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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第二章 動乱の始まり編
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040 レニの故郷へ

 試験週間が終わったルーンカレッジは、7月半ばから8月末まで長期の夏休みに入った。ほとんどの学生は、年に一回の機会とあって実家に帰省する。ガストンやサイファーも例外ではない。


 しかしジルは父に対するわだかまりがまだ解消されていないこともあって、実家に帰る気にはなれなかった。ちなみに父からは帰ってくるように手紙は来ているが、本人もジルがそれに従うとは思っていないだろう。


 ここ数ヶ月の間、色々なことがあったため魔法の研究がおろそかになっていた。夏休みは学校に残って魔法の研究をするか、そうジルは考えていた。


「先輩、夏休みはどうするんですか?」

 

 今季最後の朝練が済んだ後、レニがジルにたずねた。


「レニこそどうするんだ? 実家に帰るのか?」


「はい、1年近く両親に会っていませんし、心配しているでしょうから来週実家に帰ります」


「そうか。僕はカレッジに残るつもりだよ。父とはちょっと喧嘩をしていてね……」


 父との関係はレニには話していないので、ジルとしてはこう言うしか無い。


「そうなんですか? 誰もいないカレッジに残るというのは寂しいですね」


「いや、そうでもないよ。去年も帰らなかったけど、残っている学生もちらほら居る。魔法の研究に専念できるのは悪くない」


 と言いつつ、ジルがいささか寂しげな眼をしていることにレニは気づいていた。もうずっとジルと一緒に居るのだ、表情の変化にはすぐに気づく。レニはなぜか胸が締め付けられるような気持ちになっていた。


「せ、先輩! では私の実家に一緒に来られませんか? お世話になっている先輩のことを父や母に紹介したいですし」


「レニの家に? レニはともかくとして、ご両親に迷惑になるだろ?」


 娘が一年ぶりに帰ってくるのだ。家族水入らずで過ごしたいと思うのは当然だろう。


「いえ、父は軍の関係で忙しいですし、母はきっと歓迎するはずです。私の指導生がどのような人か、母も知りたいはずですから」


「指導生というのはもうお終いなんだけどな」


 ルーンカレッジの新入生と指導生の関係は、公式には一年で終わる。ただその間に親密な関係となった場合には、両者がルーンカレッジにいる間、あるいは生涯その関係が続くことも多い。もちろんジルとセードルフの関係のように、すぐに破綻したり、一年限りで終わることも珍しくはないのだが。


「私にとって先輩はいつまでも先輩です。これからも私のこと指導して下さい!」


「ああ、それは構わないけど、レニはかなり優秀な方だと思うぞ。指導の必要があるかな」


 これは世辞などではなく事実である。新入生の中で、レニは飛び抜けて優れた才能がある。これはジルが教員のマリウスと話した時、彼も言っていたことだ。


「そういうわけで、これからも指導していただくジル先輩のことは両親も気になるはずなんです。ぜひ先輩を招待したいのですが、来ていただけませんか?」


 ジルはひとしきり考えた。夏はゆっくりと魔法の研究をするはずだったが、レニの故郷でのんびりするのも悪く無い。それに英雄レムオン=クリストバインには前から会ってみたいと思っていた。レニの父という絶好のツテがあるのだから、その機会を逃すのは惜しい気がした。


「分かったよレニ。君の家にお世話になることにするよ」


「ぜひ! では家に手紙を出して知らせておきますね!」


 レニは心から嬉しそうであった。ジルとしてもそんなレニの表情を見るのは嫌いではない。


 レニの実家はシュバルツバルトの南東部のソニエ地方にある。この辺りは比較的バルダニアに近く、湖や河が多くあって風光明媚な「湖水地方」として知られている。フリギアから行くとなると、馬車で3日というところである。


 レニはすでに実家に手紙を送り、ジルを伴って帰ることを伝えてある。母親はなぜか非常に乗り気で「ぜひ連れて帰ってくるのよ!」と返信に書かれていたのが、レニは若干気がかりであった。母親はレニ以上にお嬢様育ちなことから、突拍子もないことを考えがちなのである。


 ジルはレニの実家に行くと言った時のガストンやイレイユの反応を思い出していた。ガストンは親指を突き立て「決めてこいよ!」などと言っていた。あれは一体なんだったのだろう。


 イレイユは今度は彼女の家にも来るようにジルを誘っていた。イレイユの故郷のカラン同盟にはまだ行ったことがないので、実は行きたい気もするが、さすがにイレイユの実家となると色々まずそうな気がしてくる。


 2人はフリギアの高級ホテル「一角獣亭」に向かう途中であった。高級なホテルでは、身分の高い旅行客向けに馬車を手配できるようになっており、ジルたちはそれを利用して帰るつもりである。


 費用は全額レニ(の両親)もちである。自分の分は出すといったのだが、そこはレニが頑として自分が払うと言って譲らず、その好意に甘えることにしたのである。レニや彼女の両親にしても、ホスト(主人役)として譲れないところがあるのだろう。


 用意した馬車は王室用ほどではないにしても、充分に高級な馬車であった。それに運転する御者、護衛役として冒険者3名の代金が料金に含まれる。金額はかなり高額である。しかし普段特に意識していないが、レニは伯爵令嬢である。充分にこの馬車に乗る資格と資産を持っているのだ。


 フリギアの南門から馬車が外へ出て行く。この道は以前軍事演習に行く時に通った街道だ。その途中にアルネラ姫の誘拐事件に巻き込まれ、レミアが命を落とした。まだあの事件からそれほど時間がたっているわけではない。


 窓からの景色を見つつ、ジルは珍しく感傷にひたっていた。自分の大魔導師となる過程では、必ずや幾人もの人の死を見ることになるだろう。レミアはその一人目になったのだ……。


 そんなジルの横顔を正面に座ったレニは眺めていた。思えばこの人と出会ってから一年になる。初めは「天才」と呼ばれる上級生がどのような人間なのか心配していた。しかし付き合ってみると、ジルは他人に対して公正で、後輩であるレニにはとくに親切にしてくれた。新入生で自分ほど指導生から親身に魔法を教わった者はいないだろう、レニはそう確信していた。


 母や父はジルをどのように見るだろうか。ジルは礼儀を守れる人間なので心配はしていないが、両親の出方が少々心配だった。特に父は自分にとっては優しい父だが、ジルに対してどのように振る舞うだろうか……。


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