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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第五章 シュバルツバルトの大魔導師編
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141 両雄並び立たず

 バレスとガイスハルトは再び正面から対峙した。打ち合った時間こそわずかであったが、互いに死力を尽くし双方とも息が上がっていた。


「さすがは、帝国の死神と言われるだけはある……。これまでのカカシとは違うな」

 バレスの表情も今は真顔になっていた。さすがに軽口を叩く余裕は無いのだろう。


「お主こそな。認めてやろう、お主はワシがこれまで出会った中で最強の敵よ」

 ガイスハルトはバレスの強さを肌で感じ、素直にその強さを認める気になった。敵の強さを認めることは決して恥ではない。むしろ戦いに美学を求める者にとってそれは喜びでさえあった。


 己が認めた強敵に正面から打ち勝つ。それこそが死神の死神たる所以である。

 そう心してガイスハルトは一歩足を前に踏み出そうとした。


 その時――


 バレスが絶妙のタイミングでガイスハルトへと打ちかかり、機先を制すことに成功した。自分から攻撃しようとしたところで受けに回り、ガイスハルトはやや気を削がれた。そこにバレスは強引なほどに苛烈な攻めを繰り出したのである。


 ガイスハルトは、さすがにバレスの剣撃を危なげなく受けきった。彼の持つハルバードは斬る、突く、殴ると幾通りもの応用がきく武器である。扱うためには相当の膂力が必要だが、極めれば防御にも使えるのだ。


 ガイスハルトは焦ることなくバレスの様子をうかがっていた。敵が一瞬でも隙を見せればそこにつけこむつもりだったのだ。

 それは百戦錬磨の武人らしい冷静な対応ではあったが、勇猛でなる彼らしくない態度ではあった。悪くとれば、逡巡しゅんじゅんと言えたかもしれない。


 何度か左右から剣を叩き込むパターンを繰り返した後、バレスは意図的にそれを崩した。突如鋭く踏み込んで肉薄し、左肩からガイスハルトの胸部へ体当たりを食らわせたのである。

 ガイスハルトの巨体を、バレスは大きくヨロめかせることに成功した。


 どのような攻撃にも対応するため、バランスを保つことは戦いにおいて決定的に重要である。平衡を失わせさえすれば、巨竜でさえ倒すことが出来る道理だ。


 バレスは右上段から再び大剣の強烈な一撃を繰り出した。余裕を失いながらもガイスハルトがなんとかこれを迎え撃つ。だが、これはバレスのフェイントだったのだ。


 もしガイスハルトが万全の状態であれば、このような手に引っかからなかったに違いない。だが、わずかに生じた焦りによって正常に思考が回らなかったのだ。


 両者の武器が激突しようとする刹那、バレスは突如剣を引き、身を低くして左側へガイスハルトの攻撃をかわした。死神の代名詞であるハルバードは空振りとなって地面へと深く突き刺さる。その瞬間、ガイスハルトの表情が歪んだ。


「うぉおおおおおおお!!」

 バレスが雄叫びをあげつつ大剣を下から突き上げた。


 その手には鈍い手応えが伝わっていた。狙いは誤たず、大剣は分厚い鎧を切り裂き、ガイスハルトの腹部へと深々と突き刺さっていた。剣先からはコンコンと溢れでた血が伝わり、バレスの手元をも赤く染めていた。


「勝ったか……」

 そう口にはしたが、バレスは少しも油断はしていなかった。敵は「死神」と渾名される男である。致命傷を負ってさえ、何をしてくるか分からなかった。バレスはゆっくりと後ろへと下がりつつ、崩れゆくガイスハルトを見つめていた。


 だが、ガイスハルトは倒れなかった。おそらく耐え難い苦痛に見舞われているというのに、ガイスハルトはそれを少しも見せず地面に手をつくことを拒絶していた。

「や、やるな……。このワシが一対一で敗れるとは思いもしなかった」


 壮絶な表情を浮かべて自分を見つめるガイスハルトを前に、バレスは勝ち誇るでもなく静かであった。

「勝負は時の運。俺とあんたに力の差など無かったさ。戦いのちょっとしたアヤに左右されたな」


「ふふふ、いや、今はお主の方が強かっただけのことよ。負け惜しみでは無いが、全盛期のワシであれば負けることは無かった。たとえ今のお主でもな」

「そうかもね……」


 バレスはその言葉を少しも負け惜しみとは思わなかった。超一流の武人として、彼はガイスハルトの真価を正しく理解していた。

 いま自分は油が乗り最も充実した時を迎えていた。逆に、ガイスハルトは老いて下り坂に差し掛かっているように見えた。両者の出会いが3,4年前であったなら、結果は自ずと変わっていたかもしれないのだ。


「どうする? 介錯して欲しいかね?」

「いや、結構だ……。人生最初にして最後の経験というのも悪くない……」

 ガイスハルトは気の薄れゆく感覚を楽しんでいるかのようであった。


 彼は思っていたのだ。帝国が負けるとすれば、負けた後に処刑台で死ぬよりも戦場で倒れる方がずっと良い。徹頭徹尾武人であったガイスハルトにとって、戦場での死はいつか自分に回ってくる運命と覚悟していた。それがいつになるのか、いささか楽しみに待ってさえいた。予想よりは早かったがこんな死に方も悪く無い、彼はそう思っていたのだ……。


「……死んだか」

 地に屹立したまま動かなくなったガイスハルトを前に、バレスは敬意を示した。ガイスハルトは最大の強敵であった。その強敵に勝利したゆえ、張り詰めていた気がいささか緩んだことは否めない。


「バレス隊長っ!! 後ろ!!」

 味方の絶叫を聞き、振り返ったバレスの眼に入ったのは、尋常でない速さで迫る帝国騎士の姿であった。


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[良い点] 面白いです。頑張って下さい。
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