032 ヴァルハラ祭 〜サイファーの戦い1
王国暦768年12月31日、カレッジはあと少しで新年を迎えようとしていた。
あと5分。ジルはレニとともにカレッジのダンスホールに居た。新年を一緒に迎えようという学生たちが大勢集まり、カウントダウンを待っている。カップルだけでなく、ルームメイト同士やクラスの同級生、指導生と新入生という組み合わせもいる。
(私たちの関係はどれに当たるのだろうか?)
レニはそんなことを考えていた。ジルには絶対知られてはならないことだ。レニはこの瞬間を迎えるため、今日は戦略的にふるまった。
夕方5時、レニは魔法について教えてもらう口実でジルに会いに行った。いま取り組んでいる第一位階のマジックミサイルの魔法についてである。基本的にジルは魔法について聞けば喜んで教えてくれる。魔法について語ること自体がジルにとって喜びだからである。そのことがレニにもようやく分かってきた。
魔法について教わること2時間、レニはジルを食事に誘う。今日も学生食堂は8時まで開いている。この時間に魔法を教われば、ちょうど食事の時間になることを計算していたのである。そして夕食を食べ終わった後は、このまま新年を一緒に迎えましょうと誘うだけである。ジルはとくに深く考えることなく、一緒に付き合ってくれた。恐らくレニのような裏もなしに。
今年も残り1分。ジルと出会った最初の年が終わりを迎えようとしている。レニはこのジルと過ごした瞬間を、自分が一生覚えているような予感を覚えていた。そしてジルは、大勢の学生がこの瞬間を楽しんでいるのを見て、自分も楽しんでいた。
「5……、4……、3……、2……、1……、新年おめでとうっ!」
パンッパンッ! というクラッカーの騒音とともに、ダンスホールは学生たちの歓声で包まれていた。いまこの瞬間、この場所でだけは楽しもう、と皆が馬鹿騒ぎをしていた。王国暦769年が新たに訪れた。レニにとってはジルとのまた新たな年が始まったのである。この一年はどのような年になるだろうか。自分は魔術師として成長できるだろうか。レニはふと隣のジルを見る。ジルは周りの学生たちとともに新年を祝っていた。
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ルーンカレッジでは、毎年新年を祝う催しとして1月5日からヴァルハラ祭が行われる。これは学生たちが主体となって開かれる恒例の行事である。行事というよりは、常に魔法学習で重圧と戦う学生たちが、唯一重荷から開放され、羽目をはずすためのお祭り騒ぎである。教員たちもこの日だけは例外ということで、学生たちのやることに干渉しない。
ヴァルハラ祭では3つの催しがある。まず魔法闘技大会、これは魔法を駆使して1対1の形式で戦う競技である。魔法は殺傷力が高く危険なので、結界により威力を20分の1に抑えた上で、判定は通常のダメージに換算して競う競技である。そして剣闘大会は魔法戦士クラスの学生のためにあるようなもので、剣+魔法を駆使した戦いである。
それから一部学生の有志で行われるミスコンがある。ミスコンは自薦、他薦は問われないが、エントリーのためには10名以上の推薦が必要である。またこのミスコンにはおまけ的な要素として、全学生の投票によりカレッジのベストカップルが決められる。どれも勝負よりはお祭り騒ぎが主体の催しである。
ジルは去年どのイベントにも参加しなかったが、今年はレニとともにヴァルハラ祭を楽しむことにしている。レニやガストンからの勧めもあって、魔法闘技大会に参加している。どうせお祭り騒ぎを楽しむなら、自分もその騒ぎに参加した方がいいだろうと思ったのである。
ヴァルハラ祭の予定表によると、魔法闘技大会は剣闘大会が終わった後に行われる。それまでの時間が空いているため、ジルはレニと剣闘大会を観戦することにした。
今回の大会で圧倒的な人気を集めているのはサイファーである。人気、というのは文字通りの意味ではない。ヴァルハラ祭では非公式ながら賭けが行われている。賭けているのは金銭ではなく、カレッジ内で流通する学食の券など他愛のないものである。サイファーは最も多くの支持を集め、倍率が1倍に近くなっているのだ。
剣闘大会が行われるのは、カレッジの中にある闘技場である。闘技場は、本来魔法戦士コースなどで戦闘訓練に使われる場所である。いわゆる円形闘技場になっていて、競技の場の周囲を客席が囲む形になっている。ジルたちが闘技場に入ると、すでに客席は8割方埋まっており、人気競技であることを示していた。
