表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

トラブルバスター KETSUMATSU

校内で起きたMDウォークマン盗難事件を追う理佳。

新聞部の祐樹の協力を得て、関係者から事情を聴きまわる。そして理佳は、犯人を突き止めることに。

 トラブルバスター KETSUMATSU


 [トラブルバスター]こと矢神理佳は、何を隠そうこの高校に唯一存在する何でも屋である。これは金銭を目的としたことではなく、単に面白ければいいと言うだけで困った事件や問題を解決している。

 だが、彼女一人では全てを解決することはできない。そのため、彼女の言う[情報屋]の協力が不可欠となる。

「お〜いっ、情報屋、いるか〜?」

 理佳が訪れたのは、校内に週一回校内新聞を張り出している新聞部の部屋であった。新聞部は、校内で言うところの[裏通り]と呼ばれる最も日当たりの悪い場所にあり、めったに人が通らない所として知られている。

「よっ、ようトラブルバスター。今日は来るのが早いな」

 出迎えたのは、理佳とあまり身長の変わらない男子生徒だった。銀縁眼鏡を掛け、全身からドヨ〜ンとしたオーラを漂わせ根暗な印象を与える。

「相変わらずくれぇ〜なぁ〜この部屋。それに、祐樹あんたも」

「しょうがないだろ。この暗さは元からなんだ、文句を言わないでくれ」

 喋りも暗い祐樹は、ズレ落ちるメガネを押し上げ室内へと招き入れる。

 薄暗い室内のライトを点け、手近な場所にある椅子に座る。

「それで、今日来た目的は?」

「それにしても、くら〜い部屋のわりにキレイにしてるよな」

「無意味に暗くはしていない。写真を現像するためだ。それよりも、ここに来たってことは何かあるんだろ?」

 室内を見渡していた理佳は、急に振り向き得意気に切り出す。

「そう、その通り。知ってるだろ、今日の盗難事件」

 そうと来ましたとばかりに、祐樹は不適な笑みを浮かべメガネを上げる。

「ああ。そう来ると思って調べておいたさ」

「それで被害者は?」

 B5ぐらいの大きさの紙を何枚も取り出し、祐樹は読み始める。

「被害者は一年C組、出席番号8番片山保紀。天ヶ城中学出身。身長168・2cm。体重56・7kg。推薦で入学。得意教科は生物・地理。不得意教科は国語」

「相変わらず抜かりがねぇなぁ、下調べ」

 部室に飾ってあるパネルを鑑賞しながら、理佳は至極冷静にしかも当然のように聞いている。

「それで、ソイツと仲悪いヤツはいんの?」

 祐樹に背を向ける理佳は、暗幕に手をかける。すると紙をめくる音がする。

「えっと、仲の悪いヤツは二人いる。一人は、同じ中学出身の戸田正希。それから、クラスメイトの速水聡。二人とも保紀よりも勉強のデキが悪いというところで憎んでいるらしい」

