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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第一章 ルーンカレッジ編
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034 ヴァルハラ祭 〜魔法闘技大会1

 ジルはレニとともに、魔法闘技大会の会場に入った。


「次は先輩の番ですね! サイファーさんに続いて頑張ってください」


 となりのジルが何も言わずに頷く。


 魔術師クラスは魔法戦士クラスよりも学生の数が多く、層が厚い。大陸の魔術師の最精鋭を養成する看板コースである。いくら才能が認められているとはいえ、まだ中級クラスの1年であるジルは必ずしも鉄板の優勝候補というわけではない。上級クラスには油断のならない使い手が何人もいるのである。


「先輩のこと信じてます! 怪我だけはしないように気をつけてください」


 レニの激励を背中で聞きつつ、ジルは控室に向かった。誰かに心配されるのも悪くない気分だ。


 控室に入ると、すでに参加する選手たちが6割がた集まっていた。基本的に選手は魔術師コースの学生であるため、ジルの見知った顔も多い。その1人は、かつてジルの指導生であったセードルフである。セードルフはジルを見ると露骨に顔をしかめた。ミアセラが「嫉妬深くて姑息」と評した所以ゆえんである。


「ジル! お前もこの大会にエントリーしていたのか……。この頃活躍しているようだが、この大会を甘くみないことだ。そこらの冒険者などよりも、このカレッジの学生の方が手強いことを思い知らせてやる。かつての俺だと思うなよ」


「……お手合わせするのを楽しみにしています、先輩」


「!?」


 何を勘違いしたのか、セードルフは鬼のような形相ぎょうそうとなって戻っていった。おそらくジルにあなどられたと思ったのだろう。


 ジルにとってセードルフとのことは気の重いことであった。一応学園の先輩であり、確かにかつては指導生であったわけであるから、そう邪険にはできない。しかしこうも会う度に突っかかられるのでは、気が滅入るというものである。


「さっそくセードルフとやりあったのね」


 ふふ、と笑いながら近づいてきたのはミアセラである。


「べつにやりあったわけでは……」


 ジルは心外な顔をする。


「だめですよ、あんな言い方をしたら、彼にとっては喧嘩を売られたも同然ですから。余計ないざこざを防ぎたかったら、相手の立場も考えてみないと」


 歳上のミアセラがジルに忠告する。


「……」


 ジルはセードルフなどにいちいちわずらわされたくなかった。


「面倒なことを避けたいなら、それなりの努力も必要なのですよ」


「……今度から気をつけてみます」


 ジルも認めざるを得ない。この程度でいちいち気が滅入っていては、陰謀渦巻く宮廷では生きていけないだろう。


「選手のみなさんはこちらにお集まり下さい。判定に必要な装置を取り付けさせていただきます」


 大会の係員が選手を大声で呼ぶ。魔法によるダメージをポイント換算する魔法の装置である。拳大よりも小さな四角い装置で、選手たちの腰のところに取り付けられる。この装置により、受けたダメージのポイントが、競技場のディスプレイに表示されるようになっている。


 魔法闘技大会の会場は、魔術師コースの授業で使用される特別な結界が張られたドームである。このドームの中では結界により、使用される魔法の威力が20分の1に抑えられる。これはファイアーボールやライトニングボルトなど、危険な攻撃魔法を授業で練習できるようにするためである。


 大会では、特別な判定装置を選手にとりつけ、被ったダメージを20倍に、つまり結界で弱められる前の通常のダメージに換算してカウントする。相手のポイントを合計100ポイントにした方が勝ちとなるのである。


 係員から対戦の組み合わせ表が渡される。ジルの名前はA組の第三試合に記されていた。剣闘大会と同じく、この魔法闘技大会も選手は、Aの山8名、Bの山8名の計16名になっている。表を見ると、Aの山の第一試合にセードルフが入っている。もしセードルフが勝ち進めばAの決勝で相対することになるだろう。Bの山にはミアセラがおり、順当にいけば彼女が勝ち進んでくるはずだ。


 第一試合のセードルフと対戦相手が競技場へと向かう。後の試合の選手たちは自分の順番が来るのを控室で待つことになる。


 試合慣れしていない者にとって、この時間はプレッシャーとなり嫌なものだ。ただジルはすでに実戦を経験していたし、元々この大会に特別な思いをもって参加したわけでもないので、あまり重圧は感じていなかった。その意味で言えば、勝ちが求められる上級クラスの学生、なかでも学生代表のセードルフの受けるプレッシャーは非常に大きなものであるはずだ。


