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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第二章 動乱の始まり編
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052 ミリエルとの再会

 カレッジではようやく新年度が始まった。上級に上がったジルも、日に幾つかの授業に出席していた。上級の授業はさすがにレベルが高く、ジルとしても受けがいがある。


 その日、授業が終わった後、ジルは男子宿舎へと続く道を帰っていた。夏の暑さがようやくやわらいできて、気持ちのよい夜であった。夜道を散歩するかのように楽しんでいたジルであったが、ふと自分が何かに見られているかのような感覚に襲われた。


 ジルは立ち止まって周囲の気配を探ってみる。だが何ものかがいるようには見えない。周囲には隠れるような物もないのだ。気のせいか、そう思ったジルであった。


 が――


「ようやく見つけたわよ、ジルフォニア=アンブローズ」


 突然の声に驚かされた。ジルは辺りを見渡すが、人影はない。だが確かに何かが存在する、そんな気配はある。そうか、ジルにひらめくものが会った。


 ジルはセンスオーラ(魔力感知)の魔法を唱えた。ジルの斜め右に魔法の力が働いている。なるほど、と納得し、ジルはディスペルの魔法を唱えた。第三位階の魔法で、魔法を打ち消す魔法である。すると……、何も見えなかった所から若い女の子が姿を現した。耳がとがったエルフである。


「さすが、おみごとね! 以前わたしを捕らえただけあるわ」


「お前は……!」


 エルフの少女は名をミリエルという。以前シュバルツバルトの王宮を偵察していたところ、ジルに見つかり捕まったエルフの娘である。その時ジルに解放され命を救われたことがあった。


「ずっと探していたのよ。名前と学校に通っているということしか分からなかったから、随分手間取ったわ」


「驚いたな。またお前に会うとは」


「可愛い女の子にまた会えたんだから喜びなさいよ!」


「……それで、そんなに手間をかけて俺を探しだしたのには何か目的があるのか?」


 ミリエルはジルの答えがやや間があったことに腹を立てながらも、素直に理由を話す。


「あの時、いつか借りを返すって言ったでしょ? それよ」


 随分律儀なエルフである。殊勝な心がけだが、いささか押し付けがましい。


「俺もあの時言ったはずだ。借りなど気にしなくてよい、と」


「そうはいかなのよ。エルフにも仁義ってものがあるんだから。受けた恩は返さないといけないのよ」


 言ってることは理屈が通っているが、ジルはなにか腑に落ちないものを感じていた。


「何か隠しているだろう? それだけの理由で、わざわざここまで手間を掛けて俺を探しだす必要はない。本当の事を言え」


「……」


 ミリエルはやはり何か隠しているようだ。バツの悪い顔をしている。ジルは前回の経験から、このエルフ娘の扱い方は何となく分かっている。


「言わなければ俺はこのまま帰るぞ。別にお前に手伝ってもらわないといけないことはないのだからな」


 もちろんこれはブラフである。本当にミリエルを放って帰るつもりなどない。


「……分かったわよ。言うわよ」


 ミリエルは諦めて降参というように両手を上にあげた。


「あれから私はエルフの森に帰ったのよ。そうしたら父に、ああ父というのはエルフの指導者の一人なんだけど、父にあなたのことを話したのよ。そうしたら、あなたをもう一度探しだして、必ず恩を返せって」


「なぜだ? まさかそれが礼儀だからなんて言うなよ」


「いまさら言わないわよ。もちろんエルフにとってそれも大事なのは確かなんだからね!」


 ジルは苦笑した。どうやらエルフは人間などよりも純粋らしい。


「父が言うには、あなたはエルフの良き理解者になり得る人間だ。そういう人間を作っておけば、エルフにとっても将来必ず利益になるから、と」


「……なるほどな」


 ジルはミリエルの言うことを理解した。エルフは長い歴史の中で、人間から「エルフの森」へと追われてきた。ミリエルらエルフの「開明派」からすれば、エルフが破滅の道を歩まないためには、人間の協力者を作る必要がある。協力者から情報を得ることが出来るし、その人間の地位が高ければ、政治に干渉させエルフと対立させないように舵取りさせることもできるのだ。


 だが、もちろん協力者は誰でも良いわけではない。まずは信用できるということが第一である。そしてエルフに敵対的な感情を持たぬ者。しかし人間と交流を持ってこなかったエルフたちのこと、そのような人間に心当たりがあるはずがない。それで長年手をこまねいてきたわけだが、そこにミリエルの出会ったジルが現れた。


 ミリエルの話によれば、ジルという人間はエルフに好意を持ち、交流したいと考えている。実際にミリエルを見逃してくれた恩もある。地位が低いのは問題だが、この際人間の協力者を作る第一歩と考えれば良いのだ……。


「評価されているのか、なめられているのかよく分からんな」


「評価しているのよ。エルフが人間を信用するなんて余程のことなんだからね」


 ミリエルの恩着せがましい言い方に、ジルは皮肉の一つも言いたくなる。だが、エルフと関係を持つこと自体は、ジルにとって自分の希望に沿うものである。この世界のことを明らかにするために、エルフの持っている知識はぜひ欲しいところだ。ならばこれはジルにとっても良い機会となるだろう。


「……分かった。お前たちの思惑に乗ってやっても良い。いずれエルフの森にも案内してもらえるか?」


「それは現状では難しい相談ね。私の父も含めて長老たちが許さないと無理だわ。考えてもみてよ。私たちの森を案内するということは、あなたに全てを知られるということでしょ。それはあなたへの信頼が完全なものとならないと無理よ。エルフ全体にとってのリスクが大きすぎる」


