トラブルバスター ヤガミリカ
トラブルバスター ヤガミ リカ
ここはとある町。とある県立高校に起こった事件を話そうと思う。内容は、ごく単純な盗難事件から始まる珍騒動。ある一人の生徒によって事なきを得たのだが、その主役の登場から始めることとしよう。
梅雨の中休みに入ったその日、気温が30℃近くまで上昇した午後のこと、一年生の男子生徒が持っているはずのMDウォークマンが盗難された。
場所は男子更衣室。その時間、その生徒は体育の時間で更衣室を利用した後部屋を出た。時間帯は、授業が始まる5分前から生徒が戻るまでの55分。その間に誰かによって盗まれたのだった。
事件が発覚したのは、次の授業の始まる前の事。校内に放送が入り、抜き打ちの持ち物検査をすることになった。その後は想像の通り、生徒全員のブーイングの嵐が校内に起こる。
無理もない。蒸し暑く、勉強に身の入らない時間帯に持ち物検査なんて、カッタルイに決まってるはずだ。他の生徒だってマンガやウォークマンを持って来てるわけだから、いい表情はできるわけない。
それで濡れ衣を掛けられでもしたら、一挙に反感を買ってしまうだろう。
そして、ここは2年のあるクラス。
当然、そのクラスも持ち物検査が行われ、一人一人の持ち物をチェックしていた。しかし、ある一人の生徒だけ席が空いていた。
「おい、この席のヤツどこへ行ったか知ってる者いないか?」
「先生。多分、屋上で昼寝でもしているんじゃないでしょうか?」
発言したのは、このクラスで学級委員を務める男子生徒だった。
「また昼寝かアイツ(・・・)は。まったくしょうがないヤツだ」
その生徒の事を十分に承知しているのか、その初老の教師は若い副担任の教師にクラスを任せ、屋上へと呼びに行く事にした。
屋上。
この高校は、4階建ての校舎で創立15年を迎えた比較的に新しい校だ。屋上には安全のため防護ネットが張り巡らされ、環境については問題ない。そのため、屋上のちょっとした日影で昼寝することだって可能だ。
あまり健康そうでない汗をかいた担任教師は、カンカンに照りつける屋上で暢気に昼寝をする生徒を見つける。
「コラッ、矢神! お前、また昼寝しているのかっ! こんな時によく寝ていられるな!」
怒鳴り声で起こされた生徒は、英語の教科書を片手に眠い目を擦りながらゆっくりと起きる。
「なんだよぉ〜人がせっかくいい気持ちで寝てるのにィ〜。急に起こさないでくれる?」
前髪を「の」の字にいじくる生徒は、真剣に教師の話を聞こうとしない。
「何が、急に起こさないでくれるぅ〜だ。場所を弁えんか」
滴り落ちる汗をハンカチで拭い反論する。
「フンだ。こんなアッチ〜日に授業なんて受けてられますかって」
あくまでも暑さを理由に行こうとしない。
「授業じゃない、理佳。ちょっとした事件があったんだ。お前も教室に戻れ」
「じっ、事件! なんか面白そう」
目の色を変えた理佳は、やっと行く気になったらしく、長い茶色がかった髪をヘアゴムで束ね屋上を出る。
彼女は、この校で唯一の茶髪を許された生徒である。別に染めているわけではないが、生まれながらにして髪が茶色がかっている。
外見、どことなく可愛らしく映るのだが、生まれついてなのか定かではないが皮肉っぽいところがあり、小悪魔的な存在としてこの校では知られている。それは、彼女がトラブル好きだからかもしれない。
教室に戻った理佳は、担任教師に言われるままに机上に私物を順に置いていく。
「これで全部。あとは何も持ってませ〜ん」
机の上には教科書が2・3冊。その他に、筆記用具や小パックのお菓子。それに、赤と緑のヘアゴムが2本。最後に出てきたのは、MDウォークマンだった。
「これ、もしかして盗まれたMDウォークマンじゃないのか!」
担任教師のとても大げさとも言える発言に、クラスの視線が瞬時にして理佳に向けられ、あまりに合っている動作に身じろぎしてしまう。
「ちょっ、ちょっとなんだよ。あたしが盗んだとでもゆ〜のかよ?! 待てよ、このMDウォークマンはあたしのだって。ほら」
ウォークマンを手にする担任から乱暴に取り返すと、真裏に書かれた文字をクラス全員に見せ付ける。
「ほら、ここにR・Yって書いてあるだろ。だからこれはあたしのなんだよ」
再度確認をした教師は理佳にウォークマンを戻すと、クラス全体を静かにさせるため教卓に立つ。
「よし、これで持ち物検査を終わる。矢神、疑いのかかるようなモノを持って来るんじゃないぞ」
「ヘイヘイ、分かりました」
「これで終わる。少しの間、自由にしていていいぞ。解散」
担任の号令によってクラスの全員が次の行動に移る。理佳は脇目もふらず出て行こうとする担任を捕まえる。
「あの〜せんせ……」
妙に気だるいテンションに、担任は何かに気付く。
「矢神、お前まさか……やめておけ、今回はマズ過ぎる」
「何でだよ〜っ。こんな時こそあたしの出番じゃん」
小声で口論を交わす二人。
「出番といってもな[トラブルバスター]のお前が首を突っ込むと、余計なことしか起きやしない」
「なんでそうと決め付けるんだよ。犯人が見つかりゃぁそれでいいじゃん」
生徒と教師、二人だけのヒソヒソ話。別に悪いコトについての話ではないが、その光景を見る限りでは何かあるのではないかと思ってしまう。だが、クラスメイトもまたその光景を見慣れているのか見てみぬ振りをする。
「犯人を見つけることについては一向に構わないが、そこに至る手段について校長から注意を受けたばかりだ……う〜む、分かったいつも通り早退扱いにしておく。細心の注意を払って捜すんだぞ」
「大丈夫、任せておけって」
「いいか、何があっても問題を起こすんじゃないぞ」
「わっかりました、センセ」
[トラブルバスター]矢神理佳は担任にウインクして見せると、後ろを向き茶髪のポニーテールを揺らしウキウキ気分で教室を出て行く。
『はぁ〜っ、また問題が起こった日には減給されるだろうな……』
ため息をつき、理佳を見送る担任教師の目はどこか虚ろだった。
1話:前半終わり