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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第二章 動乱の始まり編
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062 御前会議

 ゼノビアは書状を開封して目を通した。そこには大略ジルに宛てた書状と同様のことが書いてあった。ただ書状の最後に、亡命が許可された場合の身柄の引き渡し役として、ゼノビアとジルを指名している箇所があった。


 ゼノビアはエルンストの心情をし量った。エルンストは長年帝国軍の重鎮として活躍している。その活躍の中にはシュバルツバルト軍との戦いも数多い。そのため自分がシュバルツバルトから恨みを買っているのはではないか、と心配になるだろう。それゆえ、以前弔問の使者として訪れ、人間的に信用できると感じた自分とジルを指名してきたのではないか。


 しかしそれにしても、アルネラの誘拐が帝国の謀略によるものだというのは意外な事実であった。もちろん、ゼノビアもその可能性は考慮してはいた。だが、それ以上にブライスデイル侯などルヴィエ派によるものではないかと、彼女は疑っていたのだ。帝国がやったとすれば、その狙いはなんだろうか……。


 いや今はそんな事を考えている時ではない。事は王国一国を左右する問題である。一刻も早く王や大魔導師にこのことを知らせ、しかるべき場所で議論すべきだ、そうゼノビアは思い至った。


「ジル、君には証人としてしばらく王宮にいてもらう。いいな?」


「ええ、もとよりその覚悟です」


 ジルの言葉に、ふとゼノビアは表情を崩すと、緊張したジルに優しい言葉をかけた。


「まあ、君の出番が来るのは少し後の事だろう。今は我々が上層部の人間を集めて会議を開く準備をしなければならないからな。今日は寝ていないだろうから、それまで私のこの部屋でゆっくり休んでいてくれ。私のベッドを使っていい」


 ゼノビアはそうジルに言い残すと、足早に部屋を出て行った。


**


 ゼノビアがもたらした情報により、王宮は大きな騒ぎとなった。廷臣たちが足早に移動する光景が数多く見られた。王国はこの問題を議するため、王臨席による御前会議の開催を決定した。このため、王国は有力な諸侯や将軍などを王宮に招集した。遠くに位置する者もいるため、会議は正午からと定められた。だが、事態は急を要する。間に合わない者は途中参加ということになった。


 そして、正午――


 王宮の中の最も大きな会議室には、現在の王国を代表する重要人物がそろっていた。諸侯からはブライスデイル侯、ヘルマン伯、レント伯など。近衛騎士団からは団長のルーファス、副団長のゼノビア。軍からは第一方面軍レムオン=クリストバイン、第二方面軍アムネシア=ヴァロワ、第三方面軍サイクス=ノアイユら各方面軍の司令官が馳せ参じた。他に財政、外交などの各大臣がおり、大魔導師ユベールと王も今回の会議に出席している。錚々たるメンバーである。そしてこの中に、ジルも加わっていたのである。今回の件の証人として出席することが求められたのだ。


 ジルは会議室に入った瞬間、大勢の人間の視線が自分に注がれているのが分かった。この会議はおよそジルの身分で出席できるような会議ではない。ジルは自分が場違いなところにいることを自覚していたが、特殊な事情で証言が求められているため仕方がない。


 会議室の机は巨大な円卓になっている。これは席次に関してもめないようにするためだ。ジルはゼノビアに連れられて、国王から一番遠いところに着席する。途中、先に着席していたレムオンと視線が合う。レムオンの方から軽く会釈する。夏休み以来久しぶり、ということだろう。ジルも会釈で返礼をする。


 第二方面軍司令官アムネシア=ヴァロワは、ゼノビアに連れられ会議室へ入ってきた少年を見て、あまりの場違い感に目を見張った。この会議は王国の重臣だけが出席できる最高機密会議である。少年がイレギュラーな存在だとすれば、今回のエルンストの件と何か関わりのある少年ということだろう。アムネシアら会議の出席者にあらかじめ伝えられていたのは、帝国の重鎮エルンスト=シュライヒャーが亡命を希望している、という情報だけだった。


