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企画参加

果たされ、癒えるとき。それは

作者: 狗賓

 去年参加した、アンリ様企画『恋に身を焦がす夏』で投稿した『約束と火傷痕と、』の続編的な作品です。

 前作を読まずとも、たぶん大丈夫です。

 

「アスト、アスト。どこ?」


 そう声を上げながら、ユニは図書館内を駆け回る。

 静謐な空間に、パタパタと響く足音。それが本当は、はしたないことだとは分かっているものの、誰も聞いていないから、と自分に言い訳する。

 それに、まだ子どもだから仕方ないね、と彼も言っていた。だから、大丈夫だ。


「アストー?」


 ユニは小さな頭を巡らせながら、一生懸命に彼を探した。……なぜなら、彼の両親に頼まれたのだ。「勉強をサボる息子を捕まえてきてくれ」、と。

 彼はとても頭が良い。それこそ、神童、あるいは稀代の天才と呼ばれるくらいには。だが、そのせいか、時々こうして授業を抜け出そうとする。曰く、授業が面白くないのだ、と。

 そんな彼を探すのは、いつもユニの役目だった。


「ここだよ、ユニ」


 ふと、上から声がかかる。見上げると、そこにはユニが探していた彼――アストこと、アウグストの姿があった。

 どうやら、また、はしごの上で読書していたらしい。その手の中には、分厚い歴史書。彼は何故かこの手の本を好んだ。


「はしごの上での読書は、危ないですのよ?アスト」

「相変わらず、心配性だね。ユニは」


 ぷくっと頬を膨らませて怒るユニを、アウグストは微笑ましく見つめる。まるで、子どもを見守る親のように。

 実際、ユニは子どもだ。アウグストより、七歳も下の年端も行かぬ幼子。

 自分でもそれを言い訳にしてるのに、こういうときには悔しくなる。


「……だって、言わないでアストが死んだら、どうするの?」


 伝えたいものは、その場で言わなければ。

 その考えは、ずっと昔からユニの中で燻っていた。不思議と、そうしなければ後悔すると、知っていたのだ。

 アウグストは目を見開くと、ユニを抱き上げる。口では心配ないと言いつつ、いつの間に降りてきていたらしい。


「そうだね。ゴメンよ、ユニ。……だから、泣かないで?」


 涙を溢すユニに、アウグストはオロオロする。

 神童、そう呼ばれる彼は、滅法この少女の涙に弱かった。それこそ、唯一の弱点と言われるほど。

 それはそうだ。アウグストにとって、ユニは自分の全てなのだから。


「ユニ、ユニ。私の可愛い人。何より大事な―――宝物」


 そう耳元で呟くと、ユニは「本当に?」と言ってパッと顔を上げた。パチリ、アウグストは瞬きをする。


「本当に、私はアストの宝物なの?本当なの??」

「……そうだよ?どうして、そんなに疑問に思うのかい?」


 ハッキリした物言いが基本のユニにしては珍しく、自身の毛先をつまんで、「だって」ともじもじ、「でも」ともごもご。可愛らしく、言い淀む。上目遣いで、チラチラ、アウグストを窺いながら。

 不思議に思いながらも、アウグストが促すと、ようやくユニは答えた。

 それは、意外なものだった。



「言われたの。私は、アストに相応しくないって。

 ―――私は、災いの子だから」




 わざわいの、こ?

