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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第五章 シュバルツバルトの大魔導師編
143/144

140 猛将二人

 バシュッ


 バレスの大剣が帝国騎士の兜を断ち割った。重装騎兵が身に付ける鎧は鋼を用いた分厚いものだが、バレスの持つ大剣の前では何の意味もなさなかった。剣それ自体の重さが凶器となり、斬るというよりはぶった切ると形容するのが似合っていた。


「つぎっ!」

 崩れ落ちる帝国騎士に見向きもせず、バレスは次の相手を求めた。先陣はすでに乱戦状態となり、バレスの周りには至る所に敵があふれていた。バレスの眼が新たな標的を定める。


 剣が暴風のように薙ぎ払われる。その剣を受けようとした敵の剣があっけなく折れ、肩口から袈裟斬りの形で切り下げられたちまち血煙が舞った。


 バレスのあまりの剛勇ぶりに、豪胆でなる帝国軍の先陣部隊にも恐れの色が見えた。バレスを遠巻きにし、味方の誰かが向かっていくのを待つ。


「おいおいおい、俺の相手をしてくれる奴は居ないのか?」


 バレスはわざと挑戦的な言葉を放ち、帝国軍の誇りを踏みにじった。


 その挑発に乗る形で、一人の騎士がバレスに打ちかかる。槍をしごき遠い間合いから胴をめがけて突く。これなら多少は恐怖心が和らぐというものだろう。


 だが――

 バレスは見るものの予想を越えた身軽さでその槍を飛んでかわし、地面に突き刺さった槍の上に下り立った。恐るべき身の軽さと平衡感覚であった。


「なっ!?」


 驚愕の表情が変化する間もなく、バレスの剣の一線によって騎士の首はゴトリと地に落ちた。返り血を浴びたバレスが壮絶な表情を浮かべて帝国騎士の一隊に向き直る。帝国軍はジリジリっと近づいてくるバレスを見て、気圧されたように後ろに下がる。


 客観的に戦いを観察する者がいれば、バレスがこの空間を支配しているとみるに違いない。


 だが――


「みな下がれ!! その男の相手はわしがする」

 聞き覚えのある太い声が騎士たちの背後から聞こえてきた。


「ふふふ、死神様がついにお出ましかな?」

 高揚したバレスがつい軽口をたたく。


 彼の予想通り、帝国騎士の群れをかき分けて姿を現したのは「死神」ガイスハルトであった。

「その顔……、見覚えがあるぞ。『狂戦士』のバレスだったな」


 バレスは剣を引き、ガイスハルトに対して優雅に一礼した。

「覚えていただいたとは光栄の至り」


 戦場に似合わぬその仕草は、明らかに芝居がかったものであった。


「ふふふ、この戦場でその人を喰った物言い。いつぞや会った時と変わらぬようだな」

「そちらは今度は万全なんだろうな? 負けたからといって言い訳されては困るからな」


 バレスの口上を聞いてガイスハルトはニヤリと口元をゆがめた。

「このワシにそんな口が聞ける者はそうはいまい。敵ながら大したものよ」


 その口調には、実際ごく僅かに称賛の色が含まれていた。ガイスハルトの圧倒的な巨躯とオーラを前に、平然としていられるだけでもまれな敵なのだ。


「だが、此度はわしも陛下より勅命を受けていてな。中途半端に引いてやることは出来ぬから覚悟するがよい」

「それはこちらも同じことだがね」


 バレスはそう言うと、すっと大剣を青眼に構えた。今までの無造作な振る舞い方ではなく、剣の型をとったのだ。一方で、ガイスハルトは彼とともに有名になったハルバードを胸の高さで両手に持つ。その大きさはバレスの大剣よりも幾分長く、重そうだった。


 彼ら二人の周囲では両軍の兵士が入り乱れて戦っていたが、彼らに打ちかかり邪魔しようとする者など誰もいなかった。そんな命知らずは居るはずもない。


 先に仕掛けたのはガイスハルトの方であった。彼は皇帝からシュバルツバルト軍を出来る限り引き付けるよう命じられている。派手に一騎打ちをするのもその役目のうちだ。


 ガゴっ!!


 鈍い音が戦場に鳴り響いた。力任せに振り下ろすハルバードを、バレスの大剣が正面から受け止めたのだ。ガイスハルトはそこからさらに力で押し込もうとするが、ハルバードが動くことはなかった。両者の力は拮抗していた。


 かわしたり受け流したりするならともかく、帝国軍はガイスハルトのハルバードが受け止められるところを見たことは無かった。彼自身の戦いの人生の中でも、まともに止めることが出来たのはごく僅かだったはずだ。


(見事……)

 ガイスハルトは心のなかでバレスに賛辞を送った。戦いは彼が最も好むものだが、ただ戦えば良いというものではない。強大な敵と歯ごたえのある戦いでなくてはならぬ。バレスは彼の眼鏡に叶うものであった。


「ぐぬぬぅうう」

 ガイスハルトはさらに渾身の力を込めてバレスの剣を押し込んだ。額に血管が浮き出ている。


 すると次第にハルバードの刃がバレスの首に迫ってきた。バレスの力がガイスハルトに劣っていたわけではない。ただガイスハルトの方が若干背が高かったこともあり、上から力をかけた方が有利だったのだ。


 さらにガイスハルトが力をかけようとした時――


 バレスは虚を突いてすっと力を抜き、ハルバードを斜め後方に受け流した。力を急に抜かれ、ガイスハルトの体が前につんのめるようになったかにみえた。バレスはその隙にガイスハルトの首に剣を叩き込むつもりだった。


 だが、それはガイスハルトの予想の範囲だった。百戦錬磨の「死神」は万が一力比べになった時も、敵がそのように出ることを予測していたのだ。


 バレスが力を抜くと、ガイスハルトは逆にその前方への推進力を利用して踏み込み、バレスの体へ肉薄したのである。

「!?」


 その予想外の行動にバレスにあせりの表情が浮かんだ。至近の距離となり、ガイスハルトはハルバードの柄でバレスの顔面をしたたかに殴る。


 ドゴォ


 刃でこそないが、鈍器で力一杯顔を殴られたようなものだ。まともに当たれば無事で済むはずはなかった。だがバレスもただその攻撃を食らったわけではなかった。力をも上手くいなして後方へと自ら倒れこんだのだ。ガイスハルトの一撃は、バレスの顔からヘルムを吹き飛ばしたがそれほど大きなダメージを負わせることは出来なかったのである。


 倒れたバレスは追撃される隙もみせず、肉食獣のような身のこなしですぐに起き上がった。


「ほぅ……」

 ガイスハルトが感嘆したように唸った。あるいはこの男は自分の生涯の中でも最大の敵かもしれぬ、胸中にはそのような思いが広がっていた。


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