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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第一章 ルーンカレッジ編
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014 苦き戦い

切れ目が難しかったので、少々長くなってしまいました。

 現れたのは若い女性だった。そしてその女性が発した次の言葉に、彼らは更に驚くことになる。


「ご、ご助勢願います。私はシュバルツバルト第一王女のアルネラ。危急ききゅうのことゆえ、ぜひ助勢を!」


 ジルたちは状況がよく呑み込めていない。夜の森から突然やってきたこの女性は何を言っているのか。


 さすがに実践なれしたサイファーは、いち早く我を取り戻し、状況の把握に努めている。夜の野営地でまず必要なのは周囲への警戒である。特に視界の外の敵は容易にはとらえきれないため、奇襲されることも十分にあり得る。


 サイファーは敵の気配を探りつつ、その数を数える。


「3、4…………5人かっ! 俺がとらえた気配は5人だ! その女を囲んで円陣を作れ!」


 ジル、ガストン、レミアは、アルネラと名乗った女性を中央に、サイファーと並んで防御陣を形成した。いつどこから敵が襲ってくるか分からない、ジリジリとした焦燥感が胸を焼く。


(これが実戦というものか)


 いかにカレッジで天才と言われようと、ジルも学園の外に出ればまだ戦い慣れしていない新米魔術師に過ぎない。事態の変化に必ずしも適切な対応をとれるわけでもない。自分の至らなさを、この野営地での戦いの中で改めて思い知らされた。


「貴女は自分をシュバルツバルトの王女と言った。それは本当か?」

 

 サイファーが緊迫した様子で聞く。彼とて実戦は緊張するのだ。


「本当です。私は第一王女アルネラです。何者かに襲われ、今まで捕らわれていたのです」


「!?」


 4人は驚愕する。これは大事どころではない、国家の一大事だ。


 ジルが一同を代表して、姫に訊ねる。


「我々は昼間、馬車を追う騎士団に会いました。近衛騎士団のゼノビア副団長です。彼らが追っていた馬車には貴女が乗っていたのですか?」


「恐らくそうです。ゼノビアは追いついて私のために戦ってくれました、彼女の部下も……。いま、敵の手から抜け出すことが出来たのは彼女たちのおかげなのです。私が逃げる間、時間をかせいでくれました。無事で居てくれると良いのですが……」


「敵の戦力は? ここには何人向かっているのです!?」


「はっきりとは分かりませんが、10人近くは来ていると思います。あとは騎士団がどれだけ倒したかによって変わるでしょう」


サイファーが眉をしかめ、厳しい表情となる。


「我々の手にはあまるな……」


「だがやるしか無いでしょう。どのみちこのような大事に巻き込まれたのですから、我々も無事では済まないはずです」


「姫は我々の後ろに居てください。我々がなんとか防ぎます」


 サイファーが緊迫した口調でいう。防ぐといっても何の保証もあるわけでもない。


「分かりました。しかし私も出来るだけのことをいたします。私も魔術師としての訓練を受けておりますゆえ」


「了解しました。さあ、細かいことは後だ、とりあえずここを乗り切るぞ!」


 士気を鼓舞するようにサイファーが唸り声をあげる。


「おう!」


 緊迫感に押しつぶされそうになりながら、ジルやガストンも心の準備を整える。


 サイファーが呪文の詠唱に入る。自分の戦闘力を強化するための魔法であろう。それにレミア、ジル、ガストンも続く。サイファーはプロテクション・アーマー(鎧強化)を自身にかけたようだ。ジルやガストンもさしあたり自分で戦わないといけない状況であるため、プロテクション・アーマーやヘイスト(敏捷性強化)をかける。


 後ろでは姫が魔法を詠唱している。ジルのまだ聞いたことのない魔法だ。


(これは何の魔法だ? 神聖魔法か?)