 アウグストが再び瞬きすると、一拍遅れて、あ、と気づく。そうか、先ほどやけに毛先を弄っていたのは。


 ――黒髪、だからか。


 アウグストは、ふっと微笑むとユニの頭を撫でる。まるで、何にも気にしてないよ、と伝えるように。何度も。慈しむように。


「大丈夫だよ、ユニ。……私が、災いなんかに負けるわけないだろう?」


 本当は、黒髪と災いなんて関係ないよ、と言ってあげたい。

 でも、もし後でユニがアウグストがそう言ったと他の者に告げたとして、証明できるか、と言われたら難しい、と言うのが現状だ。

 存在するものの証明より、存在しないものの証明の方が難しいように。


 だから、今は。

 こうして安心させてあげる他なかった。


 ユニは、ちょっと考えるそぶりをして、結局分からなかったのか、にぱっと笑うと「アストが大丈夫なら、いいよ」と言った。

 アウグストにとっては、その答えで充分だ。


「ね、大好きなの。アスト」


 何の含みもない、純粋無垢で綺麗な笑顔でユニは言う。

 それを見るたびに、アウグストは、この笑顔を守るためなら、何でも出来ると思うのだ。あぁ、彼女に尽くすことは、何て幸せなのだろう。


 そんな内心を上手に隠して、アウグストはユニに微笑みかける。ユニの前では、余裕のある格好いい男でありたいから。


 ……もし、この場に第三者がいれば、驚愕し、戦慄するだろう。あの、冷血で無感動な()()()()()()()が、女性相手に優しい笑みを浮かべていることに。

 普段なら、会う人全員に変わらぬ無表情を貫く王子が、である。



 ふいに、ユニの首がカクン、と傾ぐ。

 まだ幼いユニは、そろそろ昼寝の時間なのだ。こくりこくりと船を漕ぎ、それでもアウグストの服を掴んでいる。

 可愛らしいユニの仕草に悶えつつ、行動は冷静に。とろとろと、今にも眠りにつきそうな小さな身体を横抱きにして、アウグストは備え付けのソファーへと移動する。

 そして、そこに座るとアウグストは、ユニの頭を自身の(もも)の上に乗せた。俗に言う、膝枕だ。


「……私は、愛してるよ。―――おやすみなさい、ユニ」


 アウグストがそう告げると、ユニは安心したように完全な眠りについた。

 ユニにとって、世界で一番落ち着くのは、大好きなアウグスト側だ。誰がなんと言おうと、アウグストだけは、無条件で信じられる。



 信頼感の溢れる素直な寝顔のユニ、そしてそれを愛おしくて堪らないと見下ろすアウグスト。

 ――寄り添い合うその光景は、まるで絵画のように美しかった。



 *




「バカだなぁ。私がキミを手放す筈がないのに」


 確かに、黒髪ゆえに彼女を私から引き離そうとする派閥があるのは知っている。

 不吉だ、と言って、王族そのものから遠ざける。由来も分からない、意味不明で無価値な行動。彼女――ユニも、その因習により生家で冷遇されていた一人だ。

 ……もっとも、そのお陰で、私はユニと出会えたのだが。悔しいことに。


 そもそも、そんなもの私が気にするはずもない。王族たるもの、根拠のない迷信などに踊らされていては、下々に対して示しがつかないだろう。

 また、他国には黒髪も少なくはない。外交官や招待した貴族・王族を黒髪だからと蔑ろにするのは、せっかく平和なこの国を乱す行為に他ならない。


 それに何より、私も過去には黒髪だったのだ。


 ……この世界で生を受けたときより、ずっと前に。



 今のユニは覚えていないだろうが、私たちはこことは異なる世界で生きていた。

 その世界では、私が女で、ユニは男だった。歳はほぼ同じで、二人とも夏生まれ。

 そして、私たちは、同級生だった。


 と言っても、ほとんど接点はなかったのだ。――前世の私が死ぬ、一ヶ月半前までは。

 そう、私が()と交流を重ねたのは、実質ほんの一ヶ月半だけだった。

 その間に、私は――恋をしたのだ。


 それはもう、ドキドキしたしワクワクもした。当時の私が好きだった物語のように、ずいぶんと可愛らしい想いをもて余して。自身に、こんなに乙女らしい感情があるなんて……!などと、驚いたりもして。

 ついにはラブレターなんて書いたものだ。……少々、ツンデレ気味な文だったが。


 だが、それは。その想いは。その、感情は。

 実るどころか、花を咲かせる前に、無惨に刈り取られてしまった。


 死因は分からないが、夜道を歩いていて、ただ突然全身が熱くなって――それから、意識が落ちたのは覚えている。


 そして、いつの間にか、私はアウグストとして生まれてきていたのだ。



 ふと思うのは、前世の想い人である()のことだ。

 彼が、今はユニだと言うのは、一目で分かった。初めて見たとき、魂が「彼だ!」と思ったのもあるが、どことなく見た目も似ているのだ。ちなみに私も、前世の私に少し似ている。男女差のせいで、何となくだが。


 前世の私が死んだ後、彼はどんな人生を送っていたのだろう。



 私のことなんて、すぐに忘れてしまっただろうか?


 恋人はいたのだろうか?

 結婚はしたのか?

 子どもは?

 孫は?


 ――何でもいい。全ては、分からないことだ。今では、永遠に。

 でも、どうか。



(最期まで幸せだったなら、いいなぁ)



