トラブルバスター RETURN 前編
夏休みというのは人の心を緩ませるもの。
学校では、乱れてしまった衣服や髪型を守らせるため規律旬間に入る。
生徒の衣服や髪型のチェックのため体育館に集められた理佳達。教師達のチェックに引っかかった生徒の中に、理佳のダチである孝介の知り合いの子がいることに気づく。その子は今まで衣服の乱れなど一切なかった真面目な子だった。その子がどうして……
トラブルバスター RETURN 前半
ながーい夏休みが終わりを告げ、今日からこの学校では二学期が始まる。
夏休みの間、世間では様々な事が起き平穏無事とはいかなかった。株価の下落、水不足の心配。誘拐、首相を取り囲む政界の不振。そんな事柄が世間を賑わっていたが、そんなことなどお構いなしなのが一人いた。
「ふわぁ〜あ、ガッコーなんてカッタリ〜」
校門前にて、彼女は起きてから何度目になるか分からないあくびをする。
茶髪の長髪を青いヘアゴムでポニーテールを作り、勝ち気に満ち溢れている少女こそ矢神理佳だ。
別に人並みに知力が高いわけでもなく、ましてやお人好しというわけでもない。ただ、誰が呼んだか知らないが、『トラブルバスター』としてこの学校で知らない者はいなかった。トラブルがあるところに矢神理佳在りと、何だかルパンを追いかける銭形警部のセリフと同じように、現に彼女はトラブルのあるところに現れる。
「お久。ゆ〜きぃ、相変わらず暗いなぁお前」
あくびの最中、理佳は新聞部の祐樹が横を通り過ぎようとしたタイミングで声を掛ける。
「お前こそ暢気にあくびなんかして大丈夫なのか。新学期が始まるっていうのに」
まるでインテリ学生のように、祐樹はメガネを押し上げる。
「あっ、メガネ変えたろ?」
「あぁ、金具が錆びて螺子がおかしくなって、それで思い切って買い換えたんだ。なかなかの高価で、前のメガネの倍したんだ。だが、前よりも軽くなったからかなり勉強に集中できる」
少し誇らしげにメガネを自慢する祐樹。
「へぇ〜そうかい。お前さんはもとからデキはいいんだし、それ以上良くなったって変わんねぇよ」
自分の学力を自慢する姿を見て、理佳は少々呆れていた。
「お前も二学期に入ったんだ、少しは将来を考えたらどうなんだ? 成績あまりよくないんだろ?」
「ほっとけよ、お前にはカンケーないだろ?」
怒り気味に言い返そうとしたが、当の本人はそそくさと行ってしまう。
「ったく、おせっかいめ……でも、やっぱ考えなきゃマズいか……」
自分に残された時間がないことを考え、さすがの理佳も将来のことを考える必要性があるなと思ってしまうのだった。
新学期の始まる教室に行ってみると、クラスメイトは久しぶりの再会に夏休み間に溜まりに溜まった話をしている。そのため、普段よりも騒がしい。
「よぉ矢神、久しぶり。少し見かけない間に結構日焼けしたなぁ。何かバイトしてたのか?」
席について早々声を掛けてきたのは、一年の時同じクラスだった山野辺孝介だった。
「まぁな。浜辺でちょっとしたバイトをしたんだ。ビーチの監視員さ」
「へぇ〜そりゃあ面白そうじゃん。で、どんな感じだった?」
「なかなか楽しかったよ。浜辺を歩き回るのも辛かったけど、時給はけっこう良かったぜ」
得意気にバイトの話をする理佳。
「どんな衣装で監視してたんだよ?」
ニヤニヤした表情が垣間見えたため、理佳は何を思ったのか簡単に見破る。
「警備員の服装して歩くわけねぇだろ? キャミにショートパンツさ」
「な〜んだ」
残念そうに孝介はがっかりとした表情をする。
「何だよそれ?」
「俺はさ、矢神が水着姿でも着てたかと思っ……」
それ以上聞く前に、理佳はさりげなく孝介のわき腹に肘鉄を入れ一言、
「スケベ」
そうして構内にチャイムが鳴り渡り、教室は教師を待つべくしてクラスメイトは渋々席につく。
恒例となる新学期早々の仕事といったら、まずは教室やクラスで割り当てられた清掃区域の掃除に始まる。その後、コースに従うように全校生徒がまだ残暑残る体育館に集められ校長のありがたきお話を聞く。
「はぁ〜あっち……」
クラスごと列で並び、その中の後半辺りにいる理佳はぼおっとステージ上の校長を見ている。
