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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第一章 ルーンカレッジ編
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031 上級魔法講義

 昼休みが終わり、レニが手を振りながら教室へと戻っていった。ジルも午後から授業が一つ入っている。ロクサーヌが担当する上級魔法の授業である。この授業は第三位階以上の魔法に関する講義である。


 ジルが教室に入ると、学生たちの間でざわめきが起こった。最近ジルが授業に参加することは無かったので、同級生など学生たちがジルを目にするのも久しぶりだった。同じ中級クラスの学生たちでさえ、最近はジルに会っていなかったから、ジルと話したがっている学生は多かった。


「ジルフォニア! 久しぶりじゃない。あんた随分危ない目にあったんだってね」


 遠慮のない口調で話しかけたのは、同じ中級クラスのイレイユである。赤い髪が特徴的な女子で、イレイユは常に「ジルフォニア」と短縮せずに呼ぶ。彼女は北のカラン同盟の出身である。カラン同盟には貴族は存在せず、厳格な身分の上下はない。そのため彼女も地位や身分の上下などに全く頓着しない性格である。


「やあイレイユ。フェニックスは呼び出せたかな?」


 ジルは冗談まじりの口調でそう問いかけた。


「まだだよ! まだ出てきてくれないんだ」


 冗談かと思いきや、本人はいたって真剣らしい。これがジルとイレイユの恒例の挨拶となっていた。


 イレイユがルーンカレッジに入ったのは、実に変わった目的が理由である(と、ジルは考えている)。彼女はとにかく「フェニックス」が好きで、というよりは盲目的に愛しており、フェニックスの召喚だけが魔法を学んでいる理由なのだ。


 ただし、フェニックスは召喚魔法で最も難易度が高く、第五位階に属している。これは天使や魔神の召喚レベルに等しい。常識的に言えば、イレイユにフェニックスの召喚が可能になる日が来るとは考えづらい。しかしジルは、イレイユの一念がいつか成就する日が来るような気がしている。


「危険ではあったけど、何とか無事に帰って来れたよ。カレッジの授業も無事に切り抜けたいものだね。授業にはあまり出席できなかったから」


「まっかせてよ! ジルフォニアが出られてなかった時のノートはしっかり見せてあげるから!」


「あの、私もジルさんに協力します……」


 そう控えめに話しかけてきたのは、やはり中級クラスのルクシュである。ルクシュはイレイユの親友で、いつも一緒にいることが多い。綺麗な銀髪のわりに地味な性格であまり目立った存在ではないが、実は魔術師としてかなりの実力を持っている。


 ルクシュは適正を持つものが少ない神聖魔法の優れた使い手なのである。神聖魔法は、魔術師としての適正とはまた別に適正があり、高い適正を持つものは稀である。ジルが使える神聖魔法はせいぜい第一位階までであるし、ロクサーヌにいたってはそもそも神聖魔法を全く使うことができない。


 神聖魔法の適正についてはまだ詳しいことが分かっていない。ただ、ルクシュの実家が有名な神殿であり、一族がみな神官で神聖魔法の使い手であるように、祖先から積まれたカルマや遺伝が関係しているのではないか、というのが有力な説となっている。ルクシュは現在第二位階までの神聖魔法が使え、すぐに第三位階にも手が届くだろうと周囲から期待されている。


 ジルは中級クラスの中で、イレイユとルクシュに対して一目置いている。それは彼女らが自分にない力や、自分とは異なる角度の情熱を有しているからである。もっともイレイユの方は将来性こみの評価ではあるが……。


「イレイユもルクシュもありがとう。お言葉に甘えて、この授業が終わってから休んでいたときの授業について教えてくれるかな。この礼は必ずするから」


「にゃははは、そんなこと良いのに。じゃあ、遠慮無く近いうちに返してもらからね!」


 イレイユは良くも悪くも元気な子だ。疲れている時には迷惑に感じることがないでもないが、基本的に好感がもてる性格である。


「あっ、やば。ロクサーヌ先生が来た!」


 イレイユとルクシュが急いで自分の席へと戻る。戻ってからもジルに手を振っている。


 そんな学生たちを横目で見ながら、ロクサーヌが教室へと入ってきた。彼女は視線の先にジルの存在を認め、唇をほころばせた。


「やあ、今日は珍しい奴がいるじゃないか。ジル、今日は授業に出られるのか?」


「ええ、ご心配をおかけしました。今日からまたお世話になります」


 ジルは学生の席からロクサーヌに答える。


「欠席は一応公欠だからな、やむを得ない事情というのは理解している。なにか分からないことがあれば私のところへ聞きに来るがいい」


 ロクサーヌが一学生の動向に関心を向けるのは、非常に珍しい。学生たちのロクサーヌに対する印象といえば、類まれな魔術師であるが教師としては学生たちに不親切で、しかし美人だから男子なら教わりたい、でも出来ない学生に対しては冷たくて怖い、そんなところである。


 要するに魔術師としての才能に自信のない学生にとって、ロクサーヌは恐ろしく近寄りがたい存在なのである。だからロクサーヌとジルのやりとりが何やら親密であることに、以前から噂がたっていた。もっとも、ジルならロクサーヌから認められてもおかしくないだろう、というのが大半の意見だ。


