表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第三章 対帝国編
97/144

096 新たな戦い

 パトラに滞在して9日後、ジルたちは再びバルダニア王に呼びだされた。ロクサーヌを通してモデルン鉱山他の条件が伝えられ、検討に値すると思われたのだろう。一行が謁見の間に行くと、ラスカリス3世が機嫌良さげな様子で出迎えた。


「よく来たな。待たせてしまったが、バルダニアの食事や街は存分に楽しめたかな?」


 9日も放置されたことの皮肉の一つも言いたいところだが、ルーファスはおくびにもそれを出さなかった。


「はい、バルダニアの風俗はシュバルツバルトとはかなり異なりますので、見るもの、触れるものが全て新鮮でした」


「ははは、それは良かった。それで、今日君たちを呼びだしたのは、先ごろの貴国との関係改善について、条件を確認するためだ」


 ラスカリス3世が「条件を確認するため」と言ったのを聞いて、ルーファスは王が基本的にシュバルツバルトと結ぶつもりがあることを悟った。


「わかりました。単刀直入に申し上げます。我々は貴国に対してモデルン鉱山を譲渡する用意があります」


「ふむ、それくらいはな」


 ラスカリス3世は内心の喜びを顔に出さず、当然のことのように振る舞った。彼が一番確認しておきたかったのは、鉱山についてだった。


「採掘権などではなく、鉱山そのものを譲るということだな?」


「そうです。現在モデルン鉱山が国境となっていますので、やや国境線が変わるものと思います」


 モデルン鉱山は長く両国が争奪を繰り広げた鉱山であり、これがシュバルツバルトに支配されているのは、バルダニアにとって屈辱だった。経済的な利益を与えるだけでなく、このバルダニアの恨みを解消することこそ、今回の関係改善においては重要なことなのだ。


「前に提示してもらった条件にプラスしてとういうことで宜しいかな?」


「はい、もちろん貴国が欲する交易の再開も含まれています」


「それで、貴国が我々に要求することは?」


 ルーファスはロクサーヌに示した条件をそのまま伝えた。


「ふむ、我らに中立を守れというのだな。成り行きによっては、我らも帝国に攻め込むがそれは宜しいかな?」


「それは貴国の自由です。ともに帝国を攻めるということであれば、我らも望むところです」


 恐らくバルダニアが参戦するとなれば、シュバルツバルトの優勢が決定的になってからのことだろう。滅びる帝国から少しでも分前を得ようとするはずだ。シュバルツバルトとしては迷惑なことだが、今の段階でそれを咎めるのは難しい。


「宜しい。それでは我らはともに矛を収め、より良い関係を築いていこうではないか」


 ルーファスはラスカリス3世に頭を下げた。これで交渉は成立し、彼は肩の荷を下ろすことが出来るというものである。


**


 バルダニアとの交渉が成功したことにより、シュバルツバルトはギールに駐留するサイクス=ノアイユの第三方面軍などを帝国へと回すことができるようになった。


 もちろん、バルダニアが約を違える可能性を考え最低限の軍を置いておく必要はあるが、モデルン鉱山の獲得に満足したバルダニアが、すぐさま敵対する可能性は低い。シュバルツバルトは懸案であったバルダニアとの対立を解消し、ようやく帝国との戦いに集中することができるようになったのである。


 ここにおいて、シュバルツバルトは帝国に対して大規模な進攻作戦を展開することにした。シュライヒャー領周辺に展開しているレムオンが東へと進み副都リエージュを攻め、それに合わせて、フリギアに駐留するアムネシアの第二方面軍が北進し、帝都ドルドレイの南にあるアルスフェルトへ進攻する。そしてサイクス=ノアイユが、後方からレムオン、アムネシアの軍を支援することになった


「ジル、あなた大規模な戦いは初めてだったかしら?」


 フリギアを出発する準備を整えながら、アムネシアは側に控えるジルにそう語りかけた。ジルはこれまで匪賊討伐などの小規模な野戦や500人の兵を率いたフリギア解放戦争を経験していたが、今回のような数万単位の戦いには参加したことがなかった。


