表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第二章 動乱の始まり編
66/144

065 救出作戦

「私はエルンスト=シュライヒャー様の家臣、バリオスという。お願い申す、エルンスト様をお助けくだされっ!」


 バリオスという男はずっと走って来たのだろう、ハァハァと息を切らせている。ゼノビアとジルが顔を見合わせた。


「どういうことだ? エルンスト殿に何があったのだ?」


 バリオスは息を整えるのもそこそこに、事情を説明し始めた。


「エルンスト様が館を出てここに来ようとしていたところ、寸前に帝国の人間がやって来て捕らえられたのです。エルンスト様はリーダーらしき男としばらく話をしていましたが、その男のことをベイロンと呼んでいました」


「ベイロン! 奴か!」


 ゼノビアの言葉にジルも頷いた。まさしく「黒の手」の首領に違いない。


「それでエルンスト殿はどうなった?」


「我々も食い止めようとしたのですが、向こうは万全に備えていたとみえ、かなりの人数でした。エルンスト様をみすみす連れ去られてしまいました。私だけはエルンスト様の計らいで、あなた方に事情を知らせるよう裏口から脱出したのです」


「なんてことだっ! エルンスト殿がここに来られないのでは任務失敗ではないか!!」


 ゼノビアは厳しい表情で悔しがった。ジルも事態の急な展開に、考えをめぐらせている。


「さっき、バリオス殿は助けてくれとおっしゃいましたね。エルンスト殿が連れて行かれた先に心当たりはありますか?」


 ジルの言葉にバリオスは自信を持って深く頷いた。


「ええ。連れて行かれたのは、カッセルという都市に間違いありません」


「なぜそう断言できるんですか?」


「カッセルはシュライヒャー領から一番近い帝国直轄の都市であり、この辺りの行政の中心があるところです。軍も駐留しています。差し当たりここまで主人を連れて行き、態勢を整えてから帝都へと連行するのが常道だからです」


 ジルとバリオスの会話を、ゼノビアも腕を組みながら聞いていた。バリオスの言う通り、エルンストを救いに行けば、間違いなく帝国の人間と戦闘になるだろう。まずこの人数で勝ち目あるかどうか。


 そしてたとえ勝てるとしても、これは与えられた命令に無い行動である。最悪エルンストを救うことが直接の引き金となって、帝国と戦争になるかもしれないのだ。その決断を自分がしてもよいのか、ゼノビアはそこにためらいがあった。


「それで相手の人数は何人ぐらいだろうか?」


 ゼノビアがバリオスに確認する。


「ベイロンを入れて10人ほどです。」


「……思ったより少ないな。どうしてだ?」


「それは極秘に行動する必要あったからではないかと。エルンスト様は帝国の名将で、人望もおありです。領地には騎士や兵もおります。大人数で捕らえに来れば、シュライヒャー領の軍と戦闘になり事が大きくなると考えたのではないですか」


 なるほど、とゼノビアはベイロンの説明に納得したようであった。


「ゼノビアさん、どうしましょう? エルンスト殿を救いに行きますか?」


「……ジルはどう思う?」


 いまこの場に居るもので、決定権を持つのは自分だ。それなのにジルに責任を転嫁するような質問をしたことにゼノビアは自己嫌悪を覚えた。しかし、彼女はジルの判断力を高く評価している。彼ならあやまたず決断ができるのではないか、そうも思っているのだ。


「今回の任務は、結局のところ、帝国との戦いにならざるを得ないでしょう。いくら我々に大義名分があるとしても、帝国からすればシュライヒャー領を武力で併合されるわけですから、余程弱腰でない限り対抗措置を取ってくるに違いありません。そしてあの皇帝のことですから、ただ泣き寝入りするようなことはないと思います。であれば、今ここで我々がエルンスト殿を救ったとしても、大局に影響を与えてしまうようなことは無いのではないでしょうか」


「ふむ……なるほどな。このまま見て見ぬふりをするわけにもいかないか……」


 ゼノビアは決断した。現場の指揮官として、不測の事態に対応しなければならない。エルンストを亡命者として迎えることが任務であるとすれば、なんとかして彼を王都まで連れて帰ることもまた任務だろう。


