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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第二章 動乱の始まり編
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056 皇帝ヴァルナード2

 カルバールの調査の結果、書簡は全てバルダニア王国の大臣や将軍と交わしたものであった。マリウスは当然取り調べの間、一貫して無実を主張したが、彼がバルダニアと通じていた証拠が次々と発見され、言い逃れできなくなっていた。


 父帝は優れた人物であり、容易に騙されるような甘い人間ではなかったが、ヴァルナードらが捏造した証拠をついに偽りのものと見抜けなかった。また何より、信頼するザービアックがマリウスを責めたことから、ついにマリウスの帝位継承権を剥奪し、北方の山城に幽閉した。いくら反逆罪といえど、息子を死罪とするのは忍びなかったのであろう。


 しかし、失意のなかにあったマリウスは、窓の格子を使い首を吊って自ら命を断った。こうしてヴァルナードとザービアックは、最大の敵を謀略によって葬ることに成功したのである。


 マリウスを除いたことで、ヴァルナードはアルベルトに継ぐ有力候補となっていた。彼自身の評判はアルベルトには及ばないものの、知略に秀で、なにより家臣や貴族たちの間で評判が良かった。


 アルベルトは潔癖な質で寝技を使うことができなかったが、ヴァルナードは彼らの歓心を買うためなら何でもした。将来の地位、領地の拡大、経済的利権など。家臣からの評判こそ、この帝位継承システムにおいて重要な鍵を握ることを彼は理解していたのである。


 こうなると、アルベルトとヴァルナードの関係も微妙に変化しつつあった。ヴァルナードにとって自らが皇帝となるのに一番の障害となるのは、実の兄アルベルトに他ならない。ヴァルナードは密かに兄アルベルトの追い落としを図った。


 ヴァルナードに兄に対する親愛の念がなかったわけではない。いや、むしろ「唯一」の兄として愛してさえいた。だが、これは帝位を争う問題である。この競争に負けることが何を意味するのか、ヴァルナードはそれが重々分かっていた。


 仮にアルベルトが帝位についた場合、ヴァルナードを粛清するようなことはすまい。アルベルトは自分を肉親として愛してくれている、ヴァルナードはそう確信できた。それゆえ、帝位についた後も自分を皇族として遇するだろう。


 だが、生涯自分は帝位につくことは諦めなければならないし、帝臣の中には彼を潜在的な危険分子と見る者もいるだろう。一生怯えながら暮らさなければならない。それゆえ、兄としてアルベルトを敬愛してはいたが、敵として排除しなければならないのだ。


 ここでヴァルナードにとって最大の幸運が訪れた。それは大魔導師ザービアックが密かにヴァルナードに同心したことである。ザービアックはヴァルナードと策を練りマリウスを追い落とすうちに、ヴァルナードの才に未来の皇帝の姿を見たのである。表向きザービアックはアルベルトの参謀として振る舞ったが、その実ヴァルナードの腹心としてアルベルトの足元に落とし穴を掘り始めた。


 二人が謀略の駒として使ったのは、マリウスの従者として仕えていたケインという青年である。仮にマリウスが皇帝になれば、将来は近衛騎士の隊長か、将軍として抜擢されたであろう有望な青年であった。ケインは主君としてのマリウスに真の忠誠を誓っていた青年であり、マリウスが陰謀にめられたと固く信じていた。


 マリウスの件で、ザービアックがアルベルトに加担していることは固く秘されていた。そのため、ケインにとって仇はアルベルトやカルバールであり、ザービアックを敵とは認識していなかった。


 ザービアックは傷心のケインに言葉巧みに近づき、アルベルトこそが彼の愛すべき主君を殺した敵であり、彼を殺すことが帝国のためにもなると吹き込んだ。ケインは精神を病んでいたのであろう、容易にザービアックの心理的誘導に引っかかった。彼はザービアックから可能性の高い暗殺計画を提示され、ザービアックをむしろ神に遣わされた救い主のように感じていた。


 そして皇帝主催の武術大会が行われた日にそれは実行された。この日、アルベルトは妻とともに皇帝のすぐ近くで大会を観戦していた。ヴァルナードはアルベルトの一つ前の席に座っていた。仲の良い兄弟として、二人は冗談を交わしながら大会を楽しく観戦していた。すると――


 突然立ち上がった者がいた。男は服の下から小型のクロスボウを取り出し、アルベルトに狙いを定めた。男は貴人が着る緩い服を着ており、かなり大きな物も隠し持つことができたのである。アルベルトは驚愕して大きく目を見開いた。彼は男の顔に見覚えがあった。マリウスの忠義の近習きんじゅうとして有名だったケインという青年だ。


 ヴァルナードは立ち上がり、ケインの凶行を阻止しようと駆け寄る。だが、遅かった。ケインのクロスボウから矢が放たれ、アルベルトの喉元に突き刺さった。服や防具で覆われていない急所であり、誰がみてもそれは致命傷であった。


 ケインが矢を放ったとほぼ同時に、走り寄ったヴァルナードは腰の剣を抜き、ケインを上から下に切り下げた。ケインは一撃で絶命したが、その顔には笑みが浮かんでいたという。


 人々は大声をあげてアルベルトの下へ駆け寄った。皇帝もその例外ではない。彼は自分の子の中でもアルベルトを最も愛していたと言われる。しかし、時すでに遅かった。アルベルトの呼吸は完全に止まり、二度と目を開くことはなかったのである。ヴァルナードの瞳にも涙があふれていた。それは決して嘘の涙ではなかった。ヴァルナードは心の中で兄の冥福を祈っていたのだ。


 こうしてヴァルナードは帝位継承争いに勝利した。父帝はアルベルトを失った後、非常に落ち込みふさぎこむことが多くなった。そして失意のうちに、数年もたたず若くして崩御したのである。父の死後、しきたりによって封印書が開かれた。その封印書に書かれた名前は、ヴァルナード。すなわち現皇帝ヴァルナードの誕生であった。

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