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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第三章 対帝国編
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086 帝国の死神

 市庁舎の前には続々と帝国軍が集結しつつあった。反乱軍の標的が市庁舎にあるとの連絡が回っていて、取るものも取りあえず市庁舎に集まってきたようであった。


「予定通りとはいえ、これはちと厳しいですな」


 ジルの横で教会から派遣された司祭が浮かぬ顔でそうつぶやいた。


「そうですね、マルセル殿。しかし我々が苦しければ、それだけ城門側が手薄になる道理です。死力を尽くさねばなりません」


 マルセル司祭を後ろに従え、ジルの視線の先には市庁舎の周囲を固める帝国の大軍があった。その数はすでに2500を超えていた。


 フリギアに駐留する帝国軍の総数は5000、南北の城門にそれぞれ1000の兵が配置されているとして、その他の兵士のほぼ全てが市庁舎に集まってきた計算になる。一方、市庁舎への攻撃以降、騒動を聞きつけて反乱軍に加わった市民もあったが、ジルの率いる反乱軍は1000に満たない。しかも正規の兵ではない戦いの素人ばかりだ。正直なところ、二倍以上の敵を相手にするのはかなり苦しい状況である。


 しかもさすがに司令部の所在地ゆえ、魔術師も数人いるようだ。集団戦における魔術師は、味方に対するプロテクションアーマーやルーンソードといった補助魔法、そしてファイアーボールなどの攻撃魔法が非常に効果的に作用する。すでに敵魔術師の攻撃魔法で少なからぬ被害が出ている。


 ジルは隊のめぼしい者に補助魔法をかけていたが、物理的にこの人数全てにかけることは不可能だ。マジックシールド(魔力障壁)からもれた味方の中には、敵の魔法に焼かれ死亡した者が何人も出ていた。


「敵の魔術師に対抗しないと、お味方は全滅しかねませんぞ?」


 マルセルがジルの横に立って助言してきた。彼は、このフリギアのイシス教会で長く布教活動をしてきたベテランの司祭である。そして司祭である前に、フリギアで育った者として今回の反乱に強い思い入れを持っていた。


「大丈夫です。もうすぐ援軍が来ますから」


 ジルはニコリとマルセルに微笑みかけた。マルセルは、数日前にこの青年に会った時からその魅力に惹かれっつつあった。魔術師としての高い能力だけでなく、人を導くカリスマ性があり、今回戦場では意外にも胆力があるところを見せている。


「援軍ですと?」


 そんな予定は聞いていない、と思ったマルセルにジルが空の方を指差した。


「あそこですよ」


 ジルの指した指先には、フライで駆けつけたミリエルがいた。ミリエルはジルのすぐ側に着地する。


「ちょっと、もう少し前に連絡をよこしなさいよっ! もう始まってるじゃない!」


 ミリエルが腹をたてた様子でジルに抗議した。


「すまんな、思ったより計画の実行を早めたんだ」


 反乱の計画など、いつまでも支配者側に隠し通すことは難しい。多くの市民を味方に引き入れようとすれば、その中には帝国側に内通する者、あるいは帝国側の人間がまぎれていることは防ぎようがないのだ。


「まだ戦いは始まったばかりだ。正直ここの状況はかなり厳しい。お前の活躍の場はちゃんとあるさ」


 ミリエルはジルの視線の先を眺めた。


 少数の反乱軍は、市庁舎から少し離れた場所にバリケードを作って帝国軍を防いでいた。路地を瓦礫で封鎖して、大軍が通れないようにすることで、少数の人数で対抗できるようにするとともに、時間を稼ぐことを可能にしている。だが、敵魔術師の攻撃魔法でバリケードが破壊されつつあった。


「ミリエル、早速で悪いが敵の魔術師を優先的に倒してくれ。放っておくと厄介なことになりそうだ」


「どこにいるの?」


「あそこだ。俺は別の魔術師をやる」


 ジルは正面の敵軍のやや後ろに立つ黒いローブの男を指差した。


「了解。来たからにはちゃんとやるわよ。ちょっと大きな魔法を使うから下がってなさい」


 ミリエルはジルに軽く微笑むと、詠唱の構えに入った。ミリエルに聞いた話では、まだ若いにも関わらず彼女はエルフの中でも魔術師として上位の力を持っているという。このまま成長すれば、エルフ一の使い手になると期待されているらしい。


「バイス・エルムード・アル・シュタイン ウンノ・アルザケス・イシュト・レーゲン エムス・アルスエス・アッダ・エイン エルフを守りし風の精霊よ 立ちふさがりし者を切り裂く嵐となれ!」


 ミリエルの詠唱が終わると彼女を中心として風が渦巻き、巨大な竜巻がいくつも生まれた。周囲はまるで嵐が来たかのように暴風が吹き荒れている。市庁舎前で攻防を繰り広げる敵も味方も、戦いを止めて思わずミリエルの方を振り返った。印を結び呪文に集中するミリエルはハッとするほど美しい。人間の女性の肉感的な美とはまた違う美だ。


「ウィンドストーーム!」


 呪文の完成とともに、竜巻が帝国軍へと襲いかかる。暴風で巻き上げられる者、竜巻で発生したカマイタチに切り裂かれる者など、帝国軍は大きく隊列を崩し、犠牲者を出していた。空に巻き上げられた者は、暴風が終わると地面に叩きつけられ、鎧の重さもあって手ひどいダメージを受けた。


