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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第三章 対帝国編
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095 魔導師ロクサーヌ

 ロクサーヌは、バルダニアのエジネという地方に生まれた。モングーやキタイと近く、東方世界の影響が色濃い地域であり、ロクサーヌはそこに住むヘダットという少数民族の出身である。人口千人ほどと少なく、東方世界との混血が進んでいるせいか、顔は彫りが深く、エキゾチックな顔立ちを特徴としていた。


 ヘダットは古くから伝わる伝統を重んじる。彼らには自分たちを教え導く「神託の巫女」という宗教的な指導者がおり、独特の方法で選ばれることで有名である。その方法とは、前代の巫女が亡くなった後、神官たちが占いにより、その年に生まれた赤子から特徴に符号する赤子を「神託の巫女」として選ぶというものである。


 「神託の巫女」は文字通り女性に限られ、選ばれれば一生神聖な存在としてヘダットを導く存在とならねばならない。ロクサーヌはその「神託の巫女」として生まれたのである。


 「神託の巫女」は伝統文化に根差した存在であり、必ずしも選ばれたからといって特殊な力を持っているわけではない。むしろ神聖魔法を使えるなどの力があれば、歴史にのこる「神託の巫女」として記憶されるだろう。


 ロクサーヌは幼き時より、確かに自分には人にない力が宿っていることを感じていた。だが、それと同時に、自分が決して「聖」なる者ではないことも知っていた。彼女は自分の民族の伝統、将来、そうしたものに興味は無かったのだ。そして同胞を守るということにも。彼女は、自分がどこか人として欠落しているところがあるのを自覚していた。彼女は勝手にしかれた「神託の巫女」という宿命に困惑していたのだ。


 12歳になった頃、ロクサーヌは自らの宿命と決別する覚悟を決めた。彼女は密かにヘダットの貴族に取り入り、その一人息子と将来の約束を交わした。バルダニアでは少数民族を優遇する制度があり、入学が難しい魔法学校に入るための優先枠がある。もちろん魔法の才能がなければ入学できないのだが、ロクサーヌには十分な力があった。彼女は貴族を通して、その枠でパトラにある王立魔法学校に入学したのである。


 彼女は「神託の巫女」として神聖な力はついぞ持っていなかったが、魔法に関して突出した才能を持っていた。魔法学校でメキメキと頭角をあらわすと、主席で卒業、そのままバルダニアの宮廷魔術師となったのである。


 この頃、彼女はヘダット貴族との婚約を一方的に解消した。貴族の若者を利用するだけ利用し、そして冷淡に捨てたのである。侮辱されたと考えたヘダット貴族は、以後ロクサーヌを憎み、つけ狙うことになった。


 宮廷魔術師として初めて戦場に出た時、ロクサーヌは自分の命を狙う暗殺者の存在に気がついた。彼女は炎の魔法で暗殺者を焼き尽くし返り討ちにすると、これを機にヘダット貴族との全面対決を決意した。彼女は王宮に一時休暇を願い出ると、懐かしきヘダットに帰郷し、貴族の館を焼き討ちにした。燃えゆく館の炎で顔を赤く染めながら、ロクサーヌは「神託の巫女」としての過去とけりをつけたのである。


 このように、ロクサーヌは容赦のない戦いぶりで有名になり、魔術師として昇りつめ魔導師となった。バルダニアの魔導師は7人、その中で彼女はとりわけ若かった。その彼女に新たに与えられた任務は、ルーンカレッジの教員となり、フリギアで諸国の情報を収集することであった。


 フリギアはシュバルツバルト、バルダニア、帝国の緩衝地帯であり、ここで暮らす市民以外の人間は、多かれ少なかれ自国のために活動しているものだ。ルーンカレッジ側も、それを分かった上で彼女を受け入れるのだ。


 ロクサーヌはこの学園で教員となり、建前上の目的ながら次代の魔術師を育てることになった。しかし彼女はすぐに失望した。学園長のデミトリオスは伝説的な魔術師で尊敬できるが、あとの教員は第4位階の魔法も使えない低レベルな魔術師ばかりであった。そして学生たちも魔法を学ぶ情熱を持つ者は少なく、第2位階の魔法を習得して満足して卒業していく。そんな者に、魔法を極めんとする自分がなぜ教えないといけないのか、彼女にとっては時間の無駄としか思えなかった。


 そんな時、ロクサーヌはこの学園で一人の男子学生に出会った。それは授業が終わった放課後、あまり人が来ない中庭だった。ロクサーヌは男子学生が一心不乱に詠唱の練習をしているのを見た。それだけならこの学校では珍しくも無いが、一回一回微妙にルーンを変えている。それは上級の魔術師でないと気がつかないだろう。


「何をしているのだ?」


 学生は一度では気付かず、二度目の呼びかけでようやくこちらを振り向いた。


「フレアのルーンを任意に変えることで、どのように効果が変化するのか実験しているんです。ええと、失礼ですが先生でしょうか?」


「教員のロクサーヌだ。私を知らないのか? 何年生だ?」


「1年生です。すみません、入学したばかりでまだ先生の顔と名前が一致していなくて」


「1年生だと? もうフレアが使えるのか?」


 入ったばかりの新入生が第二位階のフレアを使えるというのはただ事ではない。通常中級クラスに上がってからか、あるいは上級クラスになってから習得する学生も珍しくないのだ。


「それで具体的にどのような実験をしていたのだ?」


 ロクサーヌはこの学生に興味を持った。学生によるとフレアの威力、射程、効果範囲を毎回記録しているという。必ずしもフレアを有効に使うためというわけではなく、魔法学的にただ純粋にその変化のあり方に興味があるという。彼女はこの学生の魔法への向き合い方に好感を持った。


「どれ、私で良ければ君の実験につきあってやろう」


 ロクサーヌは、毎週同じ曜日、同じ時間にこの学生と中庭で魔法の実験を行った。最初はフレアから始まり、ファイアーボール、ライトニングボルトなど様々な魔法を試してみた。彼はひたむきに魔術に取り組み、自分と同じく他のことには関心がないようだった。彼女はかつての自分を見ているような気がした。この実験は彼が中級に上がるまで一年間続いたのである。


 ロクサーヌには教員としての意識は全く無かったが、彼がどのような魔術師として成長するのか、それを見守るのはなかなかに楽しみな気がしていた。帝国のフリギア占領後、彼女は今日その男子学生に再会したのであった。

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