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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第五章 シュバルツバルトの大魔導師編
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136 代償

 シーリスが眼を覚ましたと聞いて、ジルはその部屋へ駆けつけた。聖女はイシスを召喚したことにより、戦場で意識を失い倒れたのである。


 部屋へ入ると、ベッドで半身を起こしたシーリスが力ない微笑みでジルを迎えた。


「母上、お加減はいかがですか?」

「ええ、とりあえずは大丈夫なようです。ジル、あなたは?」

「わたくしの方は半日で目が覚めましたし、問題ありません」


 シーリスは丸一日以上意識を失ったままだった。それだけイシスの召喚が肉体や精神に与えた負担は大きいということだろう。

 彼女は自分の身体を確かめるように手や脚をなでた。どこにも欠けたところがないか確認するように。


「ジル、こちらへ来なさい」

 シーリスの言葉には、今までとは違い母親としての威厳があった。子が親に従うという自然の理にうながされ、ジルはシーリスのベッドに腰掛けた。


「ジル、いまのところ私の身体に問題はありませんが、内面の生気は明らかに消耗しています……。

 はっきり言いましょう。私の寿命はもってあと1年というところです」


「えっ!?」

 衝撃的な告白であった。


 イシスの召喚が、命を引き換えにするほどリスクの高いものだということは分かっていた。しかし無事なシーリスを見て、ジルはそれが杞憂だったのではないかと思っていたのだ。現実はそう甘くはないということを、信じたくはなかった。


「いくら母上とて、寿命までは分からないのでは?」

「……いえ、自分の内側のことすら分からないようでは神聖魔法の使い手としては失格です。これはほぼ確かなことです」


 やっと出会うことの出来た母親が、余命あと一年だというのだ。衝撃を受けたジルはイシスの召喚を初めて後悔しはじめていた。


「ジル、私のことは良いのです。すでに38年生きて来ました。戦いで私より若くして死んだ人間は数え切れないでしょう。

 ですが……ジル。これはあなたも無関係ではありません。手を出しなさい」


 ジルは言われるがまま手を差し出した。シーリスはその手をとり、脈をとるようにそっと指先を押し当てた。


「……」

「母上?」


「ジル、あなたの寿命はおよそ常人の半分に縮まってしまいました。なんてこと! 分かっていたことですが、私は自分の子の命を……」

 シーリスの深刻な様子を見て、かえってジルは冷静に事態を受け入れることが出来た。


「母上、あなたのせいではありません。これはイシス召喚の前からあらかじめ分かっていたことです。

 ……そうですか、半分。人の寿命が60年だとして30年。あと13年は生きられる計算ですね」


 この世界の人間の寿命はおよそ60年ほどと考えられている。実際にはこれより若くして死ぬ人間が多いが、それは戦によって寿命とは関わりなく死んでいるのだ。運良く戦で死ぬことがなければ、60歳以上生きる者も少なくない。


「ジル、私にはもはやイシスに降臨していただく力が残されていません。イシスの召喚はもう出来ないということです。……これからはアムネシア殿とともに軍の力のみで戦いなさい」


 母は自分に別れを告げているのだ、ジルはその事を正確に理解した。

 ジルはシーリスに頷くと、自分の心臓に手を押し当てた。


「急がねばならない。残された時間はそんなに多くないのだから……」


 ****


 それから一週間後、ジルの体調の回復を待って作戦会議が行われた。聖女シーリスはその役目を終え、王都へとすでに帰還している。


「フリギアを占領した今、次は帝国領へ進攻します」


 ジルは最高司令官として帝国領への再進攻を宣言した。


 フリギアでの犠牲が思っていたよりもずっと少なかったことから、そのまま帝国領へと進攻することを決意したのだ。

 前回の第二方面軍の遠征では、ギョーム6世の不予によって引き返すことになり悔いを残すことになった。果たして今回はその仇を討つことが出来るだろうか。


「ですが、さらに帝国領へと進攻するとなると、いささか兵力が足りません。イシスはもう召喚できないというのは本当でしょうか?」

 アムネシアが腕を組みながら現状を冷静に分析した。


 アムネシアの第二方面軍とジル直属の部隊を合わせておよそ18000。そのうちフリギアの守備に1000人ほど残すとして、率いることが出来るのは17000になる。


 一方で、帝国はいまだ力を残しており、2万から3万の兵力はある。イシスが召喚できれば、劣勢をカバーすることも出来るだろうが、そうでなければ兵力の面からいって苦戦は免れないだろう。


「そうです。イシスを召喚出来るのは唯一聖女のみ。その聖女殿は先の召喚で力を失いました。これから先、頼れるのは軍の力だけです。ご不満ですか?」


 挑戦的なジルの言葉に、アムネシアがニヤリと笑みを浮かべた。


「まさか! 真っ当な戦いなら、我がシュバルツバルトが負けるはずがない!」


 周囲の者たちもこれに力を得て、「そうだそうだ」と囃し立てる。


「とはいえ、王都へ増援は要請するつもりです。これは遠征前から陛下にお願いしていたことです」


 戦の成り行きによっては援軍が必要となるため、諸侯から兵力を募るようアルネラに頼んでいたのだ。アルネラはクリスティーヌの補佐を得て、滞りなく処理してくれているはずだった。


 ジルは今回帝国との決着をつける覚悟でいる。その覚悟が伝わり、王国も余力を全て投入する決意をした。幸い、バルダニアとの講和により、防衛用の兵は最小限ですむ。


「恐らく援軍は1万程度の兵力になるはずです。到着はおよそ二週間後になるでしょう」

 ジルの視線を受け、秘書のアルトリアが報告する。彼女は戦の前から全ての書類に目を通し、正確に情報を把握していた。


 ジルは頷き、会議を締めくくった。


「その一万の到着を待って出発しましょう。標的はアルスフェルト。この都市を落とせば、帝都ドルドレイは目と鼻の先、前回果たせなかった戦いにケリをつけるのです」


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