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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第四章 王位継承編
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129 アルネラの思い

 ジルとシーリスによるイシスの降臨、その可能性が伝えられるとシュバルツバルト王宮にも生色がよみがえってきた。だが、王国にはもう一つ抜き差しならない重大な問題があった。言うまでもなく王位継承問題である。この問題の決着がつかないかぎり、王国は常に弱みを抱え、決して帝国との戦争に注力することはできないのだ。


 この日の午後、アルネラはルヴィエと協議することになっていた。もちろん二人だけでなく、両者の派閥に属する主な支持者も同席する。アルネラ派からはヘルマン伯とジル、ルヴィエ派からはブライスデイル侯、そして中立の立場であり、一時的に国政を預かっている大魔導師ユベールも呼ばれていた。


 会議室へと歩む道中、ジルの心中は重かった。彼にはこの状況を打開する手立てが思いつかなかった。アルネラが王になることを望んでいたが、戦わずしてルヴィエ派にそれを認めさせる術がないのだ。


 そして内乱となれば、ますます帝国を利するだけである。皆そのことを分かってはいたが、自分が譲れば相手が得をするだけだ。自分からババを引くわけにもいかない、両者ともその思いにとらわれていた。


 会議室へと入ったジルは、ブライスデイル侯やルヴィエと目があった。両者がジルに目礼する。ルヴィエはジルだけに見せた本性を隠し、温和な弟を演じているようだ。


「兄上、フリギアでは大変だったそうですね。無事のご帰還、ほっといたしました」


「ありがとうございます、ルヴィエ様。お互い大変な状況になりましたね」


 社交辞令の交換のなかにも、当時の王国が置かれていた深刻さがあらわれていた。その一つはまさに王位継承問題なのである。会議室のテーブルを挟み、アルネラとルヴィエが対峙する。両者を仲介する形で中間の位置にユベールが座る。そのユベールが、協議の口火を切った。


「いまジルフォニア王子が仰ったように、王国はいま危機にひんしています。強大な力を行使する帝国の進攻、そして王国の内部では王位継承問題。はばかりながら、滅亡の危機と言っても過言ではありますまい。そこで今日は問題の解決を図るため、互いの意見を交換する目的でこの会合を開きました」


「ユベール殿、あなたは中立の立場だと考えて良いのですね?」


 ルヴィエが微笑を浮かべながらそうたずねた。


「ええ、そう考えていただいて構いません」


 ルヴィエが気にしているのは、ユベールが見ようによっては、アルネラ派に近い立場にあるからである。アルネラ派の重要人物であるジルが、幼い頃からユベールの保護下にあったことは関係者の間では知られた事実となっている。


「ブライスデイル侯、現在の我々の勢力比を如何お考えかな?」


 ヘルマン伯に問われたブライスデイル侯は、不機嫌な感情を隠すこともなかった。


「アムネシア殿、ユリウス殿下、クリストバイン家、そしてクリスティーヌ殿が我々の側についた。勢力比で言えば、我々の方が優位に立ったと思うが」


 ヘルマン伯が若干の優越感を含ませつつ、自派の優位を主張した。だが、ヘルマン伯自身、その優位性はほんの僅かであると分かっていた。


「ははは、ヘルマン伯。いまクリストバイン家と言ったな。そう、名将のレムオン=クリストバインは死んだのだ。レムオン殿亡き後のクリストバイン家など、それほどの力はないと思うがね」


 今度はヘルマン伯が顔をしかめる番であった。確かに伯はブライスデイル侯に痛いところをつかれたのだ。レムオンが死んだ後、クリストバイン伯爵家の家督は娘のレニが継ぐことになるはずだが、「英雄」の力と威光を利用しようとしていたヘルマン伯の計算は大幅に狂ったのである。


「お二人のお言葉からも分かる通り、いま両派の勢力比はほぼ互角と考えてよいでしょう。仮に戦いになったとしても、容易に決着はつかないと思われます」


 ユベールが中立の立場から、冷静に状況を分析した。


「……」


 ブライスデイル侯とヘルマン伯は互いに沈黙した。両者とも自分の優位を主張したいところだが、ユベールが突きつけた現実に抗することが出来なかったのだ。


 協議の場にしばらく沈黙が流れた。アルネラの横に控えるジルは何も言葉を発することはなかった。彼にもこの状況を解決する名案などなかったのである。


「ルヴィエ、私に王位を譲ってくれませんか?」


 唐突にアルネラが沈黙を破った。そしてその言葉は、自然に口をついて出たわりに、衝撃的な内容であった。


「な、何を!」


 ブライスデイル侯、ヘルマン伯が驚いてアルネラの方を見た。両者ともアルネラとルヴィエはお飾りの存在、よく言えば象徴的な存在だと思っている。そのアルネラが、この重要な会合で意思を持って主張したことに驚いたのだ。そしてそれは少なからずジルも同じ思いであった。


