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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第三章 対帝国編
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094 ロクサーヌとの再会

30万字を超えました! 以後もご贔屓に宜しくお願いします

 バルダニアの都パトラに滞在すること一週間、しかしバルダニア側からの返事は一向に来なかった。長く対立していた両国のこと、当然すぐに結論が出せるとは思っていないが、それにしても遅いように思われた。バルダニア側では今回の交渉に関して、喧々諤々(けんけんがくがく)の議論でもしているのだろうか、と一行は気をもんでいた。


 シュバルツバルト側からは、あらかじめ条件を文書にして提示してある。王宮での議論では、モデルン鉱山を条件にバルダニアの好意的中立を勝ち取るよう結論が出たが、交渉技術として最初から鉱山を条件に出すようなことはしない。


 まずは両国の戦争以来途絶えていた交易の再開、とくにバルダニアが求めていたシュバルツバルトの特産の絹織物や銀の交易を再開すること、そしてシュバルツバルト王の姪(王弟の娘)をラスカリス3世の三男に嫁がせること、など一応の好条件を提示していた。


「やはりバルダニアが満足する条件では無かったのかもしれぬな……」


 ルーファスが珍しく憂いを含んだ眼差しをしていた。


「何か国内に問題があって、対応が遅れているだけかもしれません……」


「いや、はなからすぐに返事する気はないのではないか?」


 随行員が話すの聞きながら、ルーファスはバルダニアの意図がどこにあるのかを知る必要があると考えていた。確かに、近年の両国の関係からすれば、手厚い対応を求めるのは難しいのかもしれない。ルーファスの視線がふとジルの横顔に止まった。


「ジルフォニア君……、久しぶりにロクサーヌ殿に会ってはどうかな?」


 ジルはルーファスの意図をすぐには理解できなかった。だが、現在の自分たちの置かれた状況を考えると自然にその言いたいことが分かってくる。


「つまり、バルダニア側の条件を聞いてくれば良いのですね?」


 ルーファスは物分りの良いジルに満足した。いちいちみなまで言わなければならないような人間は、交渉事では使えないものだ。


 ジルは部屋を警備する衛士に、ロクサーヌとの面会を求めた。衛士は一応賓客の護衛を名目としているものの、事実上は余計なことをしないよう監視しているのである。もちろん囚人ではないのだから、パトラ見物をしたりある程度行動の自由は与えられている。実際、時間が有り余っているので街に出掛けて見聞を広めていた。敵情を視察するのも、外交員の仕事のうちである。


「面会の目的は何でしょうか?」


「ロクサーヌ殿は、ルーンカレッジ時代に私が魔法を学んだ先生です。個人的なことで申し訳ありませんが、現在やることもありませんのでこの機会にお会いしたいのですが」


 衛士は後で上役に相談してみましょう、と言ってそのまま部屋の外に立ち続けていた。


「本当に伝えてくれるのでしょうか」


 ジルはルーファスに向かって肩をすくめてみせた。バルダニアは敵地と言って良い。敵地の衛士が親切であるとすれば、それはそれで問題かもしれないが……。


 面会の許可が出たのは翌日のことであった。衛士は思ったよりも早くシュバルツバルト側の意思を伝えてくれたようである。


「バルダニアも我々と意思の疎通を図りたいのかもしれないな」


 ルーファスの意見にジルも同意した。こちらの意図はバルダニア側にも分かりそうなものである。それが分かっていて許可するとすれば、やはりバルダニアも交渉を必要としているのだろう。


**


「久しぶりだな、ジル。ここで会うとは君も出世したものだな」


 ロクサーヌは、自室を訪ねてきたジルにニヤリと笑いかけた。かつてカレッジでよく見た不敵な笑い方だ。彼女に批判的な者は人を見下していると批判し、一部の熱烈な支持者はそんな彼女に冷たくあしらわれたいと願う。綺麗な蒼い髪に長い襟のマントを羽織り、今はバルダニアの魔導師の徽章を胸元につけている。


「本当にお久しぶりです、ロクサーヌ先生。カレッジがフリギアに戻っても先生が戻ってこないことで寂しくなります」


 これはジルの偽らざる気持ちだ。カレッジでジルが手本として認めていた教員は、デミトリオスとロクサーヌくらいのものだ。


「あら、それは嬉しいけど、もともと教員というのは私には向いてなかったのよ。それが分かっただけでもいい経験だったかもしれないわね」


 魔術師にも色々なタイプの人間がいるが、ロクサーヌは地位や名誉、人とのつながりなどにほとんど興味がない。あるのは魔法への尽きぬ興味だけだ。その魔法への執念が、彼女を若くして第五位階の魔法を使いこなす「魔導師」とさせたのだ。ある意味で彼女は最も純粋な魔術師であるともいえる。


「先生がカレッジに戻られたら、今度は先生の同僚になれたんですよ」


 ジルがおどけてみせた。これは大人なロクサーヌに対するある種の甘えのようなものだろう。


「それは残念だったな。そうなれば私としても興味深かっただろうが」


 ロクサーヌは、同じ教員としてジルと肩を並べている自分を想像してみた。そんな未来もなかなかに悪くはなさそうだ。


 だが――


「そろそろ私を訪ねてきた本当の目的を聞いておこうか。ただ懐かしくて来たわけではないのだろう?」 


 ロクサーヌの言葉に、ジルは先ほどまでの馴れ馴れしい態度を改めた。


「本日お訪ねしたのは、シュバルツバルト外交団の意思を代表してのことです」


「ほぅ、やはりな。それで?」


「我々がパトラを訪れて以来、すでに一週間がたちました。その間、バルダニア側からは両国の関係改善に関して何も言って来ません。バルダニア側では我々の示した条件についてまだ議論しているのでしょうか?」


「ははは、私の口からバルダニアの内情を知ろうというのか。……まあ良い、これも私の役目というやつだろう」


 ロクサーヌは余裕の笑みを浮かべている。かつての教え子にほどこしを与えるかのように。


「ありがとうございます。それでバルダニア側では」


「なにも」


「なにも?」


 意味をとり損ね、ジルがオウム返しに聞き返す。


「そう、何もだ。バルダニアでは最初に一度あったきり、何も協議は行われていない」


「なぜです!?」


「あのような条件で本当にバルダニアが動くと思ったのか? 我が国は何もせずしてシュバルツバルトと帝国、どちらからも利を奪える立場にいるのだぞ?」


「関係を結びたいのならもっと良い条件を示せ、ということですね?」


「……」


 ロクサーヌは黙って微笑んでいた。直接指示することはしない、ということだろう。


「では改めてこちらの示すことの出来る最大の条件を提示しましょう。我々はバルダニアとの関係改善にあたり、モデルン鉱山を引き渡す用意があります」


「ほぅ、思い切ったな。それで我々に望むことは?」


「シュバルツバルトが帝国と戦うにあたり、バルダニアは少なくとも我々に対しては中立を守っていただきたい」


「それだけかな?」


「ええ、それだけです。これまでのことを考えれば、そう多くは望めないでしょう」


「分かった。このこと、私が上に伝えて良いのだな?」


 ロクサーヌは笑みをおさめ、真顔になった。


「ええ、これはシュバルツバルトの総意と考えて下さい。むしろ伝えていただかなければ困ります」


「分かった、伝えよう。交渉事の口実とはいえ、君にまた会えて良かったよ。機会があればまた会おう」


 そう言い残すと、ロクサーヌはマントを翻して部屋を後にした。


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