 次の瞬間、暗幕を思いっきり開けた理佳は、目に飛び込んでくる陽射しに目を細める。

「よぉ〜し、明日その二人に当たってみるか。情報料はいつも通りってことで」

「分かった。なぁ、相談なんだが、今度部で[トラブルバスター]に関しての新聞を作成しようと考えてるんだが……」

 書類を素早く片付けた祐樹は、息をメガネに吐き掛け磨く。

「え〜っ、あたしのこと? う〜ん、もしいいって言ったら何か見返りはあんの?」

「お望みのものをやろう。しかし、限度があるけどな」

「じゃ〜ね〜、あたしがCDが欲しくなったら買ってくれるって事でいい?」

 理佳も乗り気になったらしく、祐樹に要求を告げる。一瞬、メガネを拭く手が止まったが「解った」とばかりにメガネを掛け直す。

「交渉成立だな。でも、条件として今回の件がうまくいったらな。それでいいだろ?」

「分かった。まったく、お前と関わると火の車だよ」

 微妙にずれた焦点を合わせていると、祐樹はいきなりもう片方の手を理佳に差し出す。

「何? 手相を見て欲しいの?」

「弁当代」

「はぁ〜あんたって、食うことしか頭にねぇのかよ?」

 無表情の[情報屋]に、理佳は呆れ顔で500円硬貨を渡した。


 次の日、理佳は[情報屋]から得た情報のもと、被害者の片山保紀を尋ねた。

「あんたね、MDウォークマンを盗まれたってのは? あたし、矢神理佳。人呼んで[トラブルバスター]よろしく」

 突然現れた見知らぬ少女に、保紀は少し怯えた表情を浮かべる。

「何ですか、僕に」

「あのさ〜昨日のMDウォークマン盗難事件について聞きたいんだけど、付き合ってくれる?」

 今日は赤いヘアゴムを使ってポニーテールを括り付け、朝の早いうちに事情を聞くことにした。

「えっ、いいですけど……」

 そして、連れて来られたのは屋上。朝の間もない頃、空気がまだ澄み切っていて清々しい。だが、さすが夏という事で気温は上昇し、熱い陽射しが雲の間を突き抜けて差し込む。照りつける屋上は、鉄骨の影響からか地上よりも暑い気がする。

「そっ、それで盗難の何から話せばいいんですか?」

 防護ネットを軽く摘みながら、保紀は暗い表情で下界を見下ろす。

「いや、別につまんないことなんだけどね。あんたの持ってたMDと、あたしのヤツがそっくりなんだって。それで、担任のヤツがさぁ間違ってあたしの事を犯人扱いしてね、あん時はヒヤヒヤしたぜ」

 得意気に、理佳は保紀の周囲を歩き回る。本当の目的をあえてはぐらかし、話を逸らしていた。

「そんなことがあったんですか……すいません、僕の不注意で迷惑を掛けてしまって……それより、一体誰なんだよ、僕のウォークマン盗ったの。大切なものなのに」

「でさ、この学校に来てダチはできた?」

 側に寄り、理佳は俯く保紀の肩をポンと叩く。その衝撃で、我に返ったかのようにビクッと顔を横に背ける。

「どうしだんだよ、ダチはいねぇのか?」

「いえ、そんなことはないですけど……ちょっと、ケンカ中なだけです」

 保紀は答えにくそうに言葉を濁し、寂しげにまた俯く。

「そうなのか〜あたしてっきりその友達が腹いせに盗んだのかと思った」

 はっとする保紀。顔を上げ振り向くと、そこには理佳の姿はなく出入り口へと向かっていた。

「悪いね〜こんな時間に呼び出しちゃったりして」

 ご自慢のポニーテールと後ろ手を同時に振りながら、去っていく理佳。その様子を、保紀は必死に声を絞り出そうと試みるが、結局無言のまま見送った。

 屋上を出た理佳は、訝しげに考え込んでいた。

『やっぱ、犯人はアイツに違いない。けど、何でしたんだ? 動機がはっきりしねぇなぁ〜。今度はダチに当たってみっかな』

 ほぼ有限実行する理佳は、他者からの圧力をかけられようが気にすることなく、自分の道を突き進む。

 その後、その日は被害者に会うぐらいしかできなかった理佳は、一通りの授業を聞き流しいち早く校舎をあとにする。


 夕暮れ。

 空がオレンジ一色に染まり、空のキャンパスに一筋の薄雲が浮かんでいる。その下を親子鳥が家路を急ぐかのように飛んでゆく。人々も一日の仕事を終え、一息吐こうと街へと繰り出す。

 いったん家に戻った理佳は、ラフな格好で外出した。目的は、保紀の友達である二人に会うためであった。

 夕映えの鮮やかな街を理佳はある場所へと向かっていた。それは、未成年を含めた若者達がよく集まり夕方から夜にかけ賑わう場所。そう、ゲーセン。

 高校から一番近くのゲームセンターに目星を付け、理佳は入ってみることにした。

 予想は的中した。

 そこは若者達の集り場所となり、多くの血気盛んな若人がわんさかいた。店内はさほど広くはないが、クーラーの効いた店内はどこよりも快適で退屈しないで済む。

 店内に入った理佳は、人でごった返している狭い通路を歩き回り、目的の人物を捜す。時にはいらぬ問題を持ち込まれることもあるが、この辺りでは理佳のことを知っているものが多く、ケンカを吹っかける愚か者は少ない。