 レニは観客席で試合が始まるのを待っていた。ジルの試合は3試合目になっており、その他の試合は気楽に見ることが出来る。となりの席には、メリッサが外の屋台で買ったポテトフライの袋を持ってやってきた。


「第一試合のセードルフって人、前にジル先輩が言ってた人だっけ? 先輩と勝負して負けたっていう」


 トーナメント表を眺めながらメリッサが聞く。レニはメリッサに言われて初めてセードルフの名前を思い出した。


「ああ、そういえばそうだよね。確かカレッジの学生代表の」


「だとすれば、そんなに強くないんだよね? 初戦で負けちゃうかな?」


 セードルフも自分が新入生からこれほどあなどられているとは思わないだろう。


 眼下の競技場ではいよいよ第一試合が始まるらしい。セードルフの相手は中級クラスの3年生マルグレーテである。中級のなかではそれなりに名を知られた存在で、まず優秀な学生と言って良い。去年の大会でも中級ながら上級クラスの学生を倒して2回線に進んでいる。


 競技場のディスプレイに両者の名前と経歴が表示される。セードルフのところには、昨年の魔法闘技大会準優勝と書かれている。


「あれっ、あの先輩結構強いんだ? 去年の準優勝だから弱くないはずだよね?」


 メリッサがまたも正直ながら失礼なことを言う。セードルフは学生代表に選ばれるくらいであるから、弱いはずはないのだ。


「ビーー!」

 

 第一試合の開始のブザーが鳴らされた。セードルフ、マルグレーテが同時に魔法の詠唱に入る。


 この魔法闘技大会では、武器や体術など魔法以外の攻撃は禁止されており、魔法によるダメージだけがポイントとして判定される。例えばルーン・ソード(武器魔力付与)により魔力が付与された剣で攻撃するのは反則であるが、召喚魔法によって呼び出された魔獣の攻撃、サイコキネシスで相手を持ち上げ叩きつけるような攻撃はポイントとしてカウントされる。


 選手たちはみな学生ゆえ、そう多くの魔法は使えない。そのため自分や相手がどの魔法を使えるのか、これにより相手との相性も決まるため、大会は運の要素も多分に左右する。


 呪文はマルグレーテの方が早く完成した。マルグレーテのかざした手のひらから、白色の矢が投じられてセードルフに突き刺さる。これは第一位階のマジックミサイルである。詠唱が短く、早く呪文が完成するかわりに、威力の方は大したことがない。普通は低レベルの魔術師が使う攻撃魔法である。


 しかもこの大会では威力が20分の1になるため、現実にはほとんどダメージを与えることはない。マルグレーテはどうやら数で押す気らしい。競技場のディスプレイにはセードルフの被ダメージが10と表示される。これが100になるとセードルフの負けである。


 マルグレーテは続けて詠唱状態に入る。そしてようやくセードルフの魔法も詠唱が終わる。


「フレア!」


 セードルフの頭上から炎の固まりがマルグレーテへと放たれ爆発する。第二位階の炎の元素系魔法フレアである。比較的詠唱時間が短く、威力も高いため、上級の魔術師でもよく使うスタンダードな魔法である。マルグレーテのダメージは25と表示される。そして攻撃に威力があったため、マルグレーテの詠唱は中断させられてしまう。


 呪文の詠唱中に攻撃を受ければ、それが武器によるものであれ、魔法によるものであれ、集中力が途切れて魔法が失敗することがある。


 マルグレーテはそれを狙って小技で押す気であったが、セードルフは見事にそのまま魔法を完成させたのである。


 試合はこのままセードルフがフレアで押し続け勝利した。地味な勝ち方だが、魔術師の勝負とはこのように単純な勝負になることが多い。有効な手段でとことん押し続けるのは当然である。


 控室にセードルフが姿を現したとき、ジルは自分の予想が当たったことを知った。ジルはセードルフのことをそれなりに評価しており、マルグレーテが相手では負けることはまずないと考えていたのである。


 セードルフはジルを一瞥すると、空いている椅子へ腰をかけ、控室のモニターに目を向ける。試合が観戦できるように、控室にも魔法で競技場を映すモニターが設置されている。セードルフはこれでジルの試合も見るつもりだろう。