「バリオス殿、案内願おう」


 そう声をかけたゼノビアに、ジルが待ったをかける。


「ゼノビアさん、ちょっと待って下さい。普通に行ったのでは、ベイロンの一行に追いつけません。ここは私とミリエルがフライを使います。頼むぞ、ミリエル!」


「分かったわ。私はこのおじさんを運ぶから、貴方はゼノビアを頼むわね」


 4人はフライによって林を飛び越え、かなりの速さでカッセルを目指して飛行する。バリオスはフライでの飛行速度が速いのに驚いていた。


「奴らは徒歩です。この速さなら、奴らがカッセルに入る前に追いつけるはずです!!」


 バリオスが大声でそう伝える。ジルは飛びながら、はるか前方に松明の明かりらしきものがあるのに気がついた。しかもその明かりは移動しているようだ。


「ゼノビアさん! あれを見て下さい」


 ジルが明かりの方を指差す。


「こんなところを歩いているのは、ベイロンたちの他にいません。急ぎましょう」


 バイロンが主人を救おうと一行をかした。だが、少ない人数でエルンストを救うためには作戦も必要だ。


「あの明かりの少し前に降りよう! 作戦を立てて奴らを待ち構えるんだ」


 ゼノビアの指示によって、ジルたちはベイロンの一行の前方に着地した。距離からしておよそ5分ほどでベイロンたちがやってくるだろう。


「さて、どうするか……」


 ゼノビアが考えこんだ。エルンストが居なければ彼女一人で斬り込んでもいい。ルミナスブレードを使えば、決して無理な人数ではないだろう。ただ、強引な方法をとればエルンストの命が危うくなるかもしれない。王国の目的は、エルンストを帝国の陰謀の証人とすることであるから、彼を生かして連れていかなければ意味が無いのだ。


 ゼノビアの思考を邪魔しないようにしながら、ジルはミリエルに確認した。


「ミリエル、お前のインビジブルの魔法は他人にもかけられるのか?」


「無理よ。術者単体にしか効果ないわ」


「そうか、ゼノビアさんにかけられるなら良かったんだがな……。ならお前に透明化してもらうしかないな。剣は使えるか?」


「そこらの人間よりは強いつもりよ」


 ミリエルはニコリと笑って、腰のレイピアを見せた。


「ゼノビアさん、こういうのはどうでしょうか。まずゼノビアさんに奴らを奇襲していただきます。噂に聞くルミナスブレードの力を見せてもらいましょう。私は後方から出来る限り魔法で支援します。そして奴らの注意が我々に向いたところで、透明化したミリエルにエルンスト殿を確保してもらいます」


 ゼノビアは眉をひそめて心配そうにミリエルを見た。


「わたしは良いが、ミリエルは大丈夫か? かなり危険な役目だろう?」


「当然エルンスト殿の近くには数人の護衛が居るでしょうから、戦闘はさけられないでしょう。ですからバリオスさんも後方に潜んでいただき、ミリエルをサポートしていただきます。ミリエル、できそうか?」


「ちょっと! かなり危険じゃないの」


 ミリエルが冗談じゃないと抗議する。


「済まない。透明になれるのがお前だけなのでな。ここで重要なのは奴らを倒すことではなく、エルンスト殿を確保することなんだ。だから、できるだけ奴らに気づかれないように近づける者が必要なんだ。頼むよ、ミリエル」


 ジルは両手を合わせてミリエルに頼んだ。こう頼まれると性格的にミリエルは断れなくなってしまう。


「あなた、そうやって頼めば私が断れないって知ってるんでしょう? ずるいわね……。まあいいわ、やってあげるわよ。ただし、これは明らかに過重労働よ。あとで何かご褒美もらうからね!」


「分かった。ロゴスに帰ったら、何でもお前の言うことを聞いてやる」


「その言葉、忘れないでよ」


「よし、作戦は決まったな。ジルの立てた段取りでいこう」


 ゼノビアが自らの言葉で作戦会議をしめた。彼女はジルが現場で的確な作戦を立案したことに、密かに舌を巻いていた。


(この男は、上にいって益々力を発揮できる男に違いない)


 そう思っていたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