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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第三章 対帝国編
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079 フリギアへ潜入せよ

 インビジブルを習得し、ジルはついにフリギアへ潜入することにした。フリギアは現在も帝国の軍事統制下にあり、厳重な警戒態勢がしかれているという。潜入するのは当然人目につかない夜の方が良い。幸いルーンカレッジの学生であったジルは、フリギアの地理について熟知していた。ガストンの両親が経営する魔法塾など、ガストンが立ち寄ると思わる場所に幾つか心当たりがある。


「わたしも一緒に行く?」


 出発の支度を整えるジルに、ミリエルが声をかけた。ミリエルは、ジルの隣の部屋に住むことになった。ジルは上級魔術師であり、高位の身分である。従者や使用人、関係者用の部屋も与えられ、かなり広いスペースを占有できる権利があるのだ。


「いや、今回は親友に会いに行って状況を確認するだけだ。エルフであるお前がいると、かえって面倒なことになるかもしれない。作戦を実行に移すときは必ず協力してもらうから、今回はここで待っていてくれ」


 ただでさえ、フリギアに極秘に侵入し、レジスタンスのメンバーと初めて連絡を取ろうという時である。彼らが初めて見るエルフを連れて行けば、怪しまれ余計な騒動を引き起こしかねない。単に潜入するだけなら、一人だけの方が良いのだ。


「敵地なんでしょ? 気をつけなさいよ」


「大丈夫だ。インビジブルも使えるし、今回はレジスタンスのメンバーと会って話しを聞くだけだ。本当に危ないのは今日じゃない」


 ジルはミリエルを安心させるように、わざと楽観的にそう言った。だが潜入する場所は敵地、捕らえられれば命は無いのだ。しかもガストンの現在の所在も分からないのだ。行ってみなければ分からないことが多すぎる。ジルは相当な緊張感を感じていた。


 ジルは空を見上げた。時刻は夕刻から夜に変わろうとしていた。あまり夜遅くなれば、そもそもガストンが活動していないかもしれない。夜の闇に紛れることができ、なおかつ人々がまだ起きている頃合いが良いのだ。


「それじゃ、大人しくしていろよ。問題を起こすんじゃないぞ」


「起こすわけないでしょ!」


 そう返事をしたミリエルに軽く頷くと、ジルはフライを唱え空に飛び立った。


**


 ジルの視界の先にフリギアの高い城壁が見えてきた。フリギアには表門と裏門、2つの城門があるが、当然門には警備の兵がいる。今回の任務は隠密に事を運ばなければならないので、見つかるわけにはいかない。ジルは城壁の上に降り立った。


 ここまではとりあえず見つかっていない。本当であればここでインビジブルを唱えたいところだが、呪文は一つしか唱えることはできない。インビジブルを唱えれば、フライの効果が消えることになり、下まで降りられなくなる。


 ジルは見つかる危険を承知しつつ、なるべく目立たぬよう城壁沿いに下へ降りていった。運良く見つかることなく、地面に降り立った。ジルはフライの呪文を解き、周囲を警戒しつつ街中へ進んでいった。


 時刻は20時を回っていた。普通は夜食を食べ終わり、寝る前の団欒を過ごしている時刻だ。ジルはとりあえずガストンの両親が経営する魔法塾へ向かった。


 ジルは学生時代、魔法塾に何度か遊びに行ったことがあった。ガストンの両親は母親が魔術師で、父親は経理の才があり経営を担当していた。母親のアナスタシアはルーンカレッジで学んだ魔術師ではなく、やはり魔法塾で魔法を習得した魔術師である。その後冒険者の一人として活躍した後、交易商人を営んでいた父クリフと出会い魔法塾を開くことにしたのである。


 二人はジルが訪ねる度に、快く迎えてくれた。両親はガストンにルーンカレッジは荷が重いことに気づいており、ジルにガストンの面倒を見てくれることを期待していたのである。