「はぁ〜やってられるかって、まだアッツいっていうのによぉ」
前に座っている孝介の愚痴が理佳の耳にも入ってくる。
「そうだよなぁ、新学期の初めくらいもっとましな事をしてほしいぜ」
固く言われ続けられている体育座りをやめ、理佳は孝介と話すためあぐらをかく。
「まったくだぜ、話なんてさ授業が始まりゃさぁできることだしさ。今日ぐらい早めに帰してほしいよな」
体を反転させるかたちで首だけを後ろに向け、孝介は学校の始めだというのにもう飽き飽きしているようだった。
『……え〜夏休みが終わり、生活習慣を改めるべく明日から規律旬間といたしまして、服装や頭髪の検査をします』
その部分だけが耳に届き、理佳と孝介は思わず顔を見合わせる。
「よっしゃ、これで時間が潰れるぞ」
「そりゃぁ潰れるけどさ、検査に引っ掛かったらどうするんだよ?」
「大丈夫さ、俺は引っ掛かんねぇよ」
「そうかぁ? 前髪がちょっと茶髪じゃねぇの?」
髪を引っ掻き回され、理佳の手を払いのける孝介。
「触んなって、ドライヤーのしすぎで焦げただけだっ」
大袈裟に言い訳をするところなど、どこか怪しく映るのだった。
校長の話通り翌日から規律旬間が始まり、それぞれ学年の主任教師を筆頭に各クラスの担任・副担任がチェックを入れる。全ては校則を順守するため、夏休みの間に髪を染めたり脱色したなど、制服を加工していないかというところまでチェックが入る。
「まわり見っと、結構染めてるヤツいるなぁ」
第一体育館に集合させられた二学年は、横二列に並び早い番号のクラスから順次教師たちの厳しいチェックが開始される。
「すげぇなぁ、一組は半分くらいが残ったぜ」
教師が離れているために、誰も注意を促す人がいなくなった生徒達はそれぞれ話をしたり制服を土壇場で直したりと騒がしくなる。
「いいよなぁ、矢神はさ茶髪を許されてるなんてさぁ」
理佳に話しかけながら、孝介はあぐらのまま検査をしている先生集団を眺める。
「それはそれ。あたしは元からこうなの」
理佳も女の子とは思えない大胆な座り方をし、残された生徒の固まりを眺めつつ素っ気なく答える。
「あっ!」
いきなり孝介が耳を突く声を上げたため、びっくりしてしまった理佳が向きを変える。
「うっせぇなぁ〜どうしたんだよ?」
「杏子のヤツどうして……」
遠くを見据え唖然とする孝介。
「誰だよキョウコって?」
「杏子は俺と同じ中学なんだ。そン時は校則にも引っ掛からない優等生だったんだ。高校に入学しても変化なかったのに、どうして今になって変わったんだ……」
遠く片隅で一人他の生徒に入らず、佇んでいる杏子を見据え、孝介は素になって思い込んでいた。
「いっちょやってみたくなったんじゃねぇの? そう思うヤツなんていっぱいいるぜ」
「違う! 杏子はそんなやつじゃない、絶対!」
断固として彼女のことを信じている孝介は、理佳に言い切って見せる。
「ははぁ〜ん、お前がそこまで言い切るトコ見っと、そいつとデキてんだろ?」
顔をニヤつかせ孝介を問い詰める理佳。
「そっ、そんなことお前には関係ねぇだろ? それより、今は杏子の方が問題だ」
動揺をしているのが傍から見て取れた理佳。だが、今のところそれ以上孝介を問い詰めることはしなかった。何せ、服装検査の真っ最中なのだから。
「早く来いよな」
やっと次のクラスが終わったものの、まだ多くの生徒が順番を待っていた。
服装・頭髪検査が終わったのは、結局授業終了の時間になってしまった。待たされた生徒達は、無駄な時間を過ごしたと顔にかいてあるかのような嫌な表情をしている。
「ったく、先公どもがチンタラしてっから、一時間無駄になったじゃねぇか」
授業の合間にある休憩時間を利用し、孝介と理佳は頭髪検査に引っ掛かってしまった杏子という娘に会うことにした。この時、理佳には何か面白いことが起こりそうで胸が高鳴っていた。
「いいじゃん、ゆっくりとお話できたんだから」
ご自慢のポニーテールを揺らし、孝介と共に杏子のいる教室へ向かっていた。
彼女のクラスへ向かう途中、廊下にある自分専用のロッカーの前に立ちすくむ杏子に気づく。