 エルフに伝わる第四位階の魔法「ウィンドストーム」である。風属性の広範囲魔法で、エルフがとくに好む魔法である。かつては侵略してきた人間たちに向かってよく使った魔法だという。


「おお……これは凄い」


 マルセルがその呪文の威力に驚いていた。かくも魔術師とは強大な力を持つ者なのかと。


「彼女は何者なのです?」


 マルセルは当然の疑問をジルに投げかけた。


「私の従者ですよ。地位は低いのですが、一種の魔法の天才というやつです」


 ジルはそう誤魔化した。アムネシアとの約束で、ミリエルの正体は秘密にしなければならないのだ。


「それよりも司祭、この隙に負傷した者に治癒魔法をお願いします」


「心得ました」


 マルセルがジルの指示に従い、バリケードの後ろで敵を防いでいた者たちの傷を癒やしに行く。マルセルは司祭として人を教え導くだけでなく、神聖魔法の使い手としてもなかなか有能な男であり、第三位階までの神聖魔法を使いこなしていた。マルセルはキュアやヒーリングで味方を癒しつつ、ブレスを再度かけ直している。


 ジルはその間、別の魔術師に狙いを定め攻撃魔法を唱えていた。ジルが最も得意とするライトニングボルトである。


「ジー・エルクス・ブリクス・ラムダ スレイド・オリクト・ラムシス・エイダ レイ・アルムード・バイロン・イシス 漆黒の闇間より来たれ 雷光の力 我のこの手に収束せよ!」


 ジルの指先から雷光が放たれ、幾人かの敵兵を貫通した後に紫色のローブの男を貫いた。ジルはその魔術師が指導的立場にいる者だと踏んでいたのである。さすがに高位の魔術師、恐らくは事前に防御系の魔法をかけていたのであろう。その魔術師には決定打にはならなかったようだ。しかし確実に負傷させたため、しばらく魔法は使えないだろう。


「それで計画通り上手くいっているの?」


 ミリエルがジルにたずねる。また来たばかりの彼女には、戦況が全く把握できていない。


「ここまでは上出来の部類だ。予定ではあと少しで南門を制圧し、シュバルツバルト軍が都市内になだれ込んで来る手はずだ。向こうが上手くいっているならな……」


 ジルは南門の攻略に当っているガストンやクリフのことを考えていた。神ならぬ身、向こうの様子は分からないが、彼らは彼らで無事任務を果たしてくれることを願うのみである。


 それから30分後――


 市庁舎をめぐる戦いは大きな変化を迎えていた。帝国軍は明らかに全兵力を用いて反乱軍の築いたバリケードを突破し、南門へ向かおうとしていた。


「ついにバレたか……。予定より早かったな」


 ジルは舌打ちしたい衝動にかられていた。反乱軍が南門を攻撃していることが、司令部に伝わってしまったのだ。いまや帝国軍は全力を挙げて南門の救援に向かおうとしている。


 ジルは知る由もなかったが、これにはちょっとした理由があった。帝国軍がフリギアを占領して約一ヶ月、その短い期間の中でも、フリギア市民で帝国軍に仕官した者がいたのである。

 

 この日非番であったランドールは、南門に来るよう緊急の招集を受けた。クリフやガストンが南門を攻撃した直後のことである。驚いたランドールが南門に向かおうとした時はもはや遅かった。南門に続く道は反乱軍によって押さえられていたのである。そこで彼は仕方なく市庁舎の司令部へ行き、南門の状況を報告したのである。


 ガイスハルトは反乱軍が南門を襲撃していると聞き、事態を正確に見抜いていた。


「ちっ、シュバルツバルトと提携しよったか……」


 彼が事前に想定した中で、最悪の状況が訪れようとしていたのである。彼は副官を呼び、自ら兵を率いて南門へ向かうことを告げた。


「閣下御自身でですか?」


 副官は驚いて聞き返した。彼にはまだ南門を押さえられることの危険性が理解できていなかった。


「そうだ。反乱軍が南門を占領しようとしているのは、シュバルツバルトの軍を迎え入れるために違いない。今回の反乱はシュバルツバルトが裏にいるはずだ」


「シュバルツバルトが!?」


 ガイスハルトに指摘されて、副官も納得がいった。反乱軍は数としてそう多くないことはすでに分かっていた。しかし意外にも帝国軍はその反乱軍に苦戦していた。その理由は反乱軍にシュバルツバルトの支援があるからであろう。


「ここにいる2500の兵を率いて、目の前の反乱軍を突破してやるわ。貴様はここを死守せよ」


 ガイスハルトは危険を前にして、しかし活き活きと笑みさえ浮かべていた。副官はガイスハルトが久しぶりに「帝国の死神」の本領を発揮するのだと悟った。


「ご武運を、閣下。ご存分になされませ」


「おうよ、フリギアを占領した時はつまらぬ戦だったからな」


 ガイスハルトの言葉は戦いに気負ってのことではなく、彼の真の気持ちを表したものであった。都市の占領や統治など、本来彼の性分ではなかった。彼は良き戦を求めていままで戦ってきたのである。


 ガイスハルト陣頭に立つ。その報告を聞くまでもなく、ジルは帝国の驍将ぎょうしょうが戦いに出てきたことを知った。


「あれが『帝国の死神』か……」

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