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トラブルバスター RETURN 後編

人の心は他人には分からないもの。伝える術として言葉や服装がある。

自分の気持ちに気づいてほしいと願う杏子。いつもと違う杏子に違和感を覚える孝介。

この二人の距離を縮めようと何やら画策する理佳。

お互いの想いは通じるのか?


 トラブルバスター  RETURN  後半


 それから三人は、下校途中にある小さな公園に立ち寄った。公園とはいうものの、さほど広いわけではなく普通自動車が四台ほど入るスペースしかない。土が敷き詰められ、半分には滑り台が設置され残りの半分には二台のブランコがあるという、住宅街にひっそりと佇む装いをしている。

「で、話って、何?」

 背後に囲う植え込みのあるベンチに杏子、話をする孝介が寄らず離れず間隔を開けて座り、理佳は一人ブランコをこいでいる。

「お前って変わったよな。中学校の時はさぁまさにガリ勉女だと思ってたけどよ、今じゃあ茶髪でトレードマークのメガネを外してんだぜ」

 どこか遠回しに言う孝介。杏子と視線を合わそうとせず上の空だ。

「ヘン……かな?」

 黒革のカバンを膝元に置き視線を落とす杏子。

「まぁ、イマドキ風だけどよ、何か変なんだよな。何つうか、お前らしくないんだよな、その格好」

 核心へ迫ろうと、孝介は考えられないほど真摯的な眼差しで意を決して杏子の方に視線を向ける。

「やっぱり、そう感じる? これでも精一杯頑張ったつもりなんだけどな……」

「どうして、格好を変えようと思ったんだ?」

「私ね、好きな人がいるの。もちろん片思い。それで、振り向いてもらおうと思って夏休み中に髪を染めてみたり、慣れないお化粧を友達から教わってみたんだよ。けれど、生まれつき視力が悪いから少し挫折しそう」