「ガル・バジリータ・グリフォード・ウフォス エイジン・ジャクイン・ロメトス・ラーダ いと尊き意思に従い、力よ、強きに向かう勇気となれ!」


 姫の呪文の詠唱が終わると、4人をまばゆい光が包み込み、ふつふつと気分が高揚し、不安が消え去っていく。


 第二位階の神聖魔法「ブレス」である。この呪文は戦士の士気を高揚させ、最良の状態で戦いに望めるようにする魔法である。


 神聖魔法は魔法の適正とはまた別に適正があり、通常の魔法よりも更に適正を持つものは少ない。ジルは第一位階の神聖魔法をなんとか使えるだけだが、それでも適正がある方である。ルーンカレッジにも神聖魔法を習得できる学生は非常に少ない。どうやらアルネラ姫は高位の神聖魔法が使えるようである。


「なるほど、これがブレスの効果か。これはいい」


 サイファーの言葉に、レミアやジルもうなづく。戦いを前にして、不要な物が全て削ぎ落とされたような感覚である。


「きたぞ!!」


 サイファーが鋭い声で警告する。


 ザザっ


 森の木々を揺らして、鎧に身を包んだ冒険者風の男たちが複数現れる。サイファーとレミアが先頭にたって防ぎにまわる。ジルとガストンは直接戦闘では不利と見てのことだろう。


 しかしこの場合、彼我ひがの人数が違いすぎるため、ジルやガストンも直接戦わざるを得ない。2人はなんとかそれぞれ一人を相手にしているが、複数の敵を相手にするサイファーとレミアはいかにも分が悪い。


 それでもサイファーは見事な剣技を示し、2人を斬っておとし、3人目を相手にしている。レミアも敵の鎧のつなぎ目に短剣を突き刺し倒している。


「ガストン! 少しの間で良い、敵を引きつけてくれ!!」


「そんな無茶な!」


 ガストンがジルに抗議する。とはいえ、戦闘中に話ができるということはまだ幾分か余裕があるということだろう。


 ジルはガストンに2人の敵をまかせ、瞬時に魔法の詠唱に入る。


「メルキオール・ダルダイダ・バルトリート・ヘリクス ジス・オルムード・ウルス・ラクサ 火の精霊よ集まりきたれ 我ここに汝が枷を解き放ち 破壊の力となさん」


 詠唱とともに、ジルを中心に紅い光点が集まり収束する。


「ファイアーボール!!」


 ジルはファイアーボールを襲いかかる男たちのやや後方に着弾させる。ファイアーボールは文字通り炎の爆発を巻き起こし、森の木々を焼く。ジルはまだ現れていない敵が後方に存在すると読んだのである。


 サイファー、レミア、ガストンを相手にしていた敵の戦士は、後方で突然起こった爆発に巻き込まれ背中を焼かれる。


「ぐおぉぉぉおお」


 そして彼らの後ろでも二人の戦士が直撃を受けて黒焦げになっている。


「運が良かった。魔法が上手くいったらしい」


 ジルが安堵の声をあげる。ファイアーボールは第三位階の魔法であり、強力な攻撃魔法である。呪文の特性として効果が広範囲に及ぶため、気をつけなければ味方を巻き込む恐れがある。敵のやや後方にファイアーボールを落としたのもそのためである。敵を前にして冷静に呪文を唱える胆力、瞬時に呪文を完成させ正確に目標を狙う技術があってこそ、実現できる技である。


 しかしこちらも無傷というわけではない。レミアは小さな傷をいくつも負っているし、ガストンは比較的大きな傷を腕に負っている。相手の冒険者はそこそこ腕が立つようだ。


「まだ安心するな。姫の言う通りだとすればまだ敵は居るぞっ!!」


 サイファーが注意をうながす。確かに相手が10人だとすれば、まだどこかに敵がいることになる。


「きゃあ!」

 

 ジルの後方で悲鳴があがる。声で瞬時に姫だと分かる。


(後ろか!?)


