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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第一章 ルーンカレッジ編
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033 ヴァルハラ祭 〜サイファーの戦い2

「どうでしたか? サイファーさんって、先輩と一緒に姫を救った方ですよね?」


「そうだ。ルーンカレッジでは、剣でサイファーに勝てる学生はもういないだろうな。すでに1人の戦士としても相当高いレベルにいると思うよ。この大会程度でサイファーが負けるとは思えないな」


 ジルは目の前でサイファーが実際に戦っている姿を見ている。しかも命のやり取りをする実戦でだ。学生レベルで負けるとはとても思えない。


「魔術師志望の私でも、剣の練習はした方が良いんでしょうか?」


 レニは前から疑問に思っていたようだ。魔術師は1人では自分の命を守ることすら難しいからである。


「……いや、今はまだ魔法の学習に専念した方がいいだろう。精神的に疲れた時などに、運動がてらやるのは良いだろうけど」


「先輩、剣はお上手なんですか?」


「魔術師の中では下手ではないと思うけど、サイファーみたいな専門の戦士には到底敵わないよ。身を守るために最低限のたしなみは必要だと思うけど、魔術師が剣を持って戦うようではどのみち不味まずい状況だろうしね。それより僕もいまは魔法の研究に専念したいんだ」


 ジルがいま目標としているのは、第四位階の魔法を習得することである。その習得には相当な時間と修練が必要であり、剣の訓練などに時間を費やす余裕はない。


「レニはいまどの魔法を使えるんだ?」


「ええと……、先輩が最初に教えてくれたライト、それから神聖魔法のキュアです。いまはマジックミサイルを特訓をしています」


 キュアもマジックミサイルも第一位階の魔法である。


「なかなか順調だな。とくにキュアをもう使えるようになったのか。ひょっとしてレニは神聖適正が高いんじゃないか?」


「ええ、普通キュアはもっと上達した後に使えるようになるものだと、私も後から聞きました。私は習得するまでそんなに難しいことはなかったので、びっくりしたんですが」


「それが適正が高いということだよ。僕も治癒魔法はキュアしか使えない。神聖魔法なら僕と同レベルってことだな」


 ジルがいたずらっぽくレニに笑いかける。レニもそれを見てこれ以上ない笑顔になる。


「先輩、からかわないでください。私が先輩となんて……」


「……いや、真面目な話、レニが高位の神聖魔法を使えるようになってくれると助かるよ。僕は大して使えないようだからね」


 これは事実である。ジルは神聖魔法についてはすでに諦め、他の人間に任せようと思っている。もっともレニがいつまでも自分のそばに居てくれればの話であるが。


「先輩にも不得意な分野があるって分かって少し安心しました。――分かりました! 神聖魔法を頑張って覚えてみます!」


「いや、無理する必要はないからね。他の魔法を覚えたいならそっちを優先した方が良い」


 レニが神聖魔法を使えればジルにとっても有り難いが、それをレニに押し付ける気にはなれない。なぜなら魔術師が魔法を覚えるには、時間や能力の点で数に限りがあるからである。


 どんな魔術師も全ての魔法を使えるわけではない。ゆえに魔法の取捨選択はその魔術師の個性である。宮廷魔術師として採用される時の一つの基準として、その国が必要としている魔法を使えれば有利であるし、その国の宮廷魔術師が使えない魔法が使えるなら、すぐにでも採用されるだろう。


 だからジルとしては、レニが自分の才能を見極め、自分で適切な魔法を選択してもらいたいのだ。


**


 剣闘大会は順調に進んでいた。Aの山はやはりサイファーが制し、Bの山は魔法戦士コース3年のダールトンが勝ち上がってきた。ダールトンは3年の中では最も強く、サイファーに次ぐ優勝候補であった。これまでサイファーの後塵こうじんを拝することが多かったため、並々ならぬ覚悟を持って大会に望んでいるようだ。


 2人がそれぞれの開始線上で対峙した。サイファーはいつもと同じく冷静な様子だが、ジルの見るところ、ダールトンの方は気合がかちすぎているような気がした。2人は開始の合図で剣を合わせると……同時に呪文の詠唱に入った。これは双方とも意外であったとみえ、互いに驚いた表情で見つめ合う。


 ――呪文はダールトンの方が早く完成する。


 唱えていた魔法はヘイストである。ヘイストは対象の敏捷性を約2割ほど上げる呪文である。肉体の限界を超えた速さを実現するのと引き換えに、この呪文には2つの後遺症がある。