 自分の事なのに、杏子は皮肉な笑みをこぼす。

「そんなためにか。髪を染めていろいろやって、校則に引っ掛かることをした理由は?!」

 この時、孝介の中にある杏子のイメージが音をたてて崩れていくような気がした。

「そんなの、お前じゃない! それじゃあ、どこにでもいるような子とかわりないじゃないか!」

 孝介は声を荒げ、杏子を問い詰めるかのように言い寄る。

「大丈夫だよ。表面は単なる飾りにしかすぎないし、心は変わらないから」

「そんなことあてになんかなるもんか! イマドキなんか、うわべだけで人を判断して内面なんて見ないんだぜ!」

 一方的な孝介の問い詰めに、否定され続けた杏子の瞳が潤み始める。

「なんで……どうして、孝介君はそう言うの……どうしてそんな……」

 今にも涙をこぼしそうになりながら杏子は逃げるように去ってしまった。孝介は、これは杏子のためなんだと自分を慰め妥協していた。

「杏子を泣かせちまったな」

 遠くから眺めていた理佳が、孝介の側に寄り肩を叩く。孝介の肩は、やってしまったという後悔が重く圧し掛かり、力がすっかり抜けきっていた。

「俺は……間違っていたのか?」

「あたしはそう思わないぜ。お前のしたことは正しい。だが、同時に傷つけたのは仕方ないことだけどさ、どうしてそこまで杏子のことを思うんだ?」

 理佳の問いに、孝介はビクッと一瞬身震いをする。

「それって、答えにくいことなのか?」

 諭すように、理佳は優しく語りかける。

「ただ……俺は、今までの杏子でいてほしいだけなんだ……」

 やっと孝介の本心を聞け、理佳はふと安心感に包まれた気がした。それは、単なる戒めではなく杏子を心から思う、何か特別な理由が孝介の中にあると悟った。

「そうか。そうなったら、あたしが一肌脱がなきゃいけねぇな。山野辺、あたしに任せな」


 有言実行タイプの理佳は、翌日から行動を開始した。何とか一日粘って頑張り、やっとのこと放課後を迎えた彼女は、久しぶりにあの場所を訪れた。

 理佳が用があって訪れる場所は一ヶ所しかない。それは、校内にある通称[裏通り]という場所にある新聞部の部室だ。

「祐樹いるか〜っ?」

 間延びした声を張り上げ、勝手に新聞部の戸口を開けて入る理佳。中は、ライトというライトが全て点灯され、机を一つにくっつけ白い紙で覆っていた。

「今日来るとは思わなかったぞ」

 平然とした様子で、新聞部の主である祐樹が入ってきた理佳に気付く。

「そんな〜つれねぇなぁ〜、これでもお前を信用してんだぜ」

 肩を竦めてみせる理佳。そのまま、了解を得ず彼女は勝手に手近な場所にあったイスに座る。

「前置きはやめてくれ。本題を話せ。こっちは文化祭に向けていろいろと忙しいんだ」

 どうだか……と、心の内で思ったが、そんなことを言いに来たのではないと思い出す。

「そうそう、忘れてたぜ。あんな、頼みがあんだ。あたしのダチでさ……」

「山野辺孝介と、日向杏子の関係についてだろ?」

 いともあっさり見抜かれていて、理佳は驚きを隠せなかった。

「さっすが! 情報の速さはピカイチだな」

 話が早いと思い、理佳は祐樹に近寄る。すると、彼はすかさず欲しいだろうと思っていた資料を見せる。

「つくづく思うんだけどよ、情報ってどこから仕入れてくんだ?」

 資料に目を通しながら、理佳はその情報の正確さや早さにいつも圧巻してしまう。

「それは、企業秘密だ」

「企業秘密って、それでメシ食ってるわけじゃねぇのによぉ」

 祐樹の秘密主義には、時々不可解な点が上がるがそんなことを一々挙げてたらきりがない。

「参考になったか?」

 じっと資料を見つめる理佳を、祐樹は体を起こして見据える。その顔には、自信と確信が満ち溢れ晴れやかに映る。

「ああ、これでハッピーエンド決定だ」


 翌日が休みとあって、理佳は最高のシチュエーションを計画した。もちろん、お互いは何も知らない。

 幸いなことに、二人とも部活に所属していないことを知り、理佳はそれぞれに電話を入れどこそこに来てくれと言っておいた。

 集まる場所として指定したのは、孝介の家からも杏子の家からも近い場所にあった小田桐神社を選んだ。

 小田桐神社には赤い大きな鳥居があり、ひとつは研磨された大きな柱に文字が彫りこまれた石柱の横にあり、もうひとつは社が建ててある前にあって、この界隈ではよく目印とされるとても有名な場所だ。境内には数々の木々が植樹されており、四季が移り変わるごとにその姿を替え彩る。そのため、境内の片隅には少しでも憩いの場所として使えるようにとの配慮で、木を一本ほぼ加工しない形のベンチを作り工夫を施していた。

「遅っせぇなぁ矢神のヤツ、呼び出しといてよぉ」

 一足早く訪れたのは孝介だった。

 辺りを見渡しても人の姿はなく、あるといえるのは、隣接する公民館で開かれている催し物で、中年世代のおばさま方が揃って入っていくのが分かった。

 それにしても誰も来ない。

 孝介は、携帯のディスプレイを覗き今の時刻を確認し、少し苛立ち始める。

 呼び出した本人が先に待っているという予想のもと、あえて少し遅く出たというのに、ここまで待って来ないとなると騙されたのではないかと思い始めてしまう。

「孝介君?」

 不意に声を掛けられ、反射的に振り向く。

「きっ、杏子! どっ、どうしてここに?」

 振り向いた孝介。驚愕の表情を浮かべる。どうしてこのような場所にいるのか、偶然にしてはありえそうにない。

「そっ、それは……じゃっ、じゃあ孝介君はどうしてここに来たの?」

「そっ、それは……」

 と、この場しのぎの理由を考えている最中に、孝介の頭の中に理佳のほくそ笑む顔が現れてきた。

(もしかしたら、アイツ……)

