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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第一章 ルーンカレッジ編
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029 カレッジへの帰還

 豪奢な装飾の施された馬車が、王都から南部へと走っていた。その前後を10人の騎士が護衛している。高貴な貴族の馬車なのだろう。


 レント伯クリスティーヌは、南部の自領へと戻る途中であった。今回王都へ赴いたのは、各貴族の動向を探り、各派と渡りをつけておくことが目的であった。偶然にも晩餐会が開かれ、興味深い若者の存在も知ることができたのは収穫であった。


「貴方はあのジルフォニア=アンブローズという若者についてどう思って?」


 クリスティーヌが訊ねた相手は、右側に座す側近の男であった。


「ゼノビア殿とともにいた少年か?」


「そうよ。まだ若いけど、王や貴族たちが取り込もうとしているみたい。剣聖と呼ばれる貴方から見て、彼はどうかしら?」


 男はアルメイダという。人からは剣聖という二つ名で呼ばれることもある。その名は王国剣闘大会で優勝し、無敗を誇っていたところからついた名である。彼は人生の大半を剣の腕を磨くことに費やし、その他のことは二の次で生きてきた。


 クリスティーヌはアルメイダのような道を極めんとする者、極端な生き方をする者を好む。それがアルメイダを側近としている所以ゆえんである。そして彼は意外にも、人間の心の動きや心理についても深い洞察力を持っていた。剣の達人だけに、他人との間合いや心を読むのであろう。


「剣の腕は大したことはないだろう。魔術師が護身用に剣を使う程度だろうな。……ただ、歳に似合わぬ注意深さ、計算高さを持っているように感じた。私には魔術師としての力を計ることは出来ないが」


「なるほどね」


 クリスティーヌはアルメイダの人物観察眼に相当な信頼を置いている。あのジルという少年、ただの少年ではないのかもしれない。王女を救ったにしても、随分と王の覚えもめでたいようだ。それはなぜなのか、クリスティーヌがまだ知らぬことがあるのかもしれない。


 政治というゲームには、勝ちを目指す能動的な行動者、「プレーヤー」が何人か存在する。その一人はまさに自分であり、ブライスデイル侯もそうであろう。ゲームに勝つために、使える駒を見極め、自分のものとして取り込み準備してきたのだが、あの少年もコレクションに加える価値があるのかもしれない。これからその見定めをする必要があるだろう。


**


 ちょうど同じ頃、街道を東へと走る馬車があった。王室の紋章が入った馬車である。ジル、サイファー、ガストンはシュバルツバルトでの任務を終え、ルーンカレッジへと帰る途中であった。帝国へ使者として赴き、晩餐会に主賓として出席した。この間わずかに5日ほどのことであったが、3人はもう随分とカレッジに帰っていない気がした。


 この間3人はカレッジの授業に出席することはできなかったが、流石にシュバルツバルト王家から依頼された任務であるため、公欠として扱われている。しかし、その間に授業で教えられた内容については身についていないわけであるから、後から自分で何とかするしかない。帰ったらまずブランクを埋めなければならない。


「サイファー、王都でゼノビアさんと剣の稽古をしたらしいな?」


 ゼノビアから聞いたことである。ジルはその事について、もう少し詳しく知りたいと思っていた。


「聞いたのか? 礼は何が良いか聞かれたのでな、王国の“花の騎士”と呼ばれるゼノビア殿の手並み、自分で味わってみたかったんだ」


「強かったか?」


「ああ、かなりな。なにしろ、剣を強く打ち込んでもヒラリとかわされてしまうし、剣で上手く力を受け流されてしまう。それで態勢を崩したところをやられてしまった。結局5本やって5本とも取られてしまったよ」


「カレッジで負けなしのお前がな。さすがは近衛騎士団の副団長殿というところか」


「しかもゼノビア殿の真の強さはルミナスブレードにある。稽古での力が全てではないんだ」


「サイファーはその技見たことあるのか?」


「ああ、稽古が終わってから見せてもらった。あれは確かに破り辛いだろうな」


「どんな剣なんだ?」


「そうだな、ライトニングボルトが剣の周囲を巡っているような感じといえばよいか? 剣から伝わる電撃もライトニングボルトクラスの威力があるらしい」


「それは凄いな。実際に自分で見てみたくなった……」


 ジルは今回ゼノビアと親しくなることが出来たが、唯一ルミナスブレードを見られなかったのが残念であった。



「それからガストン、お前ゼノビアさんに変な事を頼んだんじゃないだろうな?」


 ジルがようやく思い出し、ガストンを問いただした。


「な、なんでだよ? な、何か聞いたのか?」


「いや、その事を聞いた時、ゼノビアさんの様子が妙におかしかったんだ。結局お前はまだ決めていない、ということだったが」


「……」


「本当は何を頼んだんだ?」


「……」


「ガストン!」


「……デートしてください、ってお願いしたんだよ!」


 ジルとサイファーが顔を見合わせる。


「お前、そんな個人的なことを頼んだのか!? 呆れた奴だ」


 サイファーが本当に呆れたというように、ガストンをなじる。


「しょうがないだろ! あんな美人なんだからデートしたくなるのも当たり前じゃないか! カレッジじゃこんなことそうそう出来ないんだしよ」


 ガストンはヤケになったように自己弁護する。


(……俺のしたことはデートじゃないのだろうか……。そんなつもりはなかったが、結果としてあんなことになってしまったし……)