 一つは、肉体に過度な負荷をかけるため、多くの場合で翌日以降、早ければその日のうちに筋肉痛になることである。筋肉痛と言えば取るに足らないことのように感じるかもしれないが、肉体の痛みは確実に運動能力や反応速度に影響を与えるため、翌日以降はむしろ能力が一時的に衰えることになる。翌日以降も戦いがあるなら、これは大きなハンデを抱え込むことになるだろう。


 更にもう一つの後遺症は、こちらの方がある意味深刻かもしれないが、寿命がわずかとはいえ縮まることである。肉体に過剰なスピード強いることにより、心臓に強い負担をかけるためである。


 このように、ヘイストは見返りも大きいが、リスクも高い魔法なのである。だが、ダールトンとしてみれば、この試合に勝つことが最優先で、明日以降は何も予定がないことを計算して使ったのである。寿命が縮むのもほんの僅かな時間であれば問題ない、そう考えたのであろう。


 呪文が先に完成したことで、ダールトンは勝機を見出したのだろう。すぐさまサイファーへと突進する。さすがにヘイストがかかっているだけに速い。あっという間に自分とサイファーとの間にあった距離をつめる。勝った! ダールトンはそう思ったであろう。


 しかしそれと同時にサイファーの呪文も完成する。だが刹那せつなの間でダールトンは思った。ここまで近づくことが出来れば、ほとんどの魔法は完成したところで何とかなる、と。サイファーの魔法はプロテクションアーマー(防御力強化)か、フレアなどの攻撃魔法か。フレアなら集中力を高め攻撃に耐えなければならない。そして無防備となったサイファーに剣を叩き込むのだ。


 だが魔法による衝撃は来なかった。


(攻撃魔法ではなかったか!?)


 ならばサイファーに何か変化があったはずだ。防御力を強化したのだろうか? しかしここでそれが分かるはずはない。ダールトンは余計なことを考えるのは止め、サイファーへと剣を振るった。だが……。


 ――遅い。


 ダールトンは自分の身体の動きが遅くなっている事に気がついた。いままでがヘイストのおかげで高速だったため、余計に遅く感じる。自分の周りの時間だけがゆっくりと流れているような感覚がする。


 サイファーのかけた魔法はスロウだったのである。スロウは対象のスピードを約2割遅くする魔法である。ヘイストが自分に対して副作用があるのに対し、スローは敵にかける魔法であるため、そのようなデメリットはない。


 スローに問題点があるとすれば、敵に対して使う魔法であるため、敵がレジスト(抵抗)したり魔法による防御をしている場合、無効化されるおそれがあることである。逆に言えば、ヘイストは自分や味方にかける魔法なのでほぼ確実に魔法が成功するメリットがある。


 ヘイストもスローも、いや他の魔法もそうであるが、魔法は術者の能力によって効果が大きく変わる。同じファイアーボールでも習得したばかりの魔術師と高レベルの魔術師とでは、威力や効果範囲に差が出るのである。


 この時、魔術師としてはダールトンよりもサイファーの方が優れていた。ゆえにサイファーのスロウの効果の方がヘイストを上回った。ダールトンは通常よりも自分がゆっくりとしか動けないことに、異常さを感じていた。この瞬間ダールトンは自分がスロウをかけられたことに気づいているだろうか。スロウは対象の思考をも遅くするがゆえに……。


 サイファーはダールトンの剣を叩き落とし、高速の突きをダールトンの喉元につきつけた。突きが当たる寸前で止めている。このような大会で無駄に怪我人を出したくないと思ったのであろう。ダールトンは天を仰ぎ、自らの負けを認める。その顔には無念さがにじみ出ていた。


 わあっ、と観客から歓声が沸き起こる。


 軽く手を上に突き上げたサイファーを、大勢の人間が讃えている。カレッジの中の小さいな大会とはいえ、ルーンカレッジは魔法の先進的学校であり、学生でも魔法戦士のレベルは低くない。サイファーは一戦士として充分に強いことを証明してみせたのである。


 大会に出場した選手たちに囲まれ、祝いの言葉をかけられているサイファーを遠目に眺め、ジルとレニは客席を立った。この状況では声をかけるにしても、相当な時間がかかるだろう。おめでとう、そう聞こえるはずもない祝辞を残して、ジルたちは闘技場を後にし、魔法大会の会場へと向かっていった。

次回第34話は「ヴァルハラ祭 〜魔法闘技大会1」です。お楽しみに!

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