表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第四章 王位継承編
130/144

128 神対神

 既定の戦略にのっとったものとはいえ、フリギアが落ちたことはシュバルツバルトに大きな衝撃を与えた。とりわけ事情を知らない一般の国民の間には、為政者や軍に対する不審感が強まった。帝国の侵略という対外的な危機のなかで、王位継承争いに興じていると思われていれば尚更である。


 ジルやアムネシアは王宮に帰還し、帝国軍との戦いについて報告した。とくに焦点は帝国軍が使役する「悪魔」についてであった。これに対する対処法がない限り、シュバルツバルトは今後帝国に勝つことが出来ないのだ。


 ジルは戦場での悪魔の様子を報告し、バレスが描いたスケッチを大魔導師ユベールに手渡した。この国最高の魔術師であるユベールなら何か知っているのではないかと考えたのである。だが、その期待は裏切られることになった。


「いえ、私も残念ながら知りません。不甲斐ない限りですが……」


 会議に出席していた者たちの間に溜息が漏れた。せめて正体が分かるなど前向きな知らせに接したいところだったのだ。会議の場が静まりかえっていた時、侍臣を介してジルにある報告がもたらされた。


 ジルは会議の一時休憩を申し出て、これが容れられた。対策を立てようにも正体もわからず、会議の出席者たちは疲れきっていたのだ。ジルが自分の私室へと戻ると、エルフの森から帰還したミリエルが待っていた。


「ご苦労だった。それで悪魔について何か分かったか?」


 ジルは軽く深呼吸してから、ミリエルに訪ねた。ミリエルの返答が期待したものでなかった場合、シュバルツバルトはまさに打つ手がない窮地に陥ることになるからである。


 ミリエルはいつもと変わらない明るい笑顔を向けていた。


「ええ、長老の一人が知っていたわ」


「本当か!?」


 ジルは思わず身を乗り出した。王子として、またアルネラ派の中心人物として、もはやこの国の命運をその肩に背負う立場となり、重責にさいなまれていたのである。ミリエルの言葉は、一つの光明に他ならなかった。


「でも、エルフの森でも最年長の長老しか知らなかったわ。本当に運がいい」


 ミリエルによると、その長老は1500年近く生きているらしい。1500年といえば、現在の国の中で最も古い歴史を持つ帝国が誕生する前の時代である


「あの悪魔の正体は、古代神のガスパールというらしいわ」


「古代神?」


 ジルは思わず聞き返した。自分が持っていたイメージとかけ離れた単語が使われたため、意味をとりそこねたのである。


「そう、古代神ね。あれは悪魔じゃないのよ。いまの帝国が生まれる前に、この大陸で信仰されていた神だったの。それも長老が生まれるもっと前からね」


「あれが神だと? 単なる召喚魔法ではなかったということか。しかし、神を使役することなんて、人間に出来ることなのか?」


 話があまりに飛躍してきたことから、自然言葉には深刻な色があらわれた。


「エルフの長老でも無理ね。ということは帝国にはそれを可能にする何か秘密があるのよ」


「秘密? どんなことだ?」


「知らないわよ!」


 ジルの無茶な問いにミリエルも怒鳴ってしまった。彼女が帝国の事情など知るはずもないからだ。


「人間には不可能な儀式、魔法を成功させているということは、何かそれがあれば召喚が可能になる道具でも見つけたのかもね」


 根拠もなく適当に言ったことだが、実はその言葉は真実をついていた。帝国のバルナードは自分の力のみで召喚を成功させているのではない。古代の民がガスパールと契約した際に、その神器となった道具を使い、さらに部下の魔力をも使ってようやく儀式を成功させていたのである。


 だが神ならぬ身として、二人がそれに気づいていないのは仕方のないことであった。


「これはますます我々の手にあまる事態になってきたな。神か。我々の神はイシスだが……」


 その時、自分が何気なく発した言葉で、ある考えが天啓のように閃いた。


「そうだイシスだ! ミリエル、お前はここにいろ!」


 そう怒鳴って慌ただしく出て行ったジルを、ミリエルは唖然として見送った。


 **


 ジルが向かったのは王都にあるイシス大神殿である。そこには最高司祭を辞任し、現在は高司祭の地位にある「聖女」シーリスがいるはずであった。自分の生みの親であることが分かって以来、ジルはシーリスとまともに話をしていなかった。


 初めて会った時は、むしろ他人としてこの尊敬すべき聖職者とよく話をしたものだ。だが、今は色々な感情が混ざり合って上手く話すことが出来なくなっているのである。


「母上、帝国がレムオン殿を倒した戦い、そして先のフリギアでの戦いでも『悪魔』と言われるモノを使っていたことはご存知でしょう。その正体が分かりました」


 シーリスは、感情を押し殺して彼女に語りかけるジルの眼をじっと見つめていた。自分の子でありながら、このような緊急の事態でなければ会いに来ることもない。まさに自業自得とはいえ、その悲しい現実に彼女の心には冷たいものが宿っていた。


「それで、その正体とは?」


「はるか古代に、この大陸で信仰されていたガスパールという『神』だそうです」


「神」という言葉を聞いて、シーリスがその美しい眉をしかめた。彼女は決して他の神を否定するわけではないが、得体のしれないモノに対して「神」という言葉を使う気にはなれなかった。