 自分の試合が近づいてきたので、ジルも腰を上げ、競技場へと向かうことにする。次の試合の選手は、競技場の端で前の試合が終わるのを待つ決まりである。


 第二試合は、ファイアーエレメンタルを召喚した学生が相手に継続的なダメージを与え続け勝利した。ファイアーエレメンタルは第二位階に位置し、召喚魔法としては最もレベルの低い魔法である。召喚魔法は詠唱時間が長く、召喚した後も幻獣をコントロールするのに集中力を必要とする難しい魔法であるが、幻獣が顕現けんげんしている限り継続して攻撃することができるというメリットがある。使いどころが難しいが、はまれば強い魔法である。


 第一試合に比べ珍しい魔法が見られたことで、会場は盛り上がっていた。ジルはこの雰囲気のなかで、試合へとのぞむ。


 相手は上級クラス2年のマールである。セードルフと親しく、よく一緒にいる上級生である。以前セードルフが指導生だった頃、ジルも何度か会ったことがある。ジルがセードルフと勝負した時に現場にいた数少ない人間であり、ジルの力をよく知っている。


「ビーー!」


 ブザーとともに試合が始まった。ジルは試合を長引かせる気はない。小さな魔法を連発するのではなく、強力な魔法によって試合を一気に決するつもりだ。ジルとマールが同時に詠唱へ入る。


 ジルがセードルフを倒した時、フレアの魔法を使っていたのをマールは知っている。マールは自分にも火属性の魔法を使ってくる可能性が高いと考えていた。フレアか、ひょっとしたらジルのことだ、ファイアーボールかもしれない。そこでマールは賭けにでる。第二位階の魔法、プロテクションファイアを唱えることにしたのである。この魔法は火属性の魔法の威力を大きく減少させる防御魔法だ。


 ジルはマールの魔法が先に完成したのを見た。しかし何も攻撃は飛んでこない。とすれば十中八九防御系魔法だろう。


 ジルが唱えていたのは、第三位階のウインドスラッシュである。ウィンドスラッシュは「かまいたち」を利用した風系の単体攻撃魔法である。


 これに対し火属性の魔法は派手な魔法であるが、プロテクションファイアなど様々な方法で対抗することができる。最も原始的な方法で言えば、服や鎧を水で濡らしておくだけで威力が大きく減少する。そのため火属性の魔法は注意しないと戦いの決め手とならない可能性がある。


 またファイアーボールの本来の特性は範囲攻撃魔法であり、一度に大勢の敵にダメージを与えることに呪文としての意義がある。したがって、ファイアーボールは単体に対する攻撃力は必ずしも高くはなく、適切とは言えない。


 ジルはこの点を考慮し、第三位階の魔法としては単体に対して最大級のダメージを与えるウィンドスラッシュを唱えたのである。しかも呪文を一部変更し、威力を上げている。


 第二位階までの魔法は、魔法によって起こる現象も地味なものが多い。しかし第三位階の魔法ともなると、非常に派手なエフェクトが起こり、見る者を圧倒する。会場の目はジルが放つ魔法に集中していた。


 呪文の完成とともに、ジルの周囲に2つの竜巻が発生する。そしてその竜巻の間から「かまいたち」が生まれ、マールへと襲いかかる。結界によって魔法の威力は20分の1になっているはずだが、それでも「かまいたち」はマールに強い衝撃を与え、その身体を吹き飛ばす。マールの身体は競技場の壁に叩きつけられた。


 客席はその呪文の威力に、静まり返った。会場のディスプレイには、マールのダメージ量が110ポイントと示されていた。一撃での勝利である。


 ――レニは自分の目を疑った。


 これまでの2試合では、一撃での勝利などなかった。それなのに……


「うわー、ジル先輩ってば派手ねー! 格好良いじゃない、ねえレニ!」


 隣でメリッサが興奮している。身近な人間が強力な魔法を使ったので、自分が凄くなったように錯覚しているのかもしれない。


 レニは、自分がこの人を指導生にすることが出来て本当に幸運だと思った。ジルという人間が、類まれな才能を持つ人間であることが誇らしかった。

次回第35話は「ヴァルハラ祭 〜魔法闘技大会2」です。お楽しみに!

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