表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第三章 対帝国編
99/144

098 リングガウの戦い2

 ジルたち魔術師隊も戦の渦中に巻き込まれていた。下級の魔術師たちは敵前衛にスリープをかけて眠らせ、フレアで攻撃する。高度な魔法が使えるジルは、ファイアーボールを敵中軍に叩きこみ、広範囲に破壊の炎を撒き散らした。魔導師リュファスの指導通り、範囲攻撃魔法を重視しているのだ。


 一方、敵の魔術師からもアタナトイや魔術師隊に対して魔法が飛んでくる。どちらも予め防御魔法をかけているので、それほど大きなダメージはないが、帝国軍は予想以上に魔術師を多く揃えているようだった。ジルの周辺にも敵魔術師からファイアーボールが着弾した。幸い、ジルの指には魔法の加護を与えられた指輪がはめられている。この指輪は戦の前にレニから届けられたものだ。


 レニ=クリストバインは、ジルの授業で戦いの様子を聞き、彼の身が心配で仕方がなかった。だが、一学生であるレニには彼を戦場で助けるすべがない。それが彼女にはもどかしかった。そこで、父親から与えられていた魔法のリングをジルの元へ届けさせたのである。


 戦時ゆえ前線へ手紙や物品を送り届けるのは難しいことだが、彼女はクリストバインの名を利用した。英雄レムオンの活躍によって、クリストバインの名は鳴り響いている。いつもなら家柄を利用するようなことはしないが、こんな時だ許してもらおう、レニはそう考えたのである。


「敵は歩兵が多いようだな。騎馬隊の数は我軍とそれほど変わらないようだ。魔術師隊は敵歩兵隊を重点的に攻撃せよっ!」


 アムネシアが指示を飛ばす。敵の数はシュバルツバルトの約1.5倍、編成上確かに歩兵が多いようだ。シュバルツバルトでもそうだが、貴族や上級の戦士はほぼ騎兵であり、歩兵は平民など下層の人間がほとんどである。騎兵は防御力の高い鎧や良い武器を持っているが、歩兵の武装は最低限のものである場合が多い。


「防御魔法がかけられマジックアイテムで武装している騎兵隊に比べ、歩兵はほとんど抗魔力を持たない。威力の強い魔法よりも、手数や攻撃範囲を重視した方が良いだろうな」


 ジルの隣でリュファスがそうアドバイスした。リュファスは宮廷魔術師としての階級でジルよりも上である。王宮は魔法戦力を厚くするため彼を派遣したのである。


「一対一とは違ってこのような乱戦には、召喚魔法も有効だ。召喚した魔獣は継続的に敵を攻撃できるからだ。どれ、私もそろそろ一働きしようか」


 リュファスは熟達した動作で詠唱態勢に入った。彼がこれまで魔法を使っていなかったのは、老齢に入って魔法を使える回数に限界があるからである。ここぞという時に使う気だったのであろう。


 リュファスは召喚魔法でイフリートを出現させた。第四位階の召喚魔法で、使いこなすには非常に高度な技術を必要とする。イフリートは炎で敵を攻撃するため、火の元素系魔法を継続的に唱えるようなものである。リュファスはこのイフリートを敵軍の真ん中に召喚し、敵を焼き払ったのだ。


(凄い、さすがは魔導師)


 ジルは改めてリュファスに敬意を抱いた。少数の戦闘で召喚魔法を使うのは難しいが、確かにこのような大規模な集団戦では有効なようだ。ファイアーボールを何度も唱えるよりも、コストを減らすことが出来るからである。


 ジルはリュファスを見て、さらに頑張らねばと思った。自分の持つ最大の範囲攻撃魔法、インプロージョン(爆裂)の詠唱に入る。


「ジー・エーフ・リース サルモン・ド・エルジリエス・ルー モンテスト・バルゼル・ラキュース イゼット・オーム・ユル・レリーフ 大気に満ちた破壊の精霊よ、我が手に集まりてぜよ!」


 帝国軍の中心に光点が収束し、そして放射状に爆発が広がった。爆風と爆炎によって多くの帝国軍兵士が吹き飛ばされる。密集していただけに、その被害は大きい。インプロージョンによって100人ほどの戦士が死傷しただろう。リュファスやジルの威力のある魔法攻撃を見て、帝国軍は密集隊形を避け散開するようになった。


