでも言いたげに視線を合わせない。

「そうカリカリすんなって。埋め合わせのつもりじゃないけどさ、これやるよ」

 手提げカバンをガサゴソいじくり返し、何やら目薬程度の大きさの包みを取り出す。

「何だよ、それ?」

「まっ、開ければ分かるさ」

 珍しい好意に、孝介は違和感を覚えながら包みを開けていく。

「おっ!」

 目に入っていたものは、彼女にしては趣味のいい小さなヘアピンだった。

「いっ、いいのか?」

「あぁ、煮るなり焼くなり好きにしていいよ」

「食えねぇけど、ありがたくもらっとくぜ」

 食えねぇというとこ辺りに向かっ腹が立ちそうだったが、さっきの一件を考慮してやめた。

 歩くこと数分、いつもの他愛ない雑談をしているうちに通い慣れた校舎に到着する。

 朗らかな風にそよがれて生徒達は登校する。

 新入生の対面式も終え、後は気長に学校生活に慣れるのを待つばかりだ。

 校門を抜け校舎内に入ろうとしたら、玄関に佇む一人の少女が駆けて来た。

「……孝介くぅん」

 いかにも泣き腫らしたような、ひどく怯えてどんな言葉も表現できないといった様子の声をしている。

「どっ、どうしたんだよ、一体?」

「うっ、うさ、ウサギ小屋……」

「ウサギ小屋がどうしたんだ?」

 すがる少女に、互いに見合う孝介と理佳。

「はっきり言ってくれよ、どうしたんだ?」

「あのね……朝来たら……ウサギ小屋の金網が破られてて……気づいて小屋を覗いたら……」

 瞳に溜まった雫を、少女はそれ以上の言葉を噤んで堰を切ったように零す。

「覗いたら、どうしたんだ?」

「ウサギが……一匹のウサギがグッタリして赤く染まってたの……」

「そっ、それって……」

「嘘だろ……」

 最悪の状況を想像して、お互いに合致したように視線を合わせる。そして、杏子が怯える理由に気付く。

「おい、行ってみようぜ」

 校の一大事と考え、理佳は驚きと好奇心の半々の気持ちを抱え現場へ急ぐ。

 現場となるウサギ小屋のある中庭は、教室棟と特別棟のある校舎に囲まれた日射時間の少ない場所に位置している。

 そうなると、日光の射し込まない朝方は人目に付きにくく、そこは死角となる。

 一目散に向かった一同は、一足早く集まった職員や生徒達の人垣に気付く。

「やっぱ、本当か」

 後悔に次ぐ突き付けられる真実に理佳は愕然とし、その身を人垣へと向かわせていた。

 迷惑がる人達を抜けて先頭に立った時に見た光景、それは陰惨で目を背けたくなるものだった。

 ぐったりと横たわるウサギ。

 その横を、何も知らず朝食を食べる仲間たち。

 同じ囲いという世界の中で生きている仲間を、元からいなかったかのように生活しているウサギ達。それは、忘れ去るように見向きもせず、仲間に見捨てられたかのようである。

「お、おい、あのウサギ死んでるのか?」

「微かだけど、まだ息があるみたいなの」

「じゃあ、何で病院とかに連れて行かないんだよ?」

「あまりにも来るのが早くて、担当の先生がまだだったから……」

 勝手に持ち出すのはいけないことだが、一匹のウサギが生死の境を彷徨っている事態だというのに、見てみぬふりをするのは犯罪行為に匹敵する。

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。ウサギがかわいそうじゃないか、早く医者に診てもらわないと」