 店内の隅々まで目を配り捜し歩く。すると、店の奥にある薄暗くなっている場所にお目当ての二人を発見する。

 後ろから忍び寄った理佳は、椅子に座る二人の肩に腕を回し脅かす。

「み〜つけた。お二人さん、楽しんでるかな?」

 突然抱きつかれた二人は、面白いように驚いた表情をする。

「だっ、誰だよあんた?!」

「ほっ、補導の人かと思った」

 ほぼ同時に振り向いた二人を、理佳は無理矢理に入り頭をすり寄せる。

「何だよ、その気のきかないセリフはって、んなことはいいから、ちょっと外で話そうよ。いいことしてやっからさ」

 強引に連れ出そうとする理佳に従い、二人は渋々店の外へ出る。

 近くの路地に入った理佳は、何がなんだから分からないままの二人に問い掛ける。

「んでさ、片山保紀ってヤツ知ってる? 知らないって嘘ついても、こっちはもう調べてあっからちゃんと答えろよ」

 壁に片手を突き、理佳は堂々と確信を持って言う。

「それであんた、何の用なんだ!?」

 理佳よりも頭一つ背の高い男、速水聡が少しイヤそうに吐き捨てる。

「さっきも言ったろ? お友達の保紀君について聞きたいの」

「……アイツは最低だ!」

 突如、もう一人の男、戸田正希が転がった空き缶に憎しみを込めるかのように蹴り飛ばす。路地をのた打ち回り、金属音が余韻を残して消えていく。

「最低って、どういうこと?」

 核心に迫るべく、理佳は表情を引き締める。

「アイツのしてきたことが最低なんだよ……」

(中3の夏。俺と聡と保紀とで夏休みにあった全国模試を受けに行ったんだ。その時、3人の中で一番頭が良かった保紀が言ったんだ。

「よし、今回の模試で一番良かったヤツに一番悪かったヤツが好きなものおごるっていうの、やろうぜ」

 とか言い出したんだ。その時、遊び半分で乗っちまったんだけど、今になって乗らなきゃ良かったって後悔してる。

 ビリになりたくなかったアイツは、コソコソとカンニングをしてたんだよ!

 堂々と模試の最中に。結果が届いた時、案の定、保紀が一番だったよ。それで、保紀はこう言ったんだ。

「ど〜だ、ざまぁ見ろ。お前らとは別格なんだよ。さぁ、約束通り好きなものをおごってもらおうか。そうだな、MDウォークマンでも買ってもらおうか。もし親とか学校に言ってみろ、お前らの所に知り合いのヤクザに頼んで行ってもらうからな」

 なんてぬかしたんだアイツ! 俺、怖くて親に頼み込んで小遣いを前借してなんとか買ってやったよ)

「ひゃぁ〜ひっでぇヤツだな」

 壁にもたれ掛かりながら、理佳は過去のエピソードに耳を傾けていた。

「それからしばらくして高校生になった時、たまたま保紀が隠れてケータイ電話を掛けてるのを聞いたんだ……」

(よかったぜ、あの事バレずに済んで。アイツらバカだよなぁ〜俺がカンニングしてたの気付かないなんて。まぁ、結果的に良かったけどさ。今度は期末テストでも賭けるか)って言ってやがったんだ」

 悔しそうに、聡はギュッと拳を作り壁に叩きつける。

「それでどう思った?」

「ムカッ腹を立てたよ。でも、それが原因で事件を起こしたなんてなったら退学にされちまう」

「だから俺達は我慢したんだ。何事もなかったかのように振る舞ったんだ」

「フ〜ンなるほどな。参考になったよ、協力あんがと」

 全てを聞き終えた理佳は、しっかりと立ち直ると徐に何かを握り締め、去り際二人にそれぞれ投げ渡す。それを二人同時に受け取り見てみると、何の変哲もない100円玉だった。

「なぁ、これがいいことなのか?」

「ああ。それでゲーセンでも楽しみな。じゃあ〜ね〜」

 そう言い残し、理佳は暗い路地へと消えていった。

(やっぱ、犯人はアイツしかいない)