「現在の正しい信仰となる前、古い伝説では、古代の人間たちは邪教を信仰していたと言われています。その信仰の対象がガスパールという『悪魔』だったのでしょう」


「そのガスパールを、帝国軍はどのような方法でか分かりませんが使役する術を見つけたようです。悪魔か神か、どちらでも良いですが、強大な力を持っていることに変わりはありません。現在のところ、我々はガスパールを使った帝国の進攻を食い止めることが出来ないでいます」


「それであなたは私に何をしろと言うのですか?」


 シーリスは、ジルが自分の所へ来たのは、何かはっきりとした目的があるに違いないと思っていた。


「聖女であり、最高司祭でもあった母上にお聞きしたくて参りました。帝国の神に対抗するために、我々の神イシスを召喚することは可能ですか?」


「…………」


 シーリスはジルの問いに何と答えるべきか考えていた。まず細かなことを言えば、神に使える身としてはジルの言い方が気になった。召喚などという言葉は神に対して不遜すぎる。降臨を願うというべきであった。


 それは言葉の問題としても、イシスを降臨させる、そのことの意味をどのように言えば適切なのか。


「可能かどうかと言えば、可能だと答えるしかありません。ですが現実的ではないとも答えるべきでしょう」


「どういう意味ですか?」


「伝説により伝えられている歴史の中で、イシスが降臨したことはあるようです。ですが、いまのこの世界でイシスの降臨を行える人間が居るかどうか。イシスの降臨は第五位階の『蘇生』を越えた、そう、『禁呪』ともいうべき領域なのです。その難易度は想像を超えています」


「母上でも無理なのですか?」


 ジルはシーリスに不可能な神聖魔法があるとは思えなかった。彼女は「聖女」として歴史に名を残すことが確実な存在だからである。


「これは最早『魔法』と呼ぶべきかも分かりません。残念ながら私では無理でしょう」


 ジルは絶望的な気持ちに襲われていた。シーリスでも無理ということは、実質的に不可能だと言われているのと同じである。


「……」


 シーリスには、目の前のジルがどのような気持ちでいるかよく分かっていた。そしてある事をジルに言うべきかどうか迷っていた。だが、シーリスはジルを捨て、それを隠していたことでずっと嘘をついていたのだ。もう二度と我が子に嘘はつくまい、そう決意した。


「出来るかどうか分かりませんが、一つだけ方法があります」


「それは!?」


「複数の人間による同調詠唱です。私一人では不可能ですが、他の優れた人間と協同であれば可能かもしれません」


「では教会の司祭たちに協力してもらえば良いのですね?」


 シーリスはジルの言葉に、静かに首を横にふった。


「これはある意味で魔法ではなく、儀式のようなものなのですが、同調詠唱では主詠唱者と深く精神を同調させることのできる副詠唱者が必要になります。長い訓練の期間があるのであればともかく、短い間で他人の彼らと同調するのはほぼ無理でしょう」


「では一体誰なら……まさか?」


 シーリスはニコリとほほ笑みかけた。


「そうです。ジル、あなたです。あなたは魔術師として優れた才能があり、神聖適正もある。そして私の血のつながった子」


「ですが、ご存知のように私は母上とほとんど一緒に居たこともないのですよ?」


「この場合、ともに暮らした時間が問題なのではなく、まさに血のつながりが重要な意味を持ちます。あなたはこの教会の誰よりも上手く私に同調できる素質があります。もちろん、そのために最低限の訓練を受けてもらわなければなりませんが」


 思いもしなかったシーリスの言葉に、ジルはやや混乱していた。


「しかし、私は神官になるつもりはありません」


「ホホホ。なにもあなたに神官になれと言っているのではないのですよ。究極の神聖魔法を使う私に同調するため、最低限の信仰の手ほどきをするということです。あなた個人としても、今より神聖魔法を使いこなせるようになるでしょう」


「……分かりました。それでこの国を救うことが出来るなら、王子たる私の義務を果たしましょう」


 そう決意を述べたジルに、しかしシーリスは依然として厳しい表情を向けていた。


「正直なところ、この話をあなたにするかどうか、私は迷っていました。なぜなら、イシスの降臨は、成功したとしても確実に我々の寿命を縮めることになるからです」


「……」


「本来であれば、自分の命を差し出すかわりに神の降臨を願うような儀式なのです。今回はあなたに力を貸してもらうことになりますから、負担を分担することで死ぬことはないと思いますが、これも絶対そうだとは断言できません。それでもやりますか?」


 我が子の命が縮まることを喜ぶ親は居ないだろう。だからシーリスはジルにこの話をするかどうか迷っていたのだ。


 寿命が縮む、そう聞いてもジルにはピンと来なかった。もうじき40を迎えるシーリスであればともかく、まだ17歳のジルは老いというものに無縁であった。だが死であれば、戦場に出たジルにも良く分かっていた。


「私にしか出来ないことなのでしょう? ならば私が引き受けるしかありますまい」


 なんと立派な子、シーリスは内心そう思わないではいられなかった。自分で育てることが出来ず他人の手に委ねることになってしまったが、思いの外、人のことを思いやり、強い意志を持つ青年へと成長してくれた。そんなジルに、シーリスは誇らしい気持ちになったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