「レムオン殿、あの少年が誰かご存知なのですか?」


 アムネシアは隣に座っているレムオンにたずねた。レムオンが少年に会釈していることを目ざとく見ていたのだ。


「ええ。彼はアルネラ様を二度救ったジルフォニア=アンブローズという少年ですよ」


 レムオンは簡潔に説明した。自分の娘レニとの関係など余計なことは話す気はない。


「ああ、あの少年がそうだったのですか……、なるほど」


 アムネシアも名前だけは聞いている。だが、なぜゼノビアに連れられているだろうか、アムネシアは疑問に思った。彼女はゼノビアとごく親しい関係である。ゼノビアは近衛騎士団の優れた騎士であり、アムネシアは王国軍で4つある方面軍の司令官の一人である。王国軍においてもやはり軍の中で女性は少なく、二人は数少ない同志として交友を深めてきた。無論単なる女同士というだけでなく、互いの力量を認め合っているからこそである。アムネシアは優れた魔法戦士であり、優れた統率力と戦術眼にも定評がある。バルダニアと帝国両方面に備える第二方面軍を指揮していた。


(あとであの少年との関係をゼノビアに問いたださないとね)


 アムネシアは心の中でつぶやいた。彼女とゼノビアは2、3ヶ月に一度、定期的に酒を飲み交わす習慣がある。あの少年の話しはちょうど良い酒のさかなになるだろう。


「では定刻になりましたので、会議を始めます」


 大魔導師ユベールの声が聞こえ、アムネシアはユベールと王に視線を向けた。


「あらかじめ諸卿にお伝えしていたように、本日議するのは非常に重大な問題です。帝国の軍人エルンスト=シュライヒャーが我が国に亡命を求めている件についてです。まずは彼の亡命を受け入れるかどうか、について話し合う必要があると考えます」


 ユベールの言葉を聞き、ヘルマン伯が手を挙げて発言した。

「そもそも、この話しはどのような経路で我が国にもたらされたのか? その辺りをご説明願いたい」


 周囲の人間がうなづいた。まずは判断材料として聞いておく必要があることだ。ユベールはちらっと横目でゼノビアを見て、彼女は軽く頷いた。


「それについては……ゼノビア殿からご説明願おう」


「はっ」


 ゼノビアが立ち上がる。本来であれば、彼女もこの会議に出席する資格はない。通常このような御前会議レベルになると、騎士団長クラスしか出席が許されないのだ。ゼノビアもやはりエルンストから指名されているということ、そしてアルネラ誘拐事件の関係者として呼ばれている。


「エルンスト=シュライヒャーについては、諸卿には今更説明する必要もないかと思われます。『帝国を支える一柱』と称され、我が国も何度も煮え湯を飲まされた名将です。彼がこの度我々に亡命したいと言ってきました。その経緯ですが、まず今から約1年前、アルネラ様の誘拐事件を起こった時、彼の娘レミア=シュライヒャーが殺害されました。レミアは当時ルーンカレッジの学生で、我が国で軍事演習に向かう途中でした。この時、私がシュライヒャー殿への弔問団の団長としてレミアの遺品を届けに行ったことは、諸卿にはご記憶のことと思います」


 ゼノビアは一端ここで話しを切って、会議室を見渡し出席者の反応を見た。


「その際、私はエルンスト=シュライヒャーと面識を得たわけです。この時私とともに、ここにいるジルフォニア=アンブローズが同行しており、レミアの最期の様子を伝えました。彼はレミアとともに軍事演習で偶然事件に巻き込まれ、一部始終を見ていたからです。重要なのは、この時レミアを殺した男の特徴をエルンスト殿に伝えたところ、彼は顔色を変え、明らかに動揺していたことです。ですから、彼が事件について何か知っているのではないか、そう推測できました」


 会議室は静まり返り、みなゼノビアの話しに聞き入っていた。


「なぜエルンスト=シュライヒャーは、我が国へ亡命、いえ、帝国を裏切ろうとしているのか? それは彼の娘レミアが帝国の特務機関『黒の手』の首領によって殺害されたからです」


 このゼノビアの発言によって、会議室は騒然となった。

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