 ミリエルの話はもっともなことだ。ジルに悪意があれば、森の構造を知った後、王国の軍を使って占領することを考えるかもしれない。それくらいの慎重さは、関係を持つ相手としてはむしろ好ましいと言うべきだろう。


「無理もない話だな。良いだろう、今はこちらもそれを求めはしない。いずれは行ってみたいがな」


「そうね、私たちの関係がもう少し深まってからまた考えましょう。私だって……」


 ミリエルは何かを言おうとしたが、赤面して言いよどんだ。


「なんだ?」


「な、何でもないわよ! ……それよりまずはあなたへの借りを返すのが先ね。何か私にして欲しいことはないの?」


「ふむ……」


 ジルはしばし考えた。実は頼みたいことがないわけではないが、ミリエルに実行可能かどうか分からない。


「帝国へは行ったことがあるか?」


「帝国? 神聖グラン帝国ね。ないわ。現状で我々と接点がないもの」


 エルフたちのエルフの森はシュバルツバルトとだけ接している。エルフにとって直接の脅威とはならない帝国には関心がないのだろう。


「ではシュバルツバルトとの国境を越えて帝国領へ潜入できるか?」


「可能よ。私にならできるわ」


 ミリエルは胸を反らし、自信をもってそう答えた。


「どうやってだ?」


「あなたもさっき見たでしょう? 私は透明化出来るのよ。余程のことがない限り、見つかることは無いわ」


「そうだ、あの魔法はなんだ? 俺がまだ知らない魔法だが」


 ジルの知る魔法の中に、透明化する魔法は存在しないはずだ。ルーンカレッジの魔道書にも載ってはいない。ジルは自分の魔法の知識に自信がある。まだ自分が使えない魔法であっても、ほとんどの魔法は把握してるつもりだ。


「当然ね、あれは人間の使う魔法にはないもの。エルフの魔法よ」


「エルフの?」


「そうよ。エルフが古代より守ってきた我々独自の魔法体系があるのよ。人間の使う魔法と一部は重なっているけど、エルフにしか伝わっていない魔法もあるのよ」


「ほう、それは興味深い」


 未知の魔法と聞けば、ジルとしても聞き逃すことはできない。自分が最も関心のあることだ。


「その魔法、俺にも教えてくれないか?」


「……それも私の一存では無理ね。エルフの魔法は私たちが太古から伝えてきた財産なの。長老の許可がなければ教えられないわ」


「まあそれも次の段階で、ということか。さっきの透明化の魔法もエルフの魔法なのだな?」


「インビジブル(透明化)の魔法ね。第三位階の魔法よ。偵察などの潜入に最適な魔法よ」


 インビジブルの魔法は人間にとって非常に有用な魔法だろう、ジルはその価値の高さを理解した。


「しかし、そんな魔法が使えるなら、なぜロゴスで俺に捕まるようなヘマをやったんだ?」


「ちょ、ちょっと、私がドジ踏んだみたいに言わないでよ!」


 ミリエルがさも心外だと言わんばかりに食ってかかる。


「インビジブルを使っていたけど、城を出るところでちょうど魔法が解けたのよ。油断したわ」


「本当か? 魔力が切れたんじゃないのか?」


「ち、ちがうわよ! 私がそんなヘマするわけないでしょ」


 ジルは含み笑いを噛み締めた。このエルフ娘はからかうと面白い。だが、そろそろ真面目な話に移るべきだろう。


「それでだ……それならお前に頼みたいことがある。帝国にエルンスト=シュライヒャーという人物がいる。“帝国軍を支える一柱ひとはしら”と呼ばれる優れた将軍だ。彼の周囲で情報を探って欲しい」


「それでは漠然とし過ぎてるわ。どんな情報よ?」


 ミリエルの質問はもっともだ。


「探ってもらいたいのは、彼がいま何を考えているのか、だ。私は彼が何か悩んでいるのではないかと考えている。彼のそばにいれば何か書いたり、独り言をつぶやいたり、家人と話すこともあるだろう。それを探ってもらいたい。それと彼が誰と会ったのか、そして彼を見張っている者が居ないかのかも合わせて調べて欲しい」


「見張っている者? 私の他にその男を探る者いるってこと?」


「ああ。彼は帝国で高い地位についている軍人だが、もしかしたら帝国内で微妙な立場に置かれているかもしれないのだ」


 ジルはミリエルにレミアが死んだ経緯について話した。


 ルーンカレッジの魔法戦士レミアは、ジルやサイファーとともに軍事演習に参加中アルネラ王女誘拐事件に遭遇、三日月形の傷の男に殺害されたこと。レミアはエルンストの娘であり、弔問に訪れた際に傷の男のことを話すと態度が急に変わったこと、恐らくはエルンストが何かしら知っていること、など。


 そしてジルはレミアの手向けとして真実を明らかにしたい、その正直な心情をミリエルに話した。


「なるほどね、分かった。そういうことなら借りもあることだし、協力するわ」


「ありがとう。お前がいてくれて助かるよ」


「ちょ、ちょっと、誤解しないでよ。あくまで借りを返すだけなんだからね」


 ジルは素直に礼を述べたつもりだが、どうしたものかミリエルは赤面していた。


「魔法で透明化するから大丈夫だとは思うが、くれぐれも注意しろよ。見つかればお前の容姿だ、すぐに追手を向けられるからな」


「……大丈夫よ。そんなヘマはしないわ。あなたは安心してここで待ってなさい」


 ミリエルはジルを一瞥いちべつすると、夜の闇の中へと消えていった。

 この話が面白いと思って頂けたら、最新話の下にある評価を押していただけると、作者は小躍りして喜びます、


ご協力お願いします。m(_ _)m

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