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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第三章 対帝国編
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083 聖女シーリス

「初めまして、上級魔術師殿。私はシーリスと申します。この度はシュバルツバルト王国の使いで参られたとか。お話をお聞かせいただきましょう」


 シーリスの名乗りを聞きつつ、ジルはなぜかこうした光景をどこかで見たような、そうした既視感を覚えていた。ジルはしばらくの間、じっと聖女の顔を見つめていた。教会の頂点に立つ人物に対して、これは失礼なことだろう。


「ぶ、無礼な! 聖女様の問いを無視するか!?」


 はっ、としたジルはすぐに片膝をついて謝罪する。


「聖女様、失礼いたしました。ご無礼をお許し下さい」


 シーリスが供の聖職者を手で制する。


「この方の態度を見れば、悪意がないことは分かるはず。あなた方は下がりなさい」


「で、ですが!」


「下がりなさい。用があればまた呼びます」

 

 静かだが反論を許さない聖女の言葉で、聖職者たちが部屋から出て行った。


「さて、魔術師殿、改めて用件をお聞かせいただきましょう」


 部下が居なくなると、シーリスの表情が和らいたように感じた。人に好感を与える優しい笑顔を浮かべている。


「私はジルフォニア=アンブローズと申します、聖女さま。王国の上級魔術師に任じられています」


「そのお年で上級魔術師とは珍しい。よほど期待されているのでしょうね」


 シーリスは役目上、多くの王国上層部の人間と接して地位について熟知している。その知識からすれば、10代で上級魔術師など前代未聞なはずだ。


 シーリスの言葉を社交辞令と思ったジルは、軽く苦笑すると今回の来意を伝えた。


「この度おうかがいしたのは、フリギアの解放に神殿のお力をお借りするためです。フリギアで帝国の支配に対する反乱の計画があるのですが、いかんせん数が足りません。そこでフリギアのイシス教団の助力が必要なのです」


「我々に国家同士の争いに力を貸せというのですか?」


 ジルの言葉を聞き、シーリスは笑みをおさめていた。


「本当にシュバルツバルト対帝国の構図であれば、あるいは力をお借りすることはないかもしれません。しかし、今回明らかに非は帝国にあり、フリギアの民が救いを必要としているのです。帝国は自由都市であったフリギアを何の警告も無しに侵攻し、市民にも少なからず被害が出ています」


「……」


 シーリスは黙ってジルの眼を見つめながら話を聞いている。


「なによりフリギアの市民にとって自由が奪われていることが問題なのです」


 ジルは話ながら、クリフやガストンのことを思い浮かべた。彼らが帝国に抵抗しているのは、決して生活への不安だけからではなかった。フリギアの民であることへの誇りがそこにはあったのだ。


「ただ、当然ですが誰もが暴力に立ち向かう勇気があるわけではありません。そこであなた方教会の御力をお借りしたい。信仰の力で彼らに力を与えて欲しいのです」


「分かっているのですか? それは彼らに犠牲になれと促すようなものなのですよ?」


「ではこのまま帝国の統治が続いたとして、犠牲になる市民は出ないとお考えなのでしょうか?」


「……」


「残念ながら、いま反乱が起こらないとしても、いずれ必ず起こるはずです。それが早いか遅いかの違いでしかありません」


 シーリスは眼をつぶってしばらく考えたのち、溜息をつくように言葉をもらした。


「分かりました。今回は我々イシス教の教団も、フリギアの組織と連絡がつかない状態にあり、他人事ではありません。私からフリギアの高司祭に協力するよう書状を書きましょう。それで宜しいですか?」


「ご好意、大変感謝いたします」


 ジルは深く頭を下げた。正直なところ、やや強引な論理を用いてシーリスを説得してしまった。おそらく彼女もそれに気づき、必ずしも納得していないにも関わらず、最終的には協力してくれたのだ。教団としても、保護を受けている王国の意向は無視できないのだろう。


 シーリスはすぐに書状をしたためると、ジルに手渡した。


「それにしても、あなたも大変なお役目を担われているのですね。失礼ですがお幾つでいらっしゃるのかしら?」


「最近16になりました、聖女様」


 交渉が終わってジルも緊張から解放され、シーリスの雑談に付き合った。


「本当にお若いのですね。あなたはイシスの存在を信じていますか? ああ、これは王国に協力することとは全く無関係の質問ですよ」


「神聖魔法の力の源として、神というものが存在するのではないかとは思います。ですが、まだ個人的に信じるというところまでは至っていません。自分の力で出来るところまで突き進んで、それでもなお超えられないものがあった時、もしかしたら神を信じることになるかもしれません」


 この世界では神への信仰はごく自然なものとして存在する。神を信じる人間と信じない人間は半々といったところだ。「死」が日常である人間にとって、神に救いを求めるのは自然なことなのだ。だが、ジルは父ロデリックの影響もあって神を信仰していなかった。


「それは強い人間のみができる答えです。あなたの内面をよく表しているのでしょう。神聖魔法は使えるのですか?」


「はい、恥ずかしながら第一位階の魔法のみですが」


 神聖魔法の適正を持つ者は非常に少ない。第一位階が使えるだけでも、ジルは適正が高い方だ。ジルの答えを聞いて、シーリスは微笑んだ。


「いえ、それで第一位階でも使えるのですから、あなたには神聖魔法の才能があります。あなたが信仰に目覚めたら、きっと高い位階の神聖魔法も使いこなせるようになるかもしれません」


「個人的にはイシス教に縁もあるので、一番身近に感じている神ではあるのですが……」


 これは嘘ではない。ジルは赤ん坊の頃、イシス教の聖地グアナファルムの神殿前に捨てられていたのだ。だが、自分の両親が信者だったのかもしれないと思えば、心境は複雑である。


「縁?」


 ジルの答えに奇妙なものを感じたのだろう、シーリスが聞き返した。


「……詳しい話はお許し下さい」


「いえ、私の方こそ立ち入ったことを聞いてしまいました。お許しを」


「いえ、こちらこそ聖女様を前にして、ご無礼を申しました」


 ジルは慌てて謝罪した。聖女シーリスは、何と言ってもこの国の信仰の中心にいる人物である。その影響力は王以上といっても良い存在なのだ。


「聖女などとまつり上げられていると、まともに人とお話することもできないのです。ジルフォニア殿、また時間があったら話に訪ねて来て下さいね」


 そう言ったシーリスの言葉は、単なる社交辞令以上の響きがあった。ジルはシーリスに惹きつけられるものを感じていた。人の感情を揺り動かす、それが聖女である所以ゆえんなのだろうとジルは思っていた。

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