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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第二章 動乱の始まり編
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054 帝国の策謀2

「我々にとっては長男ユリウスが王位につくことがベストだったんだがな。そのためにアルネラの暗殺まで試みたわけだが……」


 玉座に頬杖をつきながらヴァルナードはそうつぶやいた。若き皇帝ヴァルナードは、帝国による大陸統一を夢見ている。そのためには隣国のシュバルツバルトは無能な王であった方がよい。


 だがここで王位継承問題が巻き起こった。ユリウスの王位継承は危ういとの情報があり、どうやらそれは現実となりそうだと分かった。そこで彼らは王位継承権第二位アルネラの暗殺をくわだてたのである。ルヴィエも暗殺対象として考慮されたが、まだ13才のルヴィエは王宮からなかなか出てこないこと、そしてブライスデイル侯の手の者が固くガードしていることから、候補から外された。


 計画が上手くいきアルネラがいなくなれば、ブライスデイル侯が推すルヴィエが有力となるが、その分アルネラ派がユリウス側につく可能性が高い。またそうならなければ、彼らが裏で介入して反ブライスデイル派を糾合することも考えていたのだ。


 しかしこれはもはや机上の空論になってしまった。現実にはアルネラの暗殺には失敗し、彼女は依然有力候補のままである。ではアルネラとルヴィエ、どちらが帝国としては好ましいか。これはなかなか結論を下すのが難しい。


 彼の得ている情報によれば、女ながらアルネラは近臣の忠誠をよく集めており、指導者としては未知数ながら決して無能ではないようだ。そしてなにより、帝国から独立する際の謀反人アリアのように、王国を一つにまとめる象徴となりかねないことが懸念された。


 一方ルヴィエもまだ13才と若いが、兄のユリウスより大器であると近臣の間から持ち上がっているらしい。もちろん贔屓目もあるであろうが、ユリウスにはそのような評価が全くなかったことを考えると、標準以上の能力がありそうだった。


 だとすれば、ここは帝国としては静観するしかあるまい、そうヴァルナードは思案を巡らせた。


「陛下…………陛下!」


 ザービアックがヴァルナードの思考をさえぎった。ヴェルナードは面前に控えた大魔導師に視線を向ける。


「実は一つ懸念材料がございます」


「なんだ?」


「まだ確たることは言えませぬが、実は今回の事、ベイロン殿の仕業だと感づいた者が居るやもしれません」


「なに!?」


 ヴァルナードとベイロンの二人が驚いて同時に大きな声をあげた。


「まさか! 私の機密保持は問題なかったはずだ」


 ベイロンは心外だと言わんばかりにザービアックを問いただした。


「いや、敵方ではないのだ。我が帝国の者で気づいた者がいるかもしれないのだ」


「なに? ……だが帝国の者なら例え知られたとしてもそう問題ではないということか?」


「どうかな……。その人物というのが問題なのだ」


 ザービアックは答えを濁らせた。


「誰だ? 早く言えっ」


 ザービアックの勿体ぶった態度にイラッと来たベイロンが催促する。


「エルンスト=シュライヒャー殿だ」


「なに? あの老将軍か?」


 本当であればことである。エルンスト=シュライヒャーは「帝国軍を支える一柱ひとはしら」と称される名将ではないか。


「ザービアック、どういうことだ? なぜエルンストがそれに気づいたと分かったのだ」


 今度はヴァルナードがザービアックに先を急がせた。


「私の部下にキルクスという男がおります。シュバルツバルトがシュライヒャー殿に弔問の使者を送ったことは陛下もご記憶にあるかと思いますが、キルクスはその使者に同行していたのです」


「……それで?」


「シュライヒャー邸でご息女の遺品が引き渡されたのですが、その席で彼女を殺したのが“三日月形の傷の男”であることが伝えられたのです。それを聞いたシュライヒャー殿は顔色を変え、しばらく考えこんでいたということです」


「うぅ……」


 ザービアックの説明を聞いて、ベイロンがうなった。その情報が正しいとすれば、シュライヒャーは確かに気づいているのかもしれない。だが――


「しかし、そもそもあの御仁は私のことを知っているのか? 私のことを知るのは陛下と貴公の他、極わずかなはず。軍の重要人物であるとはいえ、シュライヒャー殿は表側の人物、私のような裏の人間のことは知らないはずだが……」


「それは確かなことは分からない。だがキルクスの証言によれば、シュライヒャー殿も確実にそれが貴公だと断定したわけではないようだ。貴公のことは断片的な噂のようなものしか知らないのかもしれない」