「お久しぶりの再会ってやつ?」
「バカ、ちゃかすな」
立ち止まり理佳が小突くと、孝介はぼぉ〜っとしていたが、いつもの調子にコロッと戻り荒い口調で返す。
「いいか、これは何で急に髪を染めるようになったかを聞くだけだ。恋愛とか色恋沙汰とかそーゆう問題じゃないからな」
「前置きするトコ見っと、ホント、アヤシイ」
目を細め睨み上げると、孝介は咳払いを繰り返していた。
孝介に付き添う形で、理佳はその杏子という娘に会うこととなった。
「よぉ、杏子」
「あっ、その声って孝介君?」
至近距離だというのに、杏子は眉間に皺を寄せ凝視している。
「この女、何してんだ?」
不可解な行動が気になり、理佳は孝介に耳打ちする。
「杏子は生まれつき目が悪いんだ。いつもメガネをしてるから支障がないんだけどな」
「誰かいるの?」
凝視してやっとぼやけて見える視界の中、孝介と一緒にいる人が気になる。
「ああ、ちょっとしたダチの矢神理佳さ」
「こんちは」
紹介され、理佳は渋々挨拶をする。
「ごめんなさい、メガネがないものだがら、顔がぼやけてしまって見えないんです」
向かい合って会話をしているものの、やはり杏子の視線はどこか定まってはいない。
「なるほど、その格好に合わせてメガネを掛けてないってわけか」
見えてないことをいいことに、理佳は外見をからかう。
「矢神理佳さんて、あのトラ・バタの?」
「なんだそりゃ、トラ・バタって?」
「知らねぇのか? お前の愛称、トラブルバスターの略だよ」
「知らねぇなぁ〜。けどよ、トラ・バタなんてさ、バターか何かの商品名かよ」
気に入らないらしくって、この様子で気に入っているなんて言えるはずがない。
「そんなことよりよ、ちょっと話があっからさ放課後、校門前で待っててくれないか?」
「いいけど、委員会の仕事があるかもしれないから、遅くなると思うけど」
「それでもいい。じゃ、また後で」
約束を取り付けただけで、孝介はそそくさと去って行く。残された理佳は、何をしていいか分からずとりあえず孝介を追うことにした。
「どうかしたのか? いきなり行っちまうなんて」
「別に、授業が始まるんじゃないかって思っただけさ。あっ、忘れったけどよ、矢神も付き合ってくれ」
背後に目配せをする孝介。
「いいけどよ、ちゃんとケリつけろよ」
「ああ、分かってるって」
やっと長かった一日の授業が終わり、それぞれに放課後をどう過ごすかで分かれる。清掃に行く者、下校する者、部活動に励む者。その他多くの生徒が次の行動に移る。
どっと生徒で溢れかえる校門前で、時間を潰す孝介と理佳の二人が。いつもは授業の途中で抜ける理佳だったが、今日は真面目に全て出席はしていた。
「久っさびさに授業受けて、何か体がガチガチすんぜ」
「ホントは居眠りばっかしてたくせによ、よくゆーぜ」
孝介は理佳の席が丸見えの場所にいるため、本当はどうなっていたのかは知っていた。
「来ンのかねぇ、杏子さんは」
「ああ、来るとも。杏子は約束を破ったことはないんだ」
そんな確証どこから来るのかと理佳は思ったが、その理由が二人の過去に隠されていると一人考えていた。
「杏子が髪を染めることを考えると、深刻な問題を抱えてそうだな……」
「やっぱ、お前ら付き合ってたろ?」
視線を、残暑が残る霞がかったような空を見上げる。
「しつけーぞ、杏子とはそんな関係じゃねぇよ。単なる友達さ」
大袈裟に関係を否定した孝介だったが、理佳は確信を持っていた。
「おっ、来たぜ」
校門の出入り口にちょうど視線が行った時、通学用の黒革の手提げカバンを持った杏子が現れる。
「よっ」
「あっ、待ってたんだ。いなくなったから先に行ったかと思った」
はにかんだ笑みを浮かべる杏子は、先ほどとは違いメガネを掛けていた。その姿を見た理佳は、思った以上に茶髪に黒縁メガネは合わないと痛感してしまう。
「話って何?」
「アンタに、聞きたいことがあるんだと、なっ、山野辺?」
「あっ、そっ、そうなんだ」
少々慌てる孝介に対し、何だろうと思う杏子。
この二人には面白い結末が待っていると、理佳は絶好のチャンスに巡りあえたと内心ほくそ笑んでいた。
前半 終わり