 安全だと思っていた背後から敵は襲いかかってきたのである。おそらくは大きく回り込んで来たのだろう。ファイアーボールで倒された敵とタイムラグがあったのはそのためだ。


 姫は気丈にも剣を抜き、自分でなんとか切り抜けている。どうやら魔法戦士としての素質もあるらしい。とはいえ、そう長く持つとは思えない。


「レミア! ここを頼むぞ!」


 サイファーは前方をレミアとガストンに任せ、後方へと駆けつける。比較的近くにいたジルも、姫に襲いかかっていた敵の横から剣を突きつける。ジルの動きに気を取られた敵の戦士は、姫の見事な剣の振りにやられ崩れ落ちた。


 残りの敵は2人……。


 と、今度はレミア、ガストンの方へ新たな2人の男が現れる。その姿からして、そのうちの1人は敵の指揮官らしい。頬に三日月形の傷があるのが、歴戦の戦士であることをうかがわせる。付き従う戦士は副官といったところか。傷の男が一歩前に歩み出る。


「アルネラ姫よ、やってくれたな! 追っ手をかいくぐってまさかこんな所まで来ているとは。……貴様たちも、一体何者なのだ? シュバルツバルトの騎士とも思えぬが、よくも邪魔をしてくれたものだな」


 悔しさをにじませながら、男が憎悪の言葉を吐く。


「なに言ってやがる。俺たちはたまたまここに居ただけさ。お前たちが勝手に襲いかかってきたんだから、身を守るしかないだろうが!」


 ガストンが虚勢を張る。


「我々はシュバルツバルトに士官した者ではないが、襲われているのが姫と知っては見て見ぬ振りもできない。お前こそ何者だ? 何が目的だ?」


 ジルは勝手に姫を守ると宣言してしまったのだが、サイファーたちも成り行き上反対はなさそうだった。


「ふふ、そのようなこと話すと思っているのか?……どうやら実力で排除するしかないようだな!」


 目の前の男は無駄話は不要とばかり、鋭い目つきとなって剣を構える。その構えを見れば、かなりの達人らしい。


 男の声と同時に、動きを止めていた敵がまた動き出す。前方に敵の指揮官と部下、後方に冒険者が2人。


 後方の2人はサイファーの勇猛果敢な戦いぶりもあって程なくかたがついた。ジルとサイファー、そしてアルネラは前方へと向き直る。


「!?」


――そこには血だまりの中、レミアとガストンが倒れていた。僅かな間に傷の男に倒されてしまったのだ。


「きさまぁああ!」


 ジルの中で何かが弾けた。自分はいつでも冷静で我を忘れるような男ではない。そう思っていた。しかし友とレミアが血だまりに横たわるのを見て、そうではないことを知った。


「ジルっ! 迂闊に手を出すな! 奴はかなりの手練れだ!」


 サイファーの声も届いていない。ジルは剣で指揮官の男に斬りかかる。


 これは無謀である。

 

 男はジルが相手でも油断なく構え、ジルの攻撃を剣で受ける。


 キィン、キィン、キィンッ


 剣のぶつかり合う音が森にこだまする。実力差のある二人である。打ち合っていたのは2合ほどであったろうか。男がジルの剣を巻き込むように受けて、ジルの手から弾き飛ばす。


「!?」


 となりではサイファーがジルを助けに行こうとするが、部下の男がそれを許さない。2人の実力はほぼ互角と見える。


 ジルは無手になり、傷の男と対峙している。


「……チィッ」


 ジルは己の迂闊さを呪う。頭をフルに巡らせてどうすればよいか考える。


(どうする? どうする? どうする?)