「さて、ジルが授業を休んだのは3回というところか。ちょうど良い。復習も兼ねて上級魔法について君たちに問おう。通常上級魔法とは第三位階からの魔法のことを言う。それはなぜだ?」


 ロクサーヌは学生たちを睥睨へいげいしながら問いを発する。ロクサーヌの視線がイレイユと合う。


「第三位階と第二位階との間に大きな壁があるからです! このルーンカレッジでも、第二位階の魔法を習得するまでで卒業する学生がほとんどです」


「そうだな。だが、その答えだと30点というところだ。あとはどうだ?」


 教室は静まり返っている。あえて答えようという学生は少ない。


「ジル、どうだ? 答えられるか?」


「……第三位階からの魔法は、必要となる魔力量や術者のキャパシティーが跳ね上がるためです。ですから第三位階からの魔法は、魔術師の中でも上位の魔力がなければ習得できません。それは第二位階の魔法と比べ、魔法の効果が極めて高いことが要因です。例えば同じ元素系魔法の“火”属性の魔法で言えば、第二位階のフレアと第三位階のファイアーボールでは、その威力に5倍の差があります。単純に考えれば、ファイアーボール一回でフレア5回分の魔力を消費することになるわけですから、その習得は難しくなるのは当然です」


 極めて理路整然としたジルの答えであった。ジルにしてみれば、これくらいのことは常に考えていることであって、用意された模範解答を答えているようなものである。


「よろしい。簡潔にして悪くない答えだ。イレイユと合わせて90点というところだな。付け加えていうなら、充分な魔力のない者が、上級魔法を習得するのは勧められない。上級魔法を一度使って意識を失うようでは話にならんからな。魔法とは一か八かで使うものではなく、戦略を組み立てて使うものだ。位階の高い魔法を使えば良いというものではない。レベルの低い魔法でも適切な時と場所を選べば、優れた効果を発揮するものだ」


「もう少し根本的なところを考えてみよう。君たちがこれまで学んできた第一位階から第二位階までの魔法は、教科書的な通り一遍の理論と技術を学べば行使できる。マリウス先生の授業を受けた者は多いと思うが、先生の授業は非常に分かりやすく、魔法の適正が低い者でもとりあえず魔法を使えるようにする素晴らしいものだ。しかし、そのままのやり方で上級魔法を習得できるようにはなれんのだ。上級魔法は、魔法というものに対する根源的な理解がないと習得が難しいからだ。そしてそれは位階があがるほど顕著になる。教科書を覚えるだけでなく、自分自身で魔法の真理を探求するような者でないと使えるようにはなれないわけだ。学問として考えるなら、上級魔法の壁はそこにあると私は考える」


 ジルが以前「上級魔法はマリウスではなくロクサーヌでないと学べない」と言ったのは、まさにこれが理由であった。より正確にいうなら、マリウスが力不足というのではなく、マリウスの魔法教育理論が、多くの学生を対象に効率的に技術を習得させる類のものだからである。つまり「広く浅く」ということだが、それでは上級魔法には歯がたたない。


「一口に上級魔法と言っても、第三位階と第四位階との間でも相当な壁がある。第四位階の魔法を一つでも習得できる者は、魔術師の中でも20人に1人といったところだろう。そして第五位階の魔法ともなれば極めて少ない。大陸全土でみても、10人にも満たないだろう。私はその中に含まれるがな」


 ロクサーヌが不敵に笑う。魔法を専門的に学ぶこのルーンカレッジでも、第五位階の魔法を使うことができるのは、学園長のデミトリオスとロクサーヌくらいのものであろう。


「諸君もこの学園にいる間に、ぜひとも第三位階の魔法を習得してもらいたい。この授業での最終目標は第三位階の魔法を一つ習得することにあるが、もちろん習得しなければ単位を与えないというわけではない。その過程を見て、充分な可能性を示せば単位をやろう。この授業を一つの励みにして魔法に専心して欲しい」


 授業の前半は座学で終わり、後半は実技練習であった。最初にロクサーヌが手本を見せ、それを学生たちが模倣する。


 さすがに教室でファイアーボールやライトニングボルトを使うわけにはいかないので、今日は念動系のサイコキネシスを使用することになった。第三位階に位置し、物体を術者の意思通りに動かす魔法である。高い集中力を必要とするが、動かす対象の重さはあまり関係なく、大きな岩も比較的容易に動かすことができる。巨岩を大軍のなかに落としたり、刃物を高速で飛ばすなど、使いようによっては高い殺傷力を持つ魔法である。授業では、サイコキネシスを使いコインを壺の中へ入れる練習をする。


 学生1人1人が自分の机に壺をセットし、コインを動かしてみる。しかしコインを浮かすことさせ出来ない学生がほとんどであった。ジルはサイコキネシスをやや苦手としており、普段使い慣れていない魔法であった。コインを浮かせることはできるが、なかなか狙いを定め壺の中に入れることができない。授業時間の中では結局3枚しかコインを入れることが出来なかった。


 コインを動かすことが出来たのは、ジルノ他には結局イレイユ、ルクシュの他、3人だけだった。上級魔法の授業とはいっても、現時点で上級魔法を使える魔力と技量を持つ学生は少ないのが現実である。この授業が全て終わるまでに、どれくらいの学生がこの課題をクリアできるだろうか。


次回第32話は「ヴァルハラ祭 サイファーの戦い」です。お楽しみに!

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