066 炸裂! ルミナスブレード
「よし、この辺りの林に潜むぞ」
おとり役のゼノビアとジルは、ベイロンたちの前方に位置取るよう両側の林に隠れた。ミリエルはすでにインビジブル(透明化)の魔法を使い、バリオスとともにもっと手前の位置で待機し、隙を突いてエルンスト=シュライヒャーを解放することになっている。
あと少しでベイロンたちが来る、そう思うと胃がキリキリと痛むような緊張がやってきた。ジルは気を紛らわせるようにゼノビアに声をかけた。
「ゼノビアさんのルミナスブレード、見るの初めてです。こんな時になんですが、ちょっと楽しみにしています」
ゼノビアもジルがわざと緊張を和らげようとしていることを理解している。
「ふふ、見てるがいい。奴らがどれだけデキるか分からないが、ミリエルがエルンスト殿を確保する時間くらいは作ってやるさ」
ゼノビアは不敵な笑みを浮かべていた。近衛の副団長になるような人物だ、肝が相当太いに違いない。
「ルミナスブレードは一日に一度しか使えない。だから普通はおいそれとは使えないんだが、今回はエルンスト殿を救えれば良いのだ。この場を乗り切ってな」
「一日に一回なんですか? それは大きな制約になりますね」
聞いた限り、ルミナスブレードは防御不能な技としてかなり有効なスキルだ。だからこそ、一日一回だけというのはいかにも勿体無い。
「ああ、何度も試してみたが、どうにもならんのだ。自分でも良くわからないんだがな」
原因はなんだろうか、ジルは興味を覚えたが、実際の技を見れば何か分かるかもしれない。
「さて、ゼノビアさん、そろそろ戦いの準備をしておきましょう。防御魔法をかけます」
ジルはゼノビアに、プロテクションアーマーとマジックシールドをかけた。そして自分自身にも同じ魔法をかけておく。
「来たぞ!」
ゼノビアが前方の明かりを見て、ジルに囁いた。何者かの一行が、松明で道を照らしながらやってくる。もう100mも距離はない。
「エルンスト殿の位置が分かったら言って下さい。いまから私はファイアーボールを唱えます。奴らの鼻先で爆発させて混乱させます。ゼノビアさんはそこに突っ込んで行って下さい」
ジルはゼノビアが頷くのを見ると、小声でファイアーボールの呪文を唱え始めた。
「メルキオール・イシュリーダ・バルトリート・ヘリクス ジス・オルムード・ウルス・ラクサ 火の精霊よ集まりきたれ 我ここに汝が枷を解き放ち 破壊の力となさん」
「ジル、エルンスト殿は隊列の後ろの方だ。やれ!」
ジルはエルンストに被害が及ばないように、隊列よりも少し前にファイアーボールを着弾させた。
ドゥガァアアン!!
ベイロンの隊列の前方でいきなり炎が爆発し、隊は大きく混乱していた。
「何事だ!! 敵の襲撃か!?」
ファイアボールにやられ、炎で焼かれた3人の隊員に視線を注ぎつつ、ベイロンと思しき男が怒鳴っていた。
そこにゼノビアが側面から突っ込んでいく。
「ジル、見てろよ! ルミナスブレード!!」
ゼノビアの掛け声とともに、彼女の刀身に青白い光が宿った。ジルは見た、そこに宿った力の根源を。それは呪文こそ唱えていないが、明らかにライトニングボルトと同種の力だった。そしてジルは納得した。ルミナスブレードが一日に一回しか使えないのは、魔術師として訓練を受けていないゼノビアの魔力が、その一回で尽きてしまうからだろう。
「てぃやあああ!!」
ゼノビアが大声を挙げて最初の男に剣を振り下ろした。今回は、派手な行動で敵の注意を引くのも作戦のうちである。
キィイイン!!