「それでゼノビアさんはなんて言ったんだ?」


 サイファーがガストンを詰問する。


「俺のことは嫌いじゃないけど、そんな個人的な事は無理だって、そう言われたよ」


「当然だろうな。馬鹿なやつだ……」


 サイファーは同じ戦士としてゼノビアに敬意を持っているだけに、ガストンに文句の一つも言いたくなるのだろう。


(…………)


「それでジルは何を頼んだんだよ?」


 やや気落ちしたガストンが、何気なく訊ねる。サイファーもこちらに視線を向けている。


「……ああ、えーと、儀礼用の服を買ってもらった」


「もしかして、一緒に買いに行ったんじゃないだろうな?」


 ガストンの目がキラリと光る。


「……い、いや、ゼノビアさんも忙しい人だから、サイズを測って店に注文してくれたんだよ」


「へー、いいじゃねーか。後で着て見せろよな」


「お、おう」


 ジルはなぜか冷や汗をかいていた。嘘をついてしまったことで、何か後ろめたい気持ちがする。


 馬車の窓から懐かしい学園の建物が見えてくる。ここ最近はロゴスや帝国に行っていたが、しばらくは学園で過ごせるだろう。とくにジルは最近魔法の研究ができていないことに不安を覚えていた。ジルにとって魔法は単なる技術ではなく、生きがいと言っても良い。


 カレッジにつくと、3人はひとまず学園長の部屋へ任務について報告しに行った。


「3人ともご苦労だったな。何か危険なことはなかったか?」


 学園長室にはデミトリオスの他に、ロクサーヌがいた。カレッジの学生が国の任務につくことは異例なことであったため、学園の方も対応に苦慮しているところがある。


「いえ、帝国領ではとくに何もなく、無事任務を果たすことができました」


「そうか。まあバルダニアであればともかく、帝国とはいまとくに対立しているわけではないからな。下手に手出ししてくることもないだろう」


 そう言うロクサーヌ自身はバルダニアの魔導師である。ロクサーヌはバルダニアに所属はしているものの、とりたてて強い忠誠心を持っているわけではない。宮廷にいる間はともかくとして、カレッジのなかで国の政治を優先するつもりはない。


「これでアルネラ姫の誘拐事件から一区切りがついたな。カレッジでの勉学に集中できるようになるだろう」


 ロクサーヌの言葉にジルが頷く。横でガストンが嫌そうな顔をしているのは無視することにした。


 学園長のデミトリオスがようやく口を開く。


「諸君らは、今回の件でシュバルツバルト王国から宮廷魔術師や騎士に叙任されることになった。レミア君の件は本当に残念なことじゃったが、これは非常に異例なことじゃ。諸君らの将来にとっては必ずやプラスになるだろう。この機会を生かして、才能を磨き大成してもらいたい」


 これは決して大げさに言っているわけではない。カレッジを卒業する事自体難しいことではあるが、卒業した後に満足いく仕官先を見つけることは更に至難のことなのである。


 宮廷魔術師は採用の人数が決まっている狭き門であるし、戦士系では各国の騎士団は最難関と言って良い。ジルやサイファーは抜きん出た才能があるので、いずれ自分に見合った地位につくかもしれないが、今以上の地位につくことは通常では不可能だったであろう。


 ただし、ガストンは能力的に宮廷魔術師が務まるか不安が残る。それは本人も自覚しているようで、カレッジを卒業した後、実際には実家を継ぐのではないか、とジルやサイファーはみていた。


 ジルとガストンはサイファーに分かれを告げ、宿舎の前まで帰ってきた。男子用宿舎の入り口では、レニが壁に寄りかかってジルの帰りを待っていた。すぐ近くにいた男子学生によると、もう30分以上そこで待っていたらしい。


「やあ、レニちゃん!」


 ガストンが気安くレニに声をかける。


「ジル先輩! それとガストンさん」


「俺はついでかよ……」


 ガストンは残念なふりをする。ガストンのいつもの茶番だ。


「ガストン、すまんが先に行っててくれないか?」


「ん? ……分かった。早く帰ってこいよ!」


 気を聞かせているのかいないのか、ガストンは先に部屋へ帰っていった。


「レニ、久し振りだね。魔法は上達したか?」


「お久しぶりです、先輩! 先輩が帝国へ行ってまだ5日ですよ。そんなにすぐに変わるはずが……」


「何を言ってるんだ。5日もあれば目に見えて上達してもおかしくはないぞ。ライトの魔法くらいは出来るようになったか?」


「はい、まだ時間はかかりますが、とりあえず呪文を完成させることは出来るようになりました」


「やったじゃないか。それが出来れば、後は要領は大して変わらない。ひたすら練習あるのみだ」


 魔法を詠唱するという作業は、呪文によって実はそう変わるものではない。もちろん高度な魔法ほど詠唱は長くなり、発動に必要な魔力も多くなるが、事前の詠唱体勢の準備や発動までの手続きなどは共通するところが多い。レニは初学者の多くがつまづくポイントを乗り越えることが出来たのである。


「先輩が指導してくれたおかげです。私、本当に感謝しています」


「いや、レニの才能と頑張りの結果だよ。でもそう言ってくれるなら、明日からまた厳しく指導するからな」


「はい! ぜひお願いします」


 レニは満面の笑みを浮かべて頭を下げた。ジルも最近になってレニを指導することが楽しみになってきている。生まれついての魔力はなかなか良いものを持っている。後は技術の磨き方次第だが、将来魔術師として大成する可能性を秘めているようだ。これは自分もうかうかしていられない、そんな気持ちになること自体がジルにとって心地よいことなのであった。

次回第30話は「日常への復帰」です。お楽しみに!

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