「ジル! そっちに厄介な奴が行ったぞ。注意しろ!!」


 声のした方を見ると、馬上からバレスがこちらに顔を向けていた。彼にしては珍しく緊迫した表情を浮かべている。厄介な奴とはどのような敵だろうか、とジルは思ったがそれはすぐに分かった。一人の軽装な戦士が異常な速さで軍の間をすり抜け、魔術師隊に迫っていたのである。


(あの異常な速さはヘイストか)


 ジルは正確にその秘密を見ぬいた。敵の騎士はヘイストをかけている上に、通常重いプレートメイルを着るところ、最低限の軽い鎧を身にまとって速さを増していた。戦場で見ると、その速さは驚くべきものだ。


「そいつは疾風のアルフレートだ!! 帝国軍でも有名な奴だぞ!!」


 バレスが更に魔術師隊に注意を喚起する。バレスはアルフレートを阻もうにも、周囲を敵に囲まれていて動けない。また例え動けたとしても、アルフレートほど器用に素早く移動することが出来たかどうか。


「疾風のアルフレート」は、バレスとは異なる方法で戦場で先駆けし、敵将を討ち取るなど数多くの武功をあげてきた。彼は異常な速さで敵陣を駆け抜け、目当ての武将を討ち取ると、長居せずすぐに自陣へと帰る。


 彼の標的となるのは常に敵の大将や部隊長であり、指揮官としては常に油断ならない恐るべき相手である。この時、戦場で活躍するリュファスやジルを見て、アルフレートは対象を魔術師隊に絞ったとみえる。


「ぐあっ」


 すでにアルフレートは魔術師隊まで到達していた。アルフレートの神速の剣技によって、味方の魔術師が斬られていく。魔術師隊の近くには総司令官のアムネシアもいる。彼女は全体の指揮をとっているため、まだアルフレートの接近には気づいていない。このまま放っておいては取り返しのつかないことになりかねなかった。


 魔術師隊の周囲には、護衛のための騎士がつけられている。彼らは魔術師隊を守るためアルフレートに打ちかかるが、ことごとくかわされ逆に斬られていった。こうなると魔術師隊は敵を攻撃するどころではなくなっていた。


 アルフレートの強さはその素早さにある。とりあえずその速さを打ち消せば討ち取ることもできるだろう。リュファスはイフリートを中断し、アルフレートにスロウをかけた。


 バチッ!


 アルフレートの周囲で何かが弾ける音がして、リュファスの魔法を打ち消した。


「なに!?」


 リュファスとジルが驚きの表情を浮かべる。攻撃魔法に対する防御魔法であれば、呪文を完全に打ち消すことなど出来ないはずだ。こちらの呪文を防ぎつつ、ヘイストで速さを増している。この二つは両立するのだろうか。


「メルキオール・イシュリーダ・バルトリート・ヘリクス ジス・オルムード・ウルス・ラクサ 火の精霊よ集まりきたれ 我ここに汝が枷を解き放ち 破壊の力となさん」


 突然ファイアーボールを詠唱するジルを見て、リュファスは大きく眼を見開いた。


「おい! ここでファイアボールを撃つつもりか? 味方を巻き込んでしまうぞ!!」


 リュファスはジルを止めようとしたがもう遅かった。呪文が完成する。


 ファイアーボールは王国軍の上空で爆発した。炎の余波がその下にいる兵士たちに振りかかる。


「なにを!?」


 リュファスはジルの行動に驚いたが、とりあえず味方に被害を出すこと無く終わりほっとしていた。しかし、ジルは何のために無駄な魔法を使ったのか。


 突然近くでファイアーボールが爆発したことに、アムネシアも驚いた。彼女は初め上空を見つめ、そしてその下に目を向ける。すると、こちらに顔を向けていたジルと目が合った。彼は何かを指差している。その先にあったものは、異常な速さで次々と王国軍の戦士を倒していくアルフレートであった。


 アムネシアは、直感的に事態の深刻さを理解した。


「おい! あの戦士を討ち取れ。魔術師隊が全滅するわ!」


 護衛の騎士たちにアルフレートを倒すよう指示した。彼らはバレスには及ばないものの、アタナトイに所属するりすぐりの戦士である。


 だが彼らですらアルフレートを止めることは出来なかった。2人、3人とアルフレートに倒されていく。


「ちっ」


 アムネシアは人知れず舌打ちをしていた。幸い前線ではシュバルツバルトが優勢に戦いを進めているが、いまアルフレートのために自分を中心とする中軍から崩されかけている。この戦に勝つためには奴を排除しなければならない、アムネシアはそう結論にいたった。彼女は自ら剣をとり、戦う決意をしたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