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シュバルツバルトの大魔導師  作者: 大澤聖
第四章 王位継承編
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127 フリギア失陥

「あれが例の悪魔か。確かに悪魔というのも分かるが……」


 ジルは、突然現れた悪魔を眺めながらそうつぶやいた。隣にいるアムネシアやバレスも呆然とそれを見ていた。


「それで何か対抗する術は思いついた?」

「……いえ」


「あれの正体は?」

「噂の通り悪魔のように見えますが……」


 ジルの知る知識の中には、あのような化物は存在しない。そして魔術師であるジルが知らないということは、当然アムネシアやバレスにも分からないということだ。


「あなたにも分からないのね。ユベール殿ならどうかな」


 ユベールは、王亡き後大魔導師として当座の間政治を取り仕切らねばらない。とてもフリギアに来ることなど出来なかったのだ。アムネシアの言葉にジルは忸怩たる思いを抱いたが、魔術師としての力はともかくとして、ユベールとジルとでは生きてきた時間が違いすぎる。知識の量で劣るのは仕方のないことだろう。


「ミリエル、お前は『あれ』を知らないか?」


 ジルは任務についてきたミリエルに聞いた。ミリエルはジルに協力するため側近くに仕えるようになったが、王位継承争いのような政争には出番がなかった。だが、戦いであれば優れたマジックキャスターであるミリエルは、大きな戦力となるだろう。


「……分からないわ。なんなのよ、あれ」


 あまり期待していなかったため、失望を感じることもなかった。エルフと言ってもミリエルはまだ若いエルフで人間とそう変わるわけではない。


「ユベール殿に見てもらうため、絵でも描いたらどうしょうか?」

 ジルはふと思いついたことをアムネシアに提案した。


「それは良い案だけど、私に聞くまでもないのではなくて?」

「いや、それが私は絵が全くの不得手でして……」


 アムネシアは思わず口元を緩ませた。色々なことを卒なくこなせそうなジルだが、絵は不得意とはいかにも有り得そうな話だと思ったのだ。


「絵なら俺が得意だから描こう」

 バレスが懐から紙と筆を取り出した。


「バレス、お前絵が趣味だったの?」


 アムネシアが意外そうな表情で聞いた。二人はそれなりに長い付き合いだったはずだが、彼女も知らなかったのだ。


 バレスは遠くの「悪魔」を見つめ、なれた手つきで筆を走らせる。たちまち白い紙の上に、目の前の悪魔が描かれていく。贔屓目に見てもかなりの上手である。「狂戦士」の意外な趣味というべきだった。


「俺は戦いがなくなったら田舎で絵を教えるつもりでね。ま、この状況じゃいつになるか分からんが」


 バレスはジルの方を向き片目をつぶってみせた。もともとジルはバレスのことをつかみどころのない人間だと思っていたが、今回のことで一層その思いが強くなった。


「素敵な夢です。確かに戦ばかりのこの世界では無理でしょうが、早く実現できるようにともに力を合わせましょう」


「呑気なことね。とりあえずは、ここを乗り切らねば未来はないというのに」


 と言いつつ、アムネシアもまんざらではないようだった。軍人として長いこと戦場に身をおいてきたアムネシアは、多くの困難な状況を乗り切ってきた。その経験からすれば、戦場で悲観的な人間は、周囲の心をも引きずり込みくじいてしまう。多少呑気で楽観的な人間の方が好ましいのだ。