 予想外の展開に、ヴァルナードとベイロンが押し黙った。しばらく沈黙が場を支配していた。


「これは不味いことになったかもしれぬな……」


 ヴァルナードがうめくようにつぶやいた。ザービアック、ベイロンが同意して頷く。なぜなら彼らはシュライヒャーを排除しようとしてきたからである。


 若き皇帝ヴァルナードにとって、エルンスト=シュライヒャーのような叩き上げの老将軍は扱いにくい人間であった。エルンストは自分の経験を絶対のものと考え、しばしば上層部の指示に反している。


 また貴族たちの支持のもと皇帝に即位したヴァルナードは、自らの支持基盤である貴族たちをある程度満足させなければならない。そしてその貴族たちにとって、平民から高位の軍人となったシュライヒャーは目障りな存在だったのである。


 大魔導師であるザービアックも、エルンストのような老兵は早く退場するべきだと考えていた。そこでヴァルナードやザービアックは事ある毎にエルンストを冷遇してきたのである。


 そして彼らはついにある計画を実行した。エルンストの嫡男エミールを事故に巻き込んで殺害するというものである。当時エミールは若き剣士として帝国の中でも名を上げ始め、エルンストにとって自慢の息子であり後継者であった。


 ある時、帝国の「魔獣の森」付近の村で魔獣が出没し、多くの村人が殺害されるという事件が起こった。帝国はすぐに討伐隊を編成し、現地に派遣することを決定した。これは非常に危険な任務である。ザービアックとベイロンは、この討伐隊のメンバーに意図してエミール=シュライヒャーの名を書き加えた。エミールがこの任務で死ねばよし、そうでない時は……。


 公式には、討伐隊は全滅したと発表されたが、これは偽りである。エミールはまさに将来英雄になるかもしれない資質を持っていた。討伐隊がみな死に絶え、ただ一人になったエミールは、一騎にて魔獣ワイバーンを倒すことに成功したのである。ところがワイバーンを倒し、息も絶え絶えになったエミールを、ベイロンが背後から襲い殺害したのであった。これがエミール=シュライヒャーの死の真相である。


 要するに、彼らはエルンストに憎まれこそすれ、好意をもたれる覚えはないのである。当然エミールの件は、エルンストに秘されている。しかしこれまで彼らがエルンストを冷遇してきたこと、そして娘を殺したのがベイロンだと知れば、エミールの件の真相を探ろうとするかもしれない。そうなればエルンストがどのような態度に出るか予測不能である。最悪の場合、反乱を起こすか、どこかの国に亡命するかもしれない、と彼らは考えていた。


「しかし、そもそもなぜ、あの場にエルンストの娘が居たのだ? そうでなければ何も問題なかったろうに……」


 ヴァルナードが計画の破綻がしたことで、無念そうにそう訊ねた。


「あれは全くの偶然のはずです。運命のいたずらとしか……」


 ザービアックの調べによれば、レミア=シュライヒャーが王女誘拐事件に巻き込まれたのはやはり偶然でしかない。しかしそのせいで、過去の自分たちの後ろ暗い行いが、明るみに出てしまうかもしれないというのは皮肉なことである。


「いかがいたしましょう、陛下。もはやエルンスト=シュライヒャーを放置は出来ぬかと思いますが」


「まずそなたの意見を聞こう。どうすれば良いと思う?」


「2つの対応が考えられます。第一にエルンスト殿を即座に拘禁こうきんし、領内の兵を武装解除させること。一度捕らえてしまえば、後でどのようにでも対応できます。これが最悪の事態を招かないという点においては最上の手かと思います。第二に、さしあたりエルンスト殿を監視し、怪しい動きがあった場合に彼を拘束すること。これは穏当な手ですが、エルンスト殿に叛意があった場合手遅れになる可能性がございます。いかがなさいますか?」


 ザービアックはさすがに大魔導師になるだけの男である。対応策をすぐさま提示してきた。おそらく日頃からあらゆるケースを想定して策を練っているのだろう。


「第一の手はエルンストの拘束に失敗した場合、彼をみすみす帝国から離反させてしまう。さらにエルンストはあれで帝国の平民出の軍人の中に信奉者も多い。上手くいったとしても、いらぬ騒ぎを起こしかねないな」


 ヴァルナードは策の利点と問題点を冷静に分析していた。彼も皇帝になるまでに多くの策をろうし、兄弟を陥れ帝位の座を射止めた男だ。


「御意。では第二の策をおとりになりますか?」


「そうだな……。ベイロン、そちの黒の手の者を使ってエルンストを探れ。奴に関することはどんな些細なことでも必ず報告させるようにな」


「は、かしこまりました。ではすぐ手配いたします」

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