 理佳の発言が周囲を動かし、やっと駆けつけた教師に頼み、杏子は傷ついたウサギを抱えて動物病院に急行した。


「あのウサギ、助かるといいな……」

 衝撃の事件から数時間が経過し、気付けばお昼を回っていた。

「状況が状況だけに、ヤバイかもな……」

 さすがの孝介も、ガールフレンドが巻き込まれた一件の経過に一抹の不安があった。

 飼育委員長の杏子は、その後のウサギの様態が気になって今日は早退扱いで付き添うことになった。

 学校に戻らないという連絡が孝介に直接あり、彼女の私物は孝介が届けることになった。

「一体、誰がヤったんだよ!」

 悔しさを込め、屋上のフェンスに拳を叩き込む。

「さぁな、朝っぱらだったんだ、誰がいたかなんてわかんねぇよ」

「あれはどう見ても、人間の仕業に決まってる。故意でなきゃ説明ができねぇ」

「そんなの決まってんじゃん。幽霊とかの類にできねぇよ」

「クッソ! 一体だれなんだ?!」

「お困りのようですね」

 突如割り込んでくる闖入者。誰であろう、該当する人物は校内に一人しかいない。

「何だ、祐樹か」

「知ってますよ。新聞部部長磯部祐樹に掛かってしまえば、今回の事件の容疑者など手に取るように分かってしまいます」

 三年になってレベルアップしたらしく、いつも漂っている雰囲気に拍車がかかってきたようである。

「ほっ、ほんとーか?」

「ええ、僕にかかってしまえばちょろいものですよ」

 メガネのブリッジを押し上げ、祐樹は自信満々に答える。

「では、お二人とも新聞部部室へ」

「なんで、あたしもそン中に入ってんだよ!?」

 理佳の発言も虚しく、祐樹は二人を情報の発信基地へと案内する。

 校内の中であまり陽射しの差し込まない場所、そこにひっそりと新聞部がある。

「ったく、いつもく……」

 通い慣れてしまった新聞部の部室に入った瞬間、理佳はどこか違和感を抱いてしまう。

「あっ、部長。どうかしました、昼休みに?」

 いつもジメっとしてて、暗い印象を受ける部屋に見慣れない女子生徒がいた。

「桐場君こそ、頼みもしていないのに掃除など」

「いえ、部員として当然のことをしたまでです」

 開けられることのなかった窓を思いっきり開け、少女は一人清掃をしていた。

「誰だよ、この一年?」

「紹介しておく。存亡の危機に瀕している僕の部に入ってくれた、一年の桐場未彩君だ」

 部長から大仰の紹介をされ、新入部員の少女は清掃の手を休めて頭を下げる。

「あなたがトラブル・バスター矢神理佳さんですね? それから……」

「マブダチの、山野辺孝介だ。よろしく」

 お互いに名乗りあったところで、祐樹は比較的清掃が終わっている奥辺りに座る。

「で、今回の、ウサギ殺傷事件の容疑者ですが、見当のつく限り四人います」

「ちょっと待った。なんで、そんな根拠があんだよ? 杏子が来たのは朝早くなんだぜ」

「フフフ、自慢ではありませんが、たまたま今朝早く学校にいたもので、しっかりと目撃していました」

 自慢でないと言っときながら、端々に自慢を織り交ぜている。

「すげぇなぁ、容疑者が分かるなんてよぉ」

 自分に分からない容疑者のことを知り、孝介は露骨に驚いて見せる。

「大げさなヤツだなぁ。そんなに驚かなくてもいいんじゃねぇの?」

「どうしてさ?」

「祐樹はな、自慢して褒められっと調子に乗っちまうんだ。まともにやり合おうなんて思わない方がいいぜ」

「酷い言い方ですね。容疑者の名前を提供しようと思ったのに、教える気が失せてしまいますねぇ」

 三人のやり取りを耳にして、清掃を終わらせた未彩がクスッと笑う。

「何か面白いことでもありましたか、桐場君?」

「いえ、部長がこんなフランクに話しているなんて、想像できなかったものですから」

「そりゃぁ、言えてる」

 理佳も賛同するが、当の本人は気に食わないらしく嫌な顔をする。

「オホン、早速ですが、容疑者の名を挙げましょう。二年四組・玉城榛名。三年五組・上松恭平。三年二組・文郷浅海。そして、三年七組・田之上美姫の四名です」

「すっげぇ、名前まで分かるなんて信じらんねぇ!」

 孝介はただただ関心するばかりだった。

「そこが、部長のすごいところですよね」

 未彩も持ち上げるのが上手い。

「で、犯罪現場不在証明(アリバイ)はどんな感じだ?」

「そこですが、どうも朝早く来る理由にしては、どれも不純過ぎて……」

「どういう意味だ?」

「四名とも、それぞれ理由があるみたいなんですが、どれもこれも曖昧なんです」

「いつ事情を聞き出したんだ?」

「名前が挙がってからすぐです。私は女子から、部長の方は男子から聞きました。同性同士なら話しやすいですから」

 コイツ、なかなかやるな、と思う理佳。

「一年なのに、よくできるな」