「ええ、さぞかし凄い迫力なのでしょうね」


 ジルの言葉にはやや演劇を鑑賞するかのような響きがあった。未だ経験したことのない本当の戦を想像するのに限界があるからである。


「数千人の人間の怒号、うめき、野戦ならぶつかり合う騎馬隊、攻城戦なら数千の矢が飛び交い、投石器の石が乱れ飛ぶ。大規模な戦はそのなかで平静を保つのが難しい。私もそうだったわ」


 アムネシアは、配属されたばかりの新人に教えるかのごとくそう言った。実際魔術師であるジルは、戦士と違って圧倒的に実戦経験が少ないのだ。


「アムネシアさまでもですか?」


 ジルはそれを聞いて意外に思った。いつも余裕に満ち、誇り高いアムネシアが、過去のこととはいえ自分の弱さを素直に認めるとは思わなかったのだ。


「当然でしょう? 誰もが通る道よ。バレスを見てみなさい。奴はいまでも平静を保てていないわ」


 アムネシアの視線の先には、兜をかぶろうとしている副指令のバレスがいた。ジルはバレスが「狂戦士」と呼ばれているのを思い出した。


「確か狂戦士と呼ばれているんですよね?」


「そうよ。ただ狂ったように突撃することしか脳のない男。まあ、常に我らアタナトイ(不死隊)の先頭に立つのは、並の戦士にはできんことだけれどね」


 褒めてるのかけなしているのか分からない。いまだ人生経験の少ないジルには、この二人の関係について正確に洞察することはできないが、これで双方とも案外と信頼しあっているのだ。口に出しては憎まれ口ばかりなのだが。


 アムネシアが今回率いるのは、フリギアに駐留するほぼ全軍の一万である。その中核は500人のアタナトイであり、ほかに騎兵2000,歩兵7500の構成となっている。また支援のため王室から派遣された者も含め、全部で20人の魔術師が従軍している。


 そしてもう一人、ジルよりも格上の「魔導師」リュファスも特別に第二方面軍に参加している。王宮に務める5人の魔導師は、局地戦に従軍することはほとんど無いが、今回は帝国との重要な戦いになるため、とくに派遣されてきたのである。


 本来であれば、20人の魔術師隊は上級魔術師であるジルが率いるはずである。だが今回はより格上のリュファスがいるため、彼が魔術師隊を指導することになる。レムオンの軍にも同じく魔導師を派遣していることから、シュバルツバルトがこの戦いにかける並々ならぬ意思が感じられた。


 リュファスは今年50歳になるベテランの魔術師であり、円熟味を感じさせた。実は魔法の力は経験が長ければ良いというものではない。高齢になると体力や気力が続かなくなり、魔法を数多く使えなくなる。そのため魔術師としてのピークは30代半ばから40くらいと言われているのだ。


 リュファスも全盛期からすれば力は衰えているが、賢者としての才で王国に貢献している。魔法でも高度な攻撃魔法を使いこなすテクニックは健在である。ジルは、戦争における魔術師としての心構えや振る舞い方を、このリュファスから教わっていた。今まではジルが魔術師として最高位であったため、学ぶ対象がいなかったのだ。


「魔術師は軍においてどんな時でも冷静でなければならない。興奮することで力を増す戦士と違い、魔法には平常心が必要だからだ。こんなことは常識だと思うが、意外と戦場に立つと守れないものだ」


「常に周囲に気を配り、敵の攻撃魔法が飛んでこないか気をつけろ。集団戦では単体への強力な魔法より、ファイアーボールのような範囲攻撃魔法が凶悪な威力を発揮する」


「魔術師一人は戦士50人、いやそれ以上に相当する。まずは敵の魔術師を潰すことだ。当然敵もそれを狙ってくるから、対抗魔法を怠ってはならない」


 リュファスは懇切丁寧に新人の心得について教えてくれた。ジルはそれを心に留めて、帝国との大会戦に挑もうとしていた。

この話が面白いと思って頂けたら、ぜひすぐ下の評価を押していただけると、作者は大変喜びます!


ご協力お願いします。m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