 次の日、理佳は担任の協力で被害者である片山保紀と、容疑者である戸田正希と速水聡を呼んでもらい事の真相を話し始める。

「ふ〜っ、単刀直入に言うと、MDウォークマンを盗んだ犯人は、片山保紀! お前だ」

 薄暗い一室の中、理佳は保紀を指差した。

「どっ、どうして僕が……」

「そうだ、なぜ彼が犯人なんだ。彼は被害者なんだぞ」

 担任が問い掛けるが、理佳は淡々と事件の全貌を話し始める。

「はぁ〜あたしは探偵とは違うから、中間の事を省いて話すね。犯人の動機は、容疑者である二人に罪を擦り付けるために犯行したんだ。自分を恨んでることに気付いた犯人は、自作自演で犯罪を起こし疑いの目を向けさせて苦しめようとしたって訳」

 自信満々に、理佳は精神的に追い詰めるように保紀の周りをゆっくり歩く。

「どうして、そんな事をする必要があったんだ?」

「それは本人に聞かなきゃ分かんないよ。なっ、保紀君?」

 担任の教師からの問い掛けに、理佳は保紀の背後に立つと背中を両手で突き飛ばす。

「なぁ、どうしてなんだ。俺達に罪を負わせて何がしたかったんだよ?」

 信じられなさそうに尋ねるのは速水聡。

「こっ、怖かったんだ……誰かにあの事を告げ口したんじゃないかって。俺、そう思ったから今回の事件起こして、これ以上何もされないようにしたんだ」

 この発言に、教師と親友であった二人は驚きを隠せない。

「そんなつもりで、お前はこんなことを起こしたのか。お前、人間として最低だ!」

 すると、これまで沈黙を保っていた戸田正希が蓄積した鬱憤を晴らすかのように、保紀に殴り掛かる。

「ちょい待ち。お前が殴る必要はねぇよ。やめときな」

 殴ろうと構える正希を制した理佳は、真犯人を自分の方に向かせ突然!

 パチン!

 振りかぶった理佳は、手首のスナップを効かせ保紀の頬にビンタを放つ。

 もろに受けた保紀は、倒れるかと思わせるほど体をグラつかせるが何とか持ちこたえる。叩かれた方の頬を押さえながら理佳の方にゆっくりと向く。

「あたしを含めて、イヤな目にあった奴らの分だ。自分のしたことをしっかり自覚するんだな」

 肩越しに保紀に投げ掛けると、軽く肘で小突き部屋を出て行く。


 その日の昼休み。事件が解決した理佳は、いつも通り屋上で涼んでいた。そこへ、場違いとも思える人物が尋ねて来た。

「よぉ、今回の事件、片付いたようじゃないか」

 夏にも関わらず長袖のYシャツ姿で現れた新聞部の祐樹は、何事もないかのように話しかける。

「んっ、ちょっとばっか強引に片付けちゃったけど、丸く収まってよかったぜ」

 相変わらずポニーテールにしているヘアゴムを外した理佳は、茶髪の髪を風になびかせていた。遠くに流れる入道雲の固まりを眺め、ぽつりこぼす。

「ということは、新聞を発行してもいいてことだな?」

 待ってましたとばかり、祐樹は素早くメモ帳とペンを取り出す。

「あっ、取材しようとしても、あたしパス。取材するなら、あたしンとこの担任の所に行ってよ。あたし、どうもそういうの苦手でさ」

 背を向けたまま、理佳はそれとなく手を振って拒否を示す。

「フッ、お前が嫌って言ったときは、何も聞かないからな。分かった。そうする。じゃあ、おくつろぎの所邪魔したな」

 手にしていたメモとペンを隠し、メガネの位置を調整した祐樹は煙のように静かに去る。

「あ〜っ、いい気分だぜ。また面白いこと起きっかなぁ〜」

 雲のそのまた先にある雲を見ているかのように理佳は、手を後頭部で組み寝っ転ぶ。吹き渡る心地いい風に身を委ね、満足しきった微笑を浮かべていた。


                                  1話後編 終了


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