 無論この状況では魔法など問題外である。結局ジルに打つ手はなかった。絶体絶命の状況である。


 すると――


「ぐわぁああああああ!!」


 突然、サイファーと戦っていたと副官の男が絶叫をあげて倒れこむ。背後から何者かが斬りつけたのである。


 姿を現したのは近衛騎士団のゼノビアであった。


「姫!! ご無事か!?」


「……えぇ!! 貴女も無事で何よりです。その男を倒すのに手を貸してください!!」


「承知!!」


 見ればゼノビアは髪は乱れ、鎧に多くの血糊ちのりをつけて激戦の中をくぐり抜けてきた様子である。しかしまだ戦いに支障はないようだ。ゼノビアは傷の男の背後に回ろうとし、自由になったサイファーも横から圧力をかける。


 形勢は一気に変わったかに見えた。


「ちぃっ!」


 男は一瞬瞑目すると、アルネラのことは諦めこの場から逃走を図る。


 この状況で無傷で逃げるのは難しいだろう。ならばどうするか?


 男は確かに手練であった。突然ゼノビアに向き直り、素早い一太刀を浴びせようとする。――が、これはフェイントだった。傷の男はすぐにまた向き直り、剣を拾い上げようとしているジルへと突進する。


「!?」


 咄嗟のことに反応しきれないジルは、男の剣を大きく横に飛んで交わすのが精一杯であった。しかし着地の態勢が悪い。そこに男の蹴りがジルの腹部に命中する。


「ぐはぁっ!」


 ジルは激痛に悶絶する。一瞬呼吸がとれなくなった。


 包囲の一角を崩した男は、ジルを捨て置き夜の森へと姿を消した。


「ちぃっ、逃がしたか! 追いますか?」


「いや、無理だ。こちらも手負いの身、奴らがあれで最後とも限らない。なによりここは姫の安全こそ第一だ」


 ゼノビアの言葉にサイファーがうなづく。サイファーとて分かっていて聞いたようだ。


 ジルの方に目を向けると、アルネラが回復のために駆け寄っている。


「大丈夫ですか? いま回復を」


「いえっ、姫。私は大丈夫……それより向こうで倒れているレミアとガストンを助けて下さい!!」


 未だ苦痛に顔を歪めてているジルが何とか声を絞り出す。アルネラはレミアとガストンの名は知らなかったが、すぐに2人のところへ駆け寄る。サイファーもようやく2人のことを思い出し、あわてて駆けつける。


「これは酷い……。男性の方は命に別状はないですが、女性の方は……駄目かもしれません……」


「そんな!! 姫、なんとかしてくれ!」


 普段冷静沈着なサイファーが取り乱した様子で懇願する。


「とにかく全力でやらせていただきます」


 アルネラが呪文の詠唱に入る。比較的長い詠唱、ジルも使える第一位階のキュアなどではない。アルネラが唱えた魔法は、第三位階の回復の上位魔法ヒーリングである。彼女が使える最大の回復魔法である。が……


「……駄目ですっ!! 肌が冷たくなっていくのを止められません……」


 アルネラの魔法でレミアの傷は塞がっている。しかし失われた血と生気を呼び起こすことはできない。あるいは第四位階のグレーターヒーリングや、第五位階のリザレクション(蘇生)ならばレミアを救うことができるかもしれない。しかしアルネラは現時点でそれを唱えることはできない。


「どうにもならないのか!? たのむ、助けてやってくれ……」


 悲鳴にも似たサイファーの声が響く。


「残念だが無理だろう……。非常に残念だ。……君たちを巻き込んでしまって申し訳ない。我々の力が及ばないばかりに……」


 ゼノビアがサイファーの肩に手を置き、謝罪する。


「…………」


 森に静寂が訪れ、沈黙が森を支配した。


 こうして後世「アルネラ王女誘拐事件」と称される事件はひとまず幕を閉じた。ジルたちの長い一日は、皆に多くの苦さを与えて終わりを迎えたのである。


 この話が面白いと思って頂けたら、最新話の下にある評価を押していただけると、作者は小躍りして喜びます、


ご協力お願いします。m(_ _)m

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