 どうして呼び出した本人が来ず杏子がいるのか? これをどう考えても、仕組めたのは世界に一人しかいない。

「たっ、単なる散歩さ。たまには気分転換ってのもいいかなって思ったからさ」

 苦笑いを浮かべ、この場をしのぐ言葉を述べる。

「そうなの……てっきり私、矢神さんに呼ばれたのかと思って」

「えっ、杏子も矢神と関係あんのか?」

 驚きを隠せず聞き返すと、杏子は黙って頷く。

「矢神さんがね、『近くの神社に行けば、あんたの片思いを実らせてやるって』言うから、張り切って来ちゃった」 

 話を聞き改めて杏子を眺めると、自分なりに頑張ったのだろう、かなりめかし込んでいた。だが、どこか慣れていないという雰囲気を醸し出している。

「そうなのか、いよいよ告白か……じゃ、しっかりやれよなっ」

 そのままやり過ごそうと杏子の横を通り過ぎようとした瞬間、突然孝介の腕を捕まえる。

「……ねぇ、行かないでよ」

「どうしてだよ、告白相手が来るんだろ? それなのに、なんで俺を足止めすんだ?」

 一向に掴んだ手を離そうとしない杏子に対し、あえて強い口調で言い聞かした。

「だって……その片思いって……孝介君だもん」

 目線を下げ俯き、杏子はメガネの奥に涙を溢れんばかりにためていた。

「うっ、嘘だろ!」

 孝介は杏子の発言にかなり動揺し、愕然としていた。

 同じ中・高と学校が一緒で、何度か話をしたことがあったが、まさかそう思っていると孝介は考えもしなかった。

「孝介君が最初だったんだよ。私に話しかけてくれたの。私ね、小学校を卒業したと同時に引越しをして、新しい場所に慣れないまま中学に入学したの。それから、あまり人と話さないから勉強ばかりして、そうして視力が落ちて、まるで誰か違う人物を演じているように、私自身を押さえ込んでいた時にね、孝介君が話しかけてくれた……」

「あっ、えっと、あれは確か、勉強のことだったような……」

 話しかけたことは覚えていた。塞ぎ込んでいた杏子に話しかけたことが勉強のことだと思い出し、何だかつまらないことをしたと思った。

「でも……嬉しかったんだよ。話しかけられたことも、私が頼られてるんだって思ったときも、すっごく嬉しかった……」

 徐々に嗚咽が激しくなり、気付くと腕を組んでいるように、二の腕の辺り彼女の柔らかい感触に触れる。

「じゃあ、どうしてそんな格好をしてまで、なんで……」

 経験したことのない状況に、孝介はどうしていいのか分からず、きょろきょろ視線を動かす。

「こうでもしなきゃ、私達の関係が進歩しないと思ったから……こうすればきっと話しかけてくれるだろうと思って、あの時みたいに……」

 強く握り締める杏子を見下ろす孝介。今までに会ったどんな子にも抱いたことのない気持ちが、杏子に対して感じていた。

「そんな格好しなくても、俺は初めて出逢った時の杏子が一番だって思う」

 優しく温かい孝介の言葉に、空いていた片方の手でメガネの下を伝う涙を拭う。

「あっ、ありがとう……」


 二人の様子を眺めていた理佳は、事が上手くいってほくそ笑んでいた。

「へっ、二人ともなかなかやるじゃねぇか……」

 二人はうまくいくと確信し、安心した理佳はこっそりとこの場から離れていった。


 週の始まりとなり、徐々に学校の生活に慣れ始めた生徒達が学校へと集まってくる。それは、新たな事件をも運んでくる。

「よっ、アツアツのお二人さん」

 朝のホームルームが始まる前、理佳が冷やかしにやってくる。

「何だよ矢神。こう仕向けたのは、お前じゃないのか?」

 廊下の窓辺で話をしている二人に近づいてきた理佳に勘繰る孝介。昨日のことがあったためか、二人の距離はどことなく縮まっているように見えた。

「あっ、気付かなかったけど、髪を元に戻したんだ」

 指差し驚いてみせると、杏子は頬を赤く染めて照れながら孝介を見やる。

「孝介君が(初めて逢った時の杏子が一番だと思う)って言ってくれたから、戻したんです。やっぱり、自然のままが一番ですよね。でも、どちらにしても、学校から戻すようにと言われていましたけどね」