男はゼノビアの剣を自らの剣で受けた。これは当然の対応である。しかし――
「ぐぁあああああ!!」
男は絶叫を挙げて地に伏した。ゼノビアの刀身から伝わったライトニングボルトが、男の身体を貫通したのである。
「くっ、この技はルミナスブレードだな!! するとお前はシュバルツバルトの“花の騎士”か!!」
ベイロンがすぐさまゼノビアの正体を見破り、状況を悟った。エルンストの亡命を受入れたシュバルツバルトが、彼を救出しに来たということに。
「奴の剣を受けるな! かわすんだ」
部下が命令に従おうとするが、それはかなり難しい要求だった。ゼノビアは剣士として一流だ。その剣を完全に避けきるなど、同じく一流の剣士であっても難しいだろう。しかも――
男は自らの動作が緩慢になっていることに気がついた。ゼノビアの剣が「速すぎて」てよけきれずに剣で受けてしまう。そしてまた一人、ルミナスブレードによって倒された。
これはジルが林からスローをかけたのである。
「さっきの爆炎といい、もう一人いるな!! そこの林に向かえ!!」
この時、部隊の人数は、最初のファイアボールで3人、ゼノビアに2人が倒され、ベイロンを入れて5人になっていた。そのうちの2人がジルを倒すべく林に向かい、ゼノビアに対してベイロンともう一人、エルンストを見張る男が一人という構成になっていた。
ジルは自分に向かってくる男たちを見ながら、素早く呪文を唱える。男たちはジルの正確な場所は分からないはずだ。時間は十分にあるだろう。
「ジー・エルクス・ブリクス・ラムダ スレイド・オリクト・ラムシス・エイダ レイ・アルムード・バイロン・エルス! 漆黒の闇間より来たれ 雷光の力 我のこの手に収束せよ!」
強力な雷球がジルの頭上に現れ、ジルの身体を中心として強力な放電現象が発生した。
「ライトニングボルト(電撃)!」
ジルの指先から非常に強力な雷の光が放たれた。充分な距離を取っていなかった男たちは、その光に感電してともに崩れ落ちた。
「くっ」
予想外の奇襲を受けたベイロンは、自分が危機に陥っていることを認めざるを得なかった。しかし、敵は数が少ないのだ。目の前の女=ゼノビアさえ倒せば、前衛のいない魔法使いなど紙のようなものだ、ベイロンはそう自らを奮い立たせた。
「おい、一緒にその女を倒すぞ!」
ベイロンは隣の部下に声をかけ、左右から挟み撃ちにしようとした。当然ゼノビアもそうはさせじと、巧みに位置取りを変える。いまやベイロンと彼の部下たちの注意は、明らかにゼノビアに注がれていた。
(いまがチャンスね)
透明化したまま機をうかがっていたミリエルは、自分の番がやってきたことを悟った。エルンストを見張る男は、ゼノビアがいつ自分に向かってくるか分からないため、前方のゼノビアへ過度に注意を向けているのだ。
ミリエルは密かにエルンストたちに近づくと、レイピアを抜いて男の背後から心臓を突き刺した。
グサっ、と刃物が身体を突き抜ける音がして、見張りの男は絶命した。なかなかの技術と言って良いだろう。ミリエルはそのままエルンストの身体を縛っていた紐を切って彼を解放する。そこへ林に潜んでいたバリオスがエルンストに駆け寄ってきた。
「閣下!!」
「!? バリオスか!」
何事が起こったか分からないエルンストに対して、ミリエルが声をかける。
「わたしよ! 透明化しているといえば分かるでしょ!?」
「おお! お主、あの時のエルフか!」
エルンストは状況を理解すると、倒された男から剣を奪い、ベイロンを前後から挟む場所に位置取った。
これで形勢は完全に逆転した。シュバルツバルト側はゼノビア、ジル、ミリエル、バリオス、そしてエルンスト。帝国側はベイロンと部下の2人しかいない。
「くっ、きさまらシュバルツバルトの人間が、こんなところまで追いかけてくるとはな」
「貴様ももう終わりじゃな、ベイロン。ワシの息子と娘の仇、ここで討たせてもらうぞ」
エルンストが剣を構え、ベイロンににじり寄る。さすがに一流の武人、構えに隙がない。
ここにいたって、ベイロンは死ぬ覚悟を決めた。もとより闇の世界で暗躍してきた自分である、いつ死んでもおかしくないと日頃から覚悟していた。どうせ死ぬとしても、せめてゼノビアを道連れにしたいところだ、そうベイロンは考えていた。
ところが、さらに戦いの形勢が変わったのである。
馬の足音が聞こえてきた。それもかなり大勢のようだ。
「ふふふ、援軍が来たようだな」
ベイロンがわざとゼノビアたちに聞こえるように言った。
「この男のたわごとはともかく、本当に敵が来ているようだな」
ゼノビアが冷静にそう判断した。
「ま、待て! せめてこやつを殺してワシの仇を討たせてくれ」
「だめだ! この男はそう簡単には殺せない。時間をかければすぐに敵の軍がここに来るぞ。いまはご自分の命の安全をはかりなさい!」
ゼノビアも余裕がなくなり、年長者に対する配慮もなくしている。
ゼノビアがベイロンに剣を向けたまま、ジルとミリエルに指示を出す。
「ジル、ミリエル、フライの魔法を。ジルは私とエルンスト殿を、ミリエルはバリオス殿を頼む!」
ジルとミリエルはフライの魔法を唱え、他のメンバーがそれぞれジルとミリエルの身体にしがみつく。その間もゼノビアはルミナスブレードをベイロンに向け、妙な動きをしないように警戒していた。
こうしてゼノビアとジルの一行は空を飛び、難を免れる事に成功した。エルンストは仇を討つ寸前でベイロンを逃したことに腹を立てていたが、彼を救いロゴスに連れて帰ることができるのだ、これは大きな成功と言って良いだろう。ジルたちはそのままアム河の向こう岸に降り立ち、シュバルツバルト領内へと帰還したのであった。




