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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第二章 動乱の始まり編
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059 潜入するエルフ

 その夜、寝ているガストンを横目に、ジルは魔法の研究に取り組んでいた。第四位階の魔法「フライ」である。「フライ」は人が空を飛ぶことを可能にする上級魔法で、一部の魔術師しか使用できない高度な魔法である。飛んでいる間は持続的に魔力を消費することになるので、実際に使うには高い魔力量が求められる。ジルは呪文の詠唱や手振りをチェックし、時間の短縮を図っていた。


 ――コツンっ


 何かが窓に当たる音がした。不審に思い窓際へ見に行くと、木の上にエルフのミリエルの姿があった。彼女は手招きをして、こちらへ来いと合図をしている。


 ミリエルには、エルンスト=シュライヒャーの監視と情報収集を依頼していた。彼女が帰ってきたということは、何かつかんだとのかもしれない。ジルは急いで宿舎から外へと出た。


「ご苦労だったな、ミリエル。よく無事に帰ってきてくれた」


 ジルはミリエルと顔を合わせると、そうねぎらいの言葉をかけた。以前彼女の命を救ったことがあるとはいえ、かなりの危険がともなう件を頼んでいたのだ。


「ま、まあね。私が自分で決めたことなんだから、気にしなくていいのよ」


 素直に礼を言われ、ミリエルは照れているようだった。やはりエルフというのは人間よりも随分純粋らしい。


「それで、なにか分かったのか?」


「そのことなんだけどね……実は私、そのエルンストというおじさんに見つかっちゃったのよ」


「なに!?」

 

 何気ない口調であったが、ミリエルは重大な事実を明らかにした。監視の対象に見つかるということは、普通は任務の失敗を意味する。ジルはミリエルに期待していただけに失望が大きかった。


「インビジブルで姿を隠していたんだけど、部屋を探っている時に帰ってきてしまって、気配で感づかれてしまったのよ」


 エルンストは叩き上げの武人だけに、目に見えなくても気配で何者かの存在を感知したのであろう。ジルは一つ大きく呼吸をし、心を落ちつけミリエルにたずねた。


「では、任務は失敗したということなんだな?」


「いえ、そういうわけでもないの。実は見つかっちゃったんだけど、その上で私のことを使者として認め、情報を提供してくれたのよ。彼からの書状も与って来たわ」


 意外な答えであった。エルンストは初めて会う人間でもないこのエルフ娘を信用したということなのか?


「どういうことだ? 順を追って話してくれ」


 ミリエルはエルンストに見つかった時のことを話しだした。


 **

 

 ジルからの依頼を受けたミリエルは、帝国へと潜入した。まずインビジブルの魔法で姿を隠し、ランスからベルンのルートではなく、アム河を直接渡って国境を越える方法をとった。アム河の水深は深く、普通であれば容易に渡れる場所ではない。だがミリエルには、エルフに伝わる水属性の魔法がある。水の上を歩くことのできる魔法「ウォーターウォーク(水上歩行)」である。


 こうしてミリエルは、普通の人間には不可能なルートで国境を越えた。あとはジルに教えてもらったシュライヒャー領までの道を行くと、領主の館を簡単に見つけることができた。


 ミリエルはしばらく外から館を監視していたが、人の出入りは少なく、使用人も最低限の数しかいないようだった。これなら館に潜入するのも難しくないだろうと思われた。


 ただし、裏手にある森に自分と同じく館を監視している人間がいるのが気になった。これがジルの言った自分以外にエルンストを監視する者なのかもしれない。幸い透明化しているミリエルは、彼らには補足されていない。ミリエルはインビジブルの魔法をかけ直すと、使用人が裏戸から食料を運び入れる際に中へと入っていった。


 館の中は最低限の装飾品しかなく、質素なものだった。エルンストの部屋を特定するのは容易だった。使用人以外には、館にはエルンストしか居ないからである。ミリエルはエルンストが居ない時を見計らい、その部屋を捜索した。


 エルンストの部屋の中で何かがあるとすれば、本棚か机だった。ただ本棚の本はホコリが積もっていて、長く読まれていないようであった。もし最近取り出した本があれば、ホコリの跡がついて分かるはずだ。続いてミリエルは机の引き出しの中を調べた。そこには幾つかの書簡と日記があった。ミリエルの眼が光る。何か有益な情報が得られるとすればここだろう。


 書簡の束は、地方の貴族とのやりとりであった。ほとんどが2、3人の同じ貴族とのやりとりで、おそらくエルンストと仲の良い貴族なのだろう。内容は時候の挨拶や昔話など他愛のないものが多かった。


 ただそもそもミリエルはエルフであり、人間のこまやかな感情や文章表現を理解するのは難しかった。彼女がもし人間であり注意深く読めば、書簡の中でエルンストが友人に別れを告げていることを不審に思ったに違いない。それは、いずれ遠くないうちに帝国を離れることを意味するかもしれないからだ。


 次にミリエルは日記を開き、ページをめくった。とくにここ半年の日記を集中的に読む。すると約3ヶ月前の日記に気になる記述があった。


「6月25日 今日その男に会いに行った。男はかつて『黒の手』の一員だった男で、娘の仇について知っていた。そう、私の仇は帝国の人間だったのだ。そしてそれ以上に恐ろしい、そして憎むべき事実を知らされた。私の愛するエミールは殺されたのだ、その同じ男に。私はどうすれば良いのだろうか……」


 この日の日記の内容はあまりに不穏ふおんなものだった。エルンストは何者かに会いに行き、娘と息子が帝国の男に殺されたことを知ったということだろう。エルンストも帝国の将軍であるのに、なぜ味方の帝国の人間に家族を殺されなければならないのか、ミリエルには分からなかった。エルフは仲間を何よりも大事にし、決して傷つけるようなことはないのだ。人間というのは良くわからない種族だ、ミリエルはそう思った。


 ガタっ!


 部屋の近くで大きな音がして、ミリエルは我に返った。エルンストが帰ってきたのだと直感し慌てた。だが、いぜんインビジブルの魔法がかかっているため、少なくとも姿が見えることはない。ミリエルは無理に逃げようとするのではなく、部屋の片隅で静かにしている道を選んだ。もしかしたら、その方がより有益な情報が得られるかもしれないからだ。

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