「姉上、申し訳ありませんが、いくら敬愛する姉上でもこればかりは譲れません。私にも支持してくれる多くの者がいるのですから」


 ルヴィエはとくに動揺した様子もなく、穏やかに返答した。正体を知るジルはよく分かっていたことだが、ルヴィエも肝がすわっていた。


「このまま王位をめぐって私たちが戦えば、共倒れになります。そして帝国にそこをつかれて負けることは、戦いにうとい私でも分かることです」


「……」


 ルヴィエもブライスデイル侯もアルネラの真意をはかりかねていた。だが、彼女の言うことが正しいことはみな分かっていた。


「可愛いルヴィエ。あなたがもし私に王位を譲ってくれれば、私も最大限あなたに譲歩しましょう」


 ルヴィエとブライスデイル侯は警戒の色を見せていた。今日のアルネラは何か突飛なことをやりそうな、それでいて不思議な迫力があった。


「……試みに聞きましょう。その譲歩とは?」


 ルヴィエがアルネラに先を促す。受け入れるがどうかはともかく、とりあえず条件を聞いておいて損はないだろう、そう考えたのである。


「あなたが王位を私に譲ってくれたら、私も次の王位をあなたか、あなたの子に譲ります。この事、私の名にかけて誓いましょう」


 この発言にはルヴィエやブライスデイル侯はもちろん、アルネラ派のヘルマン伯やジルも驚いた。事前に何の相談もなかったからである。


「ご自分の御子に王位をお継がせになる気はござらんのか?」


 ブライスデイル侯が彼らを代表する形でたずねた。


「王位を譲られる代償として、私は生涯結婚しないことを誓います。私が結婚すれば、夫となる人や子どもの言うことにどうしても影響を受けることになるでしょう。それではあなた方も不安に違いありません。ですから私は生涯未婚で通す覚悟をしました」


 それはアルネラが見せた重大な決意であった。確かに、将来王位を譲ると言われていても、アルネラが結婚するとなればルヴィエ派は約束が守られるかどうか不安になるだろう。しかし、だからと言って、自分の女としての幸せを放棄するというアルネラの決意は簡単に出せるものではなかった。それだけに、彼女の決意は出席者の心をうつことにもなったのである。


「王女殿下の決意はうかがった。こちらでもよく検討してから――」


 そうブライスデイル侯が言おうとした時、ルヴィエが手を上げて話をさえぎった。


「いや、それには及ばない。姉上の決意確かにうかがいました。そこまでの決意をされたのであれば、私も譲歩しなければ弟として面目がありません。シュバルツバルト王国のため、王位は姉上に譲りましょう」


 ルヴィエはアルネラが王として即位することを明確に了承した。こうして両派の対立は収まり、帝国に対して挙国一致の体制でのぞめるようになったのである。


 **


「殿下、あれで宜しかったのか? 確かにアルネラ様の決意は立派というほかないが……」


 ルヴィエの私室に戻った後、ブライスデイル侯がそうたずねた。彼にとってもルヴィエの発言は寝耳に水であった。彼がいなければルヴィエは何もできないことからして、本来一言相談あってしかるべきであった。


「ブライスデイル侯、申し訳ない。あなたに相談もなく決めてしまって。でも姉上にああ言われたら、承諾するほかありませんでした」


 ブライスデイル侯はルヴィエの本性を知らない。人の良い王子であれば、致し方無いのかもしれないと納得しようとしていた。


「それに、正直な所この展開は我々にとっても決して損な取引ではないかもしれません」


 ルヴィエは微笑みを絶やすことなく、穏やかに語りかけた。


「というと?」


「いまのシュバルツバルトは非常に舵取りが難しい難局にあると言って良いでしょう。たとえ王位継承問題が解決できたとしても、帝国の進攻を食い止められるか分かりません。仮に聖女殿の魔法が上手くいかず、帝国に占領されるようなことになれば、国王の地位にある人間は処刑されるに違いありません」


「……ふむ、なるほど」


 ブライスデイル侯はルヴィエの深い洞察力に驚いていた。まだ子どもだと思っていた王子が、意外と優れた戦略眼を持っていることに気付かされたのだ。果たしてそれが自分にとって良いことなのか、それはまた別の話なのだが。


「また上手く言ったとしても、しばらくは戦乱が続くでしょう。国王と側近にとって気の休まる時などないはずです。これは損な役回りです。苦労は姉上と兄上にしてもらいましょう。どうせ次の国王は私か、私の子に譲られることが決まっているのです。その時には、姉上たちが今より良い状況にしてくれていることを願いましょう」


 そう言われてみれば、ブライスデイル侯も悪いことではない気がしてくる。だが侯には不安要素があった。なるほど、ルヴィエにとってはそれで良いかもしれないが、彼を利用して政治を壟断ろうだんしようとしていた自分にとってどうだろうか。ブライスデイル侯のルヴィエを見る眼は、少しづつ変わりつつあった。


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