ジルは剣闘大会のトーナメント表を見た。参加者は全部で16人、トーナメント形式の勝ち抜き戦で行われるようだ。トーナメントは大きく分けてA、Bの山があり、サイファーはAの第二試合に名前が入っていた。3回勝てば、Aを勝ち抜いて決勝に進出することになる。
闘技場に目を向けると、すでに第一試合が始まっていた。剣闘大会で使う剣は当然真剣ではなく、試合用の刃のない剣である。ただし、試合用の剣とはいえ、まともに剣を身体に受ければ骨ぐらいは簡単に折れるため、この大会に出てくる学生は自分の技量に十分な自信がある者ばかりである。試合時間は、各試合5分に時間が制限されている。この5分で勝負がつかなかった場合、再度5分の延長戦が行われる。
第一試合が終わり、ついにサイファーの番となる。相手はジルの知らない学生で、デニスという魔法戦士コースの3年らしい。サイファーは2年なのでカレッジでの経験で言えば相手の方が長いことになる。サイファーはとくに気負った様子もなく、落ち着いているようだ。
この剣闘大会のルールでは、魔法を使うことはできるが、その使用は試合が始まってからに限られる。したがって魔法をかける場合には、相手と剣を交えながら呪文を完成させなければならないことになる。魔法戦士は、日頃からそのようなケースを想定した訓練を積んでいる。カレッジで学んだことを試す良い機会になっているのだ。
サイファーとデニスが試合前の礼をする。戦士の礼とは、剣を相手の剣と合わせることだ。両者はそのまま様子をみるかのように剣を構えて相手の出方をうかがう。デニスはそのまま呪文の詠唱に入っているようだ。サイファーが相手では勝ち目が薄いとみて、魔法で自己を強化しようと考えたのだろう。そこにサイファーが素早く踏み込んでいく。
サイファーは流れるような剣の振りで、上段から下段へと剣で切り下げ、返す刀で水平に横薙ぎする。デニスは呪文を唱えながらもなんとかかわしたが、続けてサイファーの繰り出した連続突きが肩口にヒットした。デニスは片膝をついてダウンし、手のひらをサイファーに向けて“待て”の合図を出す。デニスが負けを認めたのである。
試合はわずか30秒ほどで決着がついた。だがこれはそれほど短いわけでもない。一本勝負の剣闘の場合、試合がそう長引くことはない。一応延長戦の用意もあるが、そこまでいく試合はほとんどないのである。
サイファーとデニスは開始線に戻り礼をし、これで第二試合は終わりとなる。負けたデニスも恐らく軽い痣が残るくらいの軽症で済むだろう。
「レニ、ちょっとここで待っていてくれるか。サイファーと話してくるから」
「選手の控室に行かれるのですか?」
「そうだ。レニはここにいて席をとっておいてくれ」
次の試合はAの第3試合、第4試合と続き、そしてその後はBの山になるのでサイファーの試合は当分先になる。勝ち残った選手は一端控室に戻ることになっている。ジルは控室に一言激励に行こうと思ったのである。すでにサイファーとは深い仲になっているから、何も言わずに見ているのは薄情な気がするのだ。
ジルが控室に入ると、サイファーは椅子に座り次の試合に備えてシミュレーションしているようだった。
「サイファー、なかなか調子は良さそうだね」
「――ジルか、見ていたんだな」
「ああ、指導している学生と客席で見ていたよ。サイファーなら優勝行けるんじゃないか?」
「俺も負けるつもりは無いが、剣の勝負は必ずしも強い奴が勝つわけでもない。不覚をとって相手の剣を受ければ、そこで勝負は決まってしまう」
「まあでも俺はサイファーに“賭けて”おくよ」
ジルはニヤリと笑いかける。口では慎重なことを言っているが、サイファーは負けることなど微塵も想定していないだろう。ここ最近一緒に過ごしてきたジルにはそれが分かる。
「俺の分も賭けておけよ。後でおごってもらうからな」
剣闘大会での賭けはお遊び程度のものだが、不正を防止するために一応選手は賭けに参加できない決まりになっている。
「分かった。その代わり絶対に優勝してくれよ」
ジルなりにサイファーに発破をかけたつもりであった。たぶんサイファーにも通じているだろう。サイファーは何も言わず、手をあげてそれに答えた。
次回第33話は「ヴァルハラ祭 〜サイファーの戦い2」です。お楽しみに!