「アレクセイ将軍の報告では、武器での攻撃を一切受け付けないようです。魔法も効くかどうか……。とりあえず、私が最大の魔法を試してみましょう」


「それでビクともしなければ撤退する他ないわね……」


 始めから分かっていたことだが、アムネシアは悔しさをにじませていた。防衛司令官としては当然の心理だ。


「バレスさん、その絵、同じものをもう一枚描いてもらえますか?」

「構わないがなぜだ?」


 ジルはミリエルの方を見た。

「エルフの森には、あれが何か知っているエルフが居るかもしれない。1000年生きてる長老も居るんだろ?」


「ジル、あなたやっぱり頭が良いわね。確かに長老たちなら何か知っているかもしれないわ」

 バレスは二人の話で納得すると、絵をもう一枚描き始めた。


「お前は絵を持って今すぐエルフの森へ飛んでくれ。帰ってくる頃にはこの戦いは終わっているだろう。恐らく望まない形でな。だから王宮に帰ってくるんだ。良いな?」


「分かったわ。あなたも危なくなったら逃げなさいよ。あの悪魔は勝てない可能性の方が高いんだから」

「ああ、俺も無駄に死ぬつもりはないから、すぐに引き上げるよ。ありがとう」


 ミリエルはジルに笑顔を見せると、バレスから絵を受け取りエルフの森へ飛び立った。


「さて、あの悪魔が動き出したぞ。我々もそろそろ戦闘に入るわよ」


 アムネシアが遠くで魔法を唱える悪魔を見た。その悪魔の背後では、城壁にハシゴがかかり帝国軍が続々と城内へと侵入していた。


「私とバレスは兵を率いて帝国軍を防ぐ。ジル、あなたはその間に魔法を試して。それが効かなければすぐに南門から撤退する。引きどきを誤らないでね」


 ジルは頷くとすぐに魔法の詠唱にかかった。アムネシアとバレスは、悪魔を放置し、こちらへと押し寄せる帝国軍へ向かって行った。


 ジルは呪文を唱えつつ、身振りで複雑な印を結ぶ。


「ジー・エーフ・リース サルモン・ド・エルジリエス・ルー モンテスト・バルゼル・ラキュース イゼット・オーム・ユル・レリーフ 大気に満ちた破壊の精霊よ、我が手中に集まりて爆ぜよ!」


 呪文の詠唱とともに、頭上に黒い磁場のようなものが発生し、大気に存在する元素を吸い上げた。ジリジリ、とその中心から光が放たれる。この魔法は大気から可燃性の分子を集め、巨大な爆発を引き起こす魔法である。


 ジルは遠くの悪魔を見据え、狙いを定めて両腕を前に突き出した。

「インプロージョン!!」


 呪文の完成とともに、悪魔を中心に光が収束していく。

 巨大な爆発が起こり、辺りを爆風が襲った。悪魔の周囲には王国軍はいなかったため、巻き添えになった兵士はない。帝国軍の方は少なからず呪文の犠牲になったようだ。


 土埃つちぼこりが辺りに立ち込め、しばらくは中の様子が見えない。アムネシアやバレスは帝国軍と戦いながらも、横目でその様子を気にかけている。


 一分ほどすると、次第に視界が開けてきた。その中から姿を現したのは、攻撃を受ける前と全く変わらない悪魔の姿だった。


「ちっ、やはり駄目だったか」


 予想してはいたことだが、ジルは悪態をつかざるを得なかった。インプロージョンはジルが使える最大の魔法で、第四位階の魔法である。人間が使える魔法体系の中でも最大級の破壊力を持っている。それでも悪魔には全く通じなかったのだ。


 これが通用しないようであれば、例え第五位階魔法であったとしても、決定打にはならないことが予想される。すなわち現状では打つ手がないということだ。


 ジルは予定されていたとおり、退却の準備に入った。アムネシアやバレスとは別行動で、フリギアから撤退することになっていた。


 一方、悪魔の様子はアムネシアとバレスの二人にも見えていた。


「やっぱり効かなかったか」


 バレスはそれほど残念な様子には見えなかった。純粋な武人であるバレスは、魔法に過度な期待はしていない。自分の力が通じる範囲で全力を尽くすのみ、彼は割りきって生きることにしているのだ。


「そうみたいね。予定通りフリギアを放棄するわ」


 一方でアムネシアは指揮官として苦渋の決断をした。このフリギアを占領・統治してから約一年、ついに敗北という形で放棄することになった。悔しくないはずがない。彼女は城門をくぐる時、密かにここへ再び帰ってくることを誓うのであった。

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