093 バルダニア王との謁見
バルダニア王国はもともとシュバルツバルト王国と一つの国であった。神聖グラン帝国からともに独立した後、イシス教の教義の違いから次第に対立するようになり、シュバルツバルトからバルダニアが独立したのである。したがって、以後は帝国よりもむしろシュバルツバルトとの関係が悪化していた。
両国が直接戦争するに至った背景には、こうしたイシス教の教義上の対立の他に、国境をめぐる紛争があった。両国の国境線には貴重な鉱物資源が豊富にあり、とくにモデルン鉱山はこの地域で最大の鉱山であった。このモデルン鉱山をめぐって初めて起こった戦争が、第一次スリント戦役である。この戦いに勝利したバルダニアは鉱山を自国の支配下におさめた。
そしてシュバルツバルトがモデルン鉱山の奪回を目指して起こしたのが、第二次スリント戦役である。この戦いは序盤バルダニア優勢で進んでいたが、レムオン=クリストバインの活躍によってシュバルツバルトが勝利した。その結果、モデルン鉱山はシュバルツバルトのものとなり、現在に至っている。
バルダニア王国は北を帝国、西にシュバルツバルト、そして東にモングーやキタイと国境を接している。この王国を現在治める国王がラスカリス3世である。バルダニアでは国王がイシス教の指導者を兼任することになっているため、ラスカリス3世は東方教会において最高司祭を兼任している。
ただし必ずしも宗教色の強い政治が行われているというわけではなく、シュバルツバルトよりもむしろ他の宗教に寛容なところがある。それは古くから東のモングーやキタイと交易し、互いに人の交流を持っているからである。そのためバルダニアの文化にはモングーやキタイの影響も大きく、多様性がある。それゆえ、イシス教の教義を厳格に守るシュバルツバルトから、異端と批判されるのである。
バルダニアは古くから政治の中心である都パトラと、交易の中心であるコンスタンツァが役割を分担してきた。コンスタンツァは大陸有数の商業都市として発展し、東西文化が融合した独特の文化を持っている。そのためこの都市に魅せられ長く滞在する人間も多く、「魔都」と称されることもある。
一方都のパトラは、王宮を中心に官僚たちがその周囲に居住し、各役所が集まり官庁街をなしている。もちろんこれらの人間を対象に様々な店もあり、それなりに発展はしているが、商業的発展で言えばコンスタンツァには及ばない。
シュバルツバルトから派遣された外交団は、今このパトラに到着していた。そしてその中にジルも参加していたのである。
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「久しぶりに来たが、相変わらず同じイシス教の地とは思えないね」
団長を務めるルーファスは、バルダニア王宮から街を見下ろしていた。王宮は小高い丘の上にあり、街の全貌を見渡すことができた。この丘にはイシス教の大神殿もあり、王宮を中心として戦時には最後の防衛拠点としての役割も果たすのだ。
ルーファスの言葉を聞き、ジルも全く同感だった。バルダニアの街の建物はもちろんのこと、王宮、果てはイシス教の神殿にいたるまで、バルダニアの建築様式はシュバルツバルトとは異なっていた。一言でいえば、モングーやキタイなどの東方世界の匂いがするのだ。ブライスデイル侯などが見れば「異端め」などと怒りだすに違いない。「同じイシス教の地」というのも本当は微妙な表現なのだ。
ルーファスは待たせていた案内の騎士をうながし、バルダニアの王宮へと入って行った。使者の務めを果たすため、バルダニア王ラスカリス3世に会うためである。一行は謁見の間に通された。
謁見の間には、バルダニアの主要な貴族、軍人、廷臣などが左右にそろっていた。ジルはその中にロクサーヌがいるのに気がついた。彼女は宮廷魔術師の「魔導師」として、国家の重要な決定に関わる身分である。
ルーファスは一行よりも一歩前に進み出て、ラスカリス3世に礼をとった。
「バルダニア王陛下、謁見の許可をいただきありがき幸せにございます。私はシュバルツバルト近衛騎士団団長のルーファスと申します。この度は我が王より使者として派遣されて参りました」
「そなたの名聞き及んでいるぞ。確か『王国の守護者』と呼ばれていたか」
「そのように大層なものではありません。お耳汚しをいたしました」
ルーファスは笑顔を絶やさず、かといって礼を失せず、使者として堂々たる態度であった。さすがは使者として度々他国へと派遣されているだけある。
「それで使者の用向きは何かな? 大体想像は出来るが申してみよ」
「はっ。我が国と貴国との関係改善についてです。両国の間には近年不幸な対立が続いてきました。いまその関係を改める時ではないでしょうか?」
ラスカリスはルーファスの答えを聞くと、皮肉げな笑みを浮かべた。
「貴国は最近帝国と激しい戦を行っている様子、さぞかし大変だろうな。だが我が国には特段何も困ったことは無いのだ」
「近年続いていた我が国との争いが収まれば、王の治世も安定し、貴国も後顧の憂い無く帝国へと進攻できるではないでしょうか」
ルーファスは引け目を全く顔に表さず、淡々と口上を述べた。食えない奴め、とラスカリス3世は思った。明らかに関係改善を必要としているのはシュバルツバルト側であるはずなのに、抜け抜けとバルダニアの利益になると言い、あわよくば帝国へ攻めさせようとしている。
ラスカリス3世は玉座を指先で叩きながら、しばし黙考した。
「これは即座に回答しかねる問題だ。まずはそちらの条件を見せてもらい、こちらも意見をまとめねばなるまい。我らが答えを出すまで、貴公らは数日このパトラに滞在されるが良い。なに、滞在中は不自由はさせない。バルダニアは東西交易で栄えている。貴公らが目にしたこともない珍味も沢山あるでな」
ラスカリス3世は側近を呼んで、ルーファス一行を十分にもてなすよう命じた。自国の繁栄を見せつける意味もあるのだろう。
「分かりました、無理もないお話です。ご配慮感謝いたします」
ルーファスは頭を下げた。これからの交渉次第で結果が決まるのだ、勝負はこれからとルーファスは決意を新たにした。