 いや、それは嘘だ。私は、そんなにお綺麗な人間じゃない。

 本当は、本当の望みは。


 ―――いっそ生涯、私に縛られていたら。


 なんて。浅ましい独占欲と、病んだ彼女の髪より黒い想いで綯交(ないま)ぜになっていて。ずっと、それを抱えて生きてきたのだ。

 生まれ変わった彼――今は彼女である、ユニと出会うまで。



 そう言えば、彼女を婚約者に指名したとき、母はともかく、父には一切反対されなかった。

 きっと、聡い父は私の歪みに気づいていたに違いない。普段は上手に猫を被って隠した、どうしようもない私の本性を。


 結局、黒髪や冷遇されていた過去をあげつらい、反対し続ける母を説き伏せたのも父だった。確か、ユニの生まれ―公爵家だったか―を理由にしていたかと思う。

 あの家はユニの両親は最悪だが、ユニの祖父である現・公爵と後継の次男はまともなのだ。繋ぎを作っておいて、損はない。

 その代わり、私が正式に立太子したあかつきには、ユニは公爵の次男の養子にして、長男夫婦は切り捨てるつもりだ。処刑か、終身奴隷か。……横領ならまだしも、禁止薬物まで手を出しているから、当然の罰だろう。


 煩かった母も今では、ユニを手に入れて心の均衡を保てるようになったことで、以前よりさらに(さか)しくなった私が()()()()()事で、何も言わないどころか積極的に彼女を可愛がるようになった。……急に失踪した愛人の末路について教えただけだが。

 公爵家に加え、王妃の後見もあれば、彼女の地位は安泰である。揺らがないし、揺らがせない。

 この先、ずっと。永遠に。



 ……あぁ、きっと。私は死んでも変わらない。

 私は元々―前世も含めて―、人間関係には淡白で。代わりに執着した()は、手放せない性質(たち)なのだ。絶対に逃がさないために、外堀を埋めて、囲い込んで、懐で大事に愛するのが理想だ。

 それは、前世から変わらない。魂に刻まれた、私自身。


「ユニ。私の―――最愛(ディアレスト)


 もう、離さないよ。そう言って、私はユニの黒髪に口づけを落とした。


↓↓↓設定など↓↓↓

◎登場人物

アウグスト(王子)

 前世名・村澤 葉月。享年十六歳、死因は背後からトラックに追突されてのショック死。

 弱冠十二歳にして、神童の名を欲しいままにしている。が、これは前世の記憶の知識を流用してるから。だから、歴史や国語はやや苦手。

 死んだことで、元々素養として持っていたヤンデレが加速。もうユニを逃す気はさらさらない。ユニが死んだら、その場で自殺するレベル。

 名前の由来はドイツ語で、八月=August(アウグスト)より。


ユニ(公爵令嬢)

 前世名・吉田 純。享年三十二歳、死因は肺炎による病死。

 現時点では記憶は戻ってないが、十年後ぐらいに思い出す。でも、アウグストの正体に気づくのは、結婚後である。←鈍い。

 前世ではヤンデレ予備軍だったのに、今世では天然系女子に。ついでに生い立ちのせいで、自己評価は低め。でも、アウグストは大好き。

 名前の由来はドイツ語で、六月=Juni(ユニ)より。



◎裏事情など

 二人が転生したこの世界は、実は純の姉・萌依(めい)の小説を原作として作成した乙女ゲームの世界。

 宮廷モノなので、ストーリー開始はユニの夜会デビュー後、つまり十年後。アウグスト二十二歳、ユニ十五歳である。


 ちなみに、アウグストはメインヒーローで、ユニはアウグストの婚約者=悪役令嬢(ライバルキャラ)

 本来のシナリオ上の二人の関係は、


  アウグスト|(壁)|♥←←←←ユニ


だった。だが、二人が転生して、アウグストに記憶があることで、現状は、


  アウグスト→→→→→♥←ユニ|(壁)|


である。シナリオ、すでに崩壊。


 余談だが、作中でユニを災いの子と称したのは(のち)のヒロイン(記憶持ち。二人とは無関係な第三者。でも、この乙女ゲームのファン)である。

 全てに対し無関心なはずのアウグストの行動がおかしいことから、ユニを記憶持ちと決めつけ、牽制した結果の行動だった。実際には、完全に裏目に出ている。


 ユニが十年後に思い出すのは、夜会デビューの際、入場口を見て「あれ、何か見覚えが……」からの「ここ、姉貴の乙女ゲームの世界じゃね!?」となったから。オープニングのスチル(?)である。

 自分が悪役令嬢と気づき、破滅フラグを回避するためにアウグストを避けるようになる。だが、その対応にアウグストが発狂。

 一ヶ月の我慢のあと、ユニを拐い自室に閉じ込め、既成事実を作り上げる。その後、半年で結婚。形式上の初夜の際にユニは、アウグストの正体を知った。

 アウグストのヤンデレ具合に戦くものの、それでも、前世からの恋が叶って幸せ。

 伝説のラブラブ夫婦となる。



 何故、二人が同じ世界に転生できたかと言うと、前世でユニ=純がアウグスト=葉月の来世を縛ることを願ったから。

実は、純の執念の賜物だった。末恐ろしいカップルである。


読んでいただき、ありがとうございました。

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