「中学時代、放送部の関係でアナウンサーっぽいことをしていたものですから」

「すっげぇ」

 それしか言えないのかと、突っ込みを入れたくなる理佳。

「どうすンだ山野辺。犯人探しすっか?」

 心を入れ替え、真摯的な眼差しで孝介を見やる。

「お前は、どう考えてるんだ?」

「今回ばかりは好奇心だけで掛かるのは、ちょっとヤバイ気がすンだよ。人間じゃないけど、生き物傷つけるヤツと向き合うことが、できないんじゃないかってな」

 珍しい反応に、孝介と祐樹は度肝を抜かれてしまう。

「そうだな。たかがウサギだが世間に知り渡れば、立派な犯罪として取り糺される。一般の、それも高校生が首を突っ込める領域を遙かに超えている」

 さすがの理佳が牽制している姿に、祐樹も考えてしまう。

「やはり、探偵まがいな行為をするのは、マズイですよね……」

「やろう……」

 一人の呟きがもれる。

「罪もないのに傷つけられたウサギや、見守っている杏子が可哀想じゃないか。それをほっといて、いいと思うのか?」

 諦めとも、怒りとも表現しにくい複雑な心境で孝介は訴えた。非力なものが浮かばれないと。

「それは……」

「今見過ごしたら、犯罪を認めることになるんだぞ。それでもいいのかよ?」

 ここに集まった者達は何もしてはいない。だが、孝介の話をぶつけている相手は、確実に犯人への批判だった。

「だが、これ以上、僕らは何もできないんだ。矢神が言う様に、生き物を傷つけた代償は法律で罰せられます」

「だから、そいつに分からせてやンだ。自分のしたことをな」

「彼女のためにか?」

「違う! みんな、一人一人のためにだ」

 決心は固まった。

 例え、誰かが妨害しようとも、それを乗り越えて見せると。

「分かったぜ山野辺。お前のために一肌脱ごうじゃないか。一緒に見つけ出してやる」

 椅子から立ち上がり宣言する理佳。

「新聞部の名誉にかけて、僕も協力しましょう」

「力になれることでしたら」

 未彩も一年としては心強いことを言ってくれる。

 団結し、一つのことを目標に掲げ、このメンバーは動き出す。

「では、放課後から開始しましょう。それぞれ、嫌がるかとは思いますが、根気強く粘ってアリバイを崩しましょう」

 祐樹がまとめた直後、待ってましたとばかり昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。


 一人ずつ当たる計算で、放課後を狙って四人は動いた。更なる犯行を防ぐため。

 最終的な情報を得るため、集合場所を新聞部の部室と定めてそれぞれ話を聞いてきた。

「で、どんな感じだった?」

「玉城さんに会いましたけど、彼女は、吹奏楽部で今日が鍵当番だったと言ってました」

 ちょっと古めかしい鉛筆の後ろを使い、頭を掻きながらメモを見下ろす。

「僕は、文郷浅海に話を聞きましたが、しつこいと言われ、拒否されました」

 放課後になってやっと射し込んでくる陽射しを浴びて、祐樹のメガネが反射する。

「俺は、たまたま同じクラスの田之上に聞いたが、ぱっとしなかったなぁ」

「どうしてさ?」

 不思議そうに理佳は尋ねる。

「はぁ〜彼氏を待ってたんだとさ」

「だから、言葉を濁してたんですね?」

 集められる情報を、未彩は一言一句聞き漏らさずメモっている。

「あたしは上松に聞いたけどさ、予習を欠かさずにしたくて早めに来たんだとさ。こんなに勉強が好きなヤツ、誰かさんにそっくりだぜ」

 しかめっ面をして祐樹を見る。

「そうなると、この中で一番怪しいのは文郷さんということになりますね?」

 誰もが妥当と思った矢先、それを否定した人物が一人いた。

「いや、そいつじゃない」

 否定したとたん、一斉に視線が集中する。

「じゃあ、一体誰だよ?」

「田之上美姫さ」

 きょとんとした顔で、三人は顔を見合わせる。

「なぜ、そうと断定できるんだ? 彼氏を待つことぐらい、当たり前のことじゃないのか?」

「断定か……そんな複雑じゃなくて、単なる勘さ」

 得意満面に理佳は強かにニヤついた。

「なるほど、トラブルバスターの原動力は、直感なんですね。勉強になります」

 嘘か本当か定かでない事柄なのに、一年の未彩は真剣に受け取ったようだ。

「一々、真剣に捉えなくてもいいんですよ、桐場君」

「はぁい……」

 先輩に戒められ、未彩はシュンとする。

「さて、絞り込めたことだし、本格的に動くのは明日にすっか、なっ?」

さっきまでとは打って変わり、理佳の表情はいつもの明るさが戻っていた。

「ったく、こんなノリでやってきたなんて、信じらンねぇぜ」


                                  前半  終わり


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