 視界の先に十字路が見えてきた。レニの話にあった通り、街角のいたるところに衛兵が立ち周囲を警戒していた。ここから魔法塾までは走って5分の距離である。ジルは物陰でインビジブルを唱えた。まだこの呪文は長続きしない。ジルは急いで魔法塾へ走った。途中、透明化したジルは8人の衛兵とすれ違った。やはりインビジブルの魔法がなければ、たどり着くことも出来なかったはずだ。


 魔法塾の建物には明かりがついていた。魔法塾は、通常夜間も授業を行っている。外から見た様子では、多くの人間がいる気配はないが、少なくとも誰かは居るという事実にジルはほっとした。誰もいなければガストンの居場所をたずねることもできないからだ。ジルは出来るだけ音を立てないよう、玄関の扉をゆっくりと開けた。


 平時なら学生を迎えるはずの受付には誰もいなかった。見渡す限り、一階に人影は見当たらなかった。ジルは嫌な予感がしてきた。もしかしたらガストンの両親は帝国の兵士によって連行されたのかもしれない、そう思ったのである。


「ジル、ジル君か?」


 不意に横合いから声をかけられた。ジルは驚いて横を向くと、ガストンの父親であるクリフが驚いた様子でそこに立っていた。


「おじさん! 無事だったんですね」


「ああ……でもそれはこっちのセリフだ、驚いたよ。誰かが入ってくるから、帝国の人間かと思って隠れたんだ」


 クリフは、受付で帳簿をつけていたらしい。何者かが入ってくるのに気づき、カウンターの下に隠れたという。帝国の支配の下で、住民は怯えながら過ごしているのだ。


「君はシュバルツバルトに居たのだろ? よくここまで無事に来られたな」


 クリフは帝国の侵攻当時、ジルがフリギアに居なかったことは知っているようだった。ガストンからジルのことを聞いているのだろう。


「詳しくは話せませんが、魔法で見つからなくなる方法があるのです。ガストンやおばさまは無事ですか?」


「ああ、ガストンは今はうちに住んでいて、やることもなくプラプラしているよ。妻は無事だが、魔術師だということで帝国から目をつけられて監視されているようだ」


 ジルはクリフの話に違和感を覚えた。「ガストンがやることもなく」というのは、ジルの知っている状況とは異なっている。ジルはクリフの表情をうかがった。おそらくこんな状況の下では、いくら友人とはいえ、うかつにガストンのことをもらすわけにはいかないのだろう。


「おじさん、とりあえず内密に話せる場所はありませんか? ここでは誰が聞いているか分かりませんので」


「ああ、そうだな。気付かずに済まなかった。こっちに来るといい」


 クリフは、ジルを地下室に通した。教材や成績関係の書類などが保管されている場所だ。


「ここなら会話が外に漏れる心配はありませんか?」


「ああ、大丈夫だろう。この部屋は密閉されているし、アナスタシアが『魔力感知』を使ったがとくに魔法がかけられていることもない」


 ジルがあまりに念を押したため、クリフの表情も緊張したものになる。ジルが何を話すか、おおよそのことを察したのだろう。


「いま僕は、シュバルツバルト王国に仕える上級魔術師になっています」


「本当か!? ジル君、出世したものだな……」


 クリフは素直に感心したようだった。自分の息子の友人が、すでに大国の重要な地位についているのである。驚くのも無理は無いだろう。


「それで僕は今、フリギアのレジスタンス活動を支援する密命を受けています。単刀直入にうかがいますが、フリギアのレジスタンスの中心になっているのはガストンですね?」


「…………君には隠し事が出来ないようだ。シュバルツバルトはどこまで知っているんだ?」


「王国もそれほど詳しいことは分かっていません。それで僕がここへ派遣されてきたのです。交易商人のロンバルトという方がレジスタンスの名目的なリーダーとなっていますが、実際に活動を取り仕切っているのはガストンだということぐらいです。それと、帝国の強権的な支配に、市民の不満が高まっているということでしょうか」


「これから話すことは妻も同席させた方が良いだろう。呼んでくるから待っていてくれ」


一階に上がろうとしたクリフをジルが引き止めた。


「ガストンはいまどうしているのですか?」


「息子はいま外出中だ。レジスタンス活動の打ち合わせでね」


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