 恥ずかしさを吹き飛ばして、杏子は満面の笑みを見せ付けるように理佳に向ける。

「何だ、そんなこと言ってたのか。遠くからじゃ……」

 つまらなさそうに、何気なく呟いた言葉に孝介が勘付いた。

「んっ? 遠くからじゃ? 何だって、その先を言えよ」

「えっ、あっ、遠くからって、何のことだろう、分からねぇや、はっ、はははっ……」

 いても立ってもいられず、孝介の追い詰める視線を感じた理佳はごまかそうと必死に作り笑いをする。

「てっ、てめぇ、やっぱ遠くから見ていやがったな!」

「ひえぇ〜っ、こえ〜っ!」

 人目も気にせず、孝介は逃げ出す理佳を追いかける。理佳も面白がって、杏子に言ったセリフを校内中に叫び散らす。その姿を遠くで、杏子はどこか微笑ましく眺めていた。


 あれやこれやと時間が流れ、この頃真面目に授業を受けていたため、珍しく昼休みに屋上で寝転んでいた。

 秋風が心地よく髪を撫で、お日様は温かい陽射しをいっぱい降り注いでくれる。目の前をトンボが横切り、空にはうろこ雲で埋め尽くされ、夏が終わったのだと告げているようである。

「やっぱり、ここにいたか」

 少しだけピリッとしたメガネを掛けた祐樹が、寝転がる理佳を見下ろしていた。

「うわっ! いっ、いきなり現れんなっての」

 もろに視線が合い、理佳は気持ち悪そうに顔を顰めながら身を起こす。

「どうした? 今回は事件なんて起きてないぜ」

 起き上がる様子を、祐樹は半歩退いて無愛想に眺めていた。格好といったら、まるで心を映す鏡のようにきっちりときまっている。

「おおまかにはそうなるが、うまいことくっ付けたのはお前じゃないのか?」

「さぁ〜て、何のことだか」

 屋上を囲っている金網の前に立ち、理佳はとぼけてみせる。

「まぁいいさ。今回の事より、これから始まろうとしていることのほうが重大だ」

 いつものメガネを拭く動作をしながら、祐樹は何気に話す。

「何だよ、重大なことって?」

 振り返って食い付いた事を確認すると、祐樹のメガネを通して覗く瞳が怪しく光る。

「矢神理佳を、生徒会副会長に推薦するらしい」

「うえぇぇぇっ!」

 あまりの突然+突拍子もない事に、理佳は顎の関節が外れるんじゃないかというぐらいビックリした。

「嘘だぁ〜っ! そんなの、誰が言ったんだよ!」

「生徒会長に立候補をする、2―Bの江田敬史と数名の先生方さ」

 推薦するのはあるとしても、あたしを指名するなんてどうかしてると理佳は思っていた。

「何だそりゃ? どうかしてんのかよ、あたしを副会長に推薦すんなんてさ」

 見る見るうちに、理佳は怒りを前に押し出すようにして、今にも祐樹に食って掛かりそうなくらい距離が近くなる。

「なっ、何でも、生徒会役員になれば少しは大人しくなるだろうっていう見解だ」

「ハッ! 冗談じゃない。あたしがそんなもんなんかなるわけねぇだろ!」

 まるで祐樹が推薦した人物かのように、理佳は少し怯えた祐樹の胸ぐらを掴む。

「それと、もう一つ言っていた。もし、副会長になりたくなければ、代わりの副会長になるべき人物を探せ、って言ってたが……」

「じゃあ、お前がなれよ」

「生憎だが、僕はそういう器じゃない」

「ケッ! そうかいそうかい。そんなにあたしに生徒会に入れたいってのか。よっしゃ、そうなりゃ、全力で探してそのなるべき人物を探してやろうじゃないか!」

 意気込みを高々に、理佳は全力を尽くすことを誓った。

 しかし、その裏でうごめく立候補者の江田敬史には、もっと深い理由があるのだと、今の理佳に知る由もないのであった。


                                        続く



このあと生徒会騒動へと話が進みますが、昔の作品のためデータがなく書いたかさえ定かではありません。

そのため、次話は進級して3年生となった理佳の話になります